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まやかし幻士郎  作者: 佐藤遼空
第一話 幻士郎、覚醒
3/30

魔明士

 突然、銃を発砲した少女に、幻士郎は驚愕した。

「大ちゃん!」

 大樹が意識を失って倒れる。

「何をするんだっ!」

 幻士郎は少女に憤りの眼を向けた。しかし少女は涼しい顔で、なんでもないように口を開いた。

「忘癒弾よ。記憶を消して、傷を治すだけ」

「え?」


 幻士郎は倒れた大樹を凝視した。みるみるうちに、頬にあった痣が消えていく。

「貴方にはこっちね」

 そう言うと少女は、丸薬を掌に載せて幻士郎に差し出した。幻士郎はそれを手に取ると、口に入れて呑み込んだ。身体の痛みが消えていく。

「一体、君は……」

 幻士郎がそう言いかけると、少女は不機嫌な顔を少し抑えるように言った。

「また会いましょう、幻士郎くん」

 それだけ言うと、少女の姿は音もなく消えていた。


   *


(……大ちゃんは、何も覚えてなかった…)

 大樹が目覚めると、大樹はただ転んだところから起き上がっただけのように幻士郎に話しかけた。釈然としないまま大樹と別れ、幻士郎は家に戻った。

「ただいまー」

 いつも聞こえてくる、祖父・幻雲の声が聞こえてこない。幻士郎は居間に入ると、床に倒れている幻雲を見つけた。

「お爺ちゃん! どうしたの!」

「う……む…」

 身体を起こすと、幻雲は目を覚ました。


「お爺ちゃん、どうしたの? 大丈夫?」

 心配そうに訊ねる幻士郎に対し、幻雲は逆にその顔を見つめた。

「わしは大丈夫だ。ちょっと眠ってしまったようだな。…それより、お前は何もなかったか?」

「何もって?」

 幻士郎に訊き返された幻雲は、少し困った顔をした。

「…何かだ」

「……ううん、何も」

 幻士郎はそう言って微笑んで見せた。

(あんな事、言えないよ。もっと心配させちゃう)

 幻士郎は微かに、心の痛みを感じた。


   *


 翌日、やはり学校であった大樹は、何も覚えてなかった。

「――なあ、昨日のプレゼント、気に入った?」

 大樹の問いに、幻士郎ははっとなった。

「ゴメン……昨日ちょっと疲れて寝ちゃって…まだ開けてないんだ」

「なあんだ、そうかよ。まあ、いいけどさ」

 屈託なく微笑む大樹に、幻士郎は無理に笑って見せようとした。

 その時、担任教師である白川博子が現れ、教室の喧騒が静まった。

「は~い、おはよう。え~、今日は編入性を紹介します。――どうぞ入って」

 教室に入ってきた少女に、クラス中から小さな声が漏れた。


 髪を短くして眼鏡をかけた、理知的な感じの美人が現れたからであった。

(彼女は!)

 幻士郎は息を呑んだ。間違いなく、昨夜現れたあの少女だった。促されて、少女は自己紹介した。

(みず)(もり)香澄(かすみ)です。よろしくお願いします」

 少女はそう言うと、頭を下げた。

「え~と、紅道くんの隣空いてるわね。水杜さん、あの席に行って」

 はい、と返事をすると、水杜香澄は幻士郎の隣の席まで歩いてきた。そこで立ち止まり、水杜香澄は微笑みを向ける。

「久しぶり。……幻士郎くん」

 幻士郎は戸惑った。

(久しぶりって…昨日ぶりってことかな?)

 

 休み時間に入ると、珍しい編入生の元に、クラスメートが集まってきた。3限目に入りその喧騒が少し収まると、香澄は幻士郎に話しかけてきた。

「幻士郎くん、名前を聴いたから、わたしのこと、憶い出したでしょ?」

 微かな笑みとともに向けられた香澄の問いに、幻士郎は申し訳なさそうに答えた。

「ご……ごめん…何処かで会ったのかな…?」

 香澄が目を丸くして、悲しみとも怒りともつかない表情になる。

「あ、あのさー」

 その時、後ろを向いて大樹が口を挟んだ。

「幻士郎って、10歳より前の記憶があんまないんだよ。もしかして、それより前の知り合いなんじゃないの?」

「……そうなの?」


 大樹の言葉に、香澄は驚いた顔で幻士郎を見た。幻士郎は俯いて答える。

「う…うん。事故があって、両親も死んじゃったんだけど、僕だけ助かったんだ。だけど、それより前の事、あんまり覚えてなくて……」

「で、爺ちゃんの家に引き取られることになって転校してきた。最初はあんま喋んなくてさー。口きくようになるのに、結構時間かかったんだぜ」

「そ、そんな事ないよ。もう、恥ずかしいからやめて、大ちゃん」

 赤くなる幻士郎をよそに、香澄は今度は大樹の方へ眼差しを向けた。

「それ以来、幻士郎くんの友達なのね。貴方は?」

「おれは若月大樹。よろしくな」

 そう言って、軽く笑ってみせた大樹を、香澄は静かに見つめた。


   *


 放課後、空手部へ行く大樹と別れた幻士郎は帰路に着いた。その前に、不意に香澄が現れる。

「水杜さん……」

 訊きたい事は沢山あった。が、それより先に、香澄が口を開く。

「幻士郎くん、若月くんが危ないわ」

「え、大ちゃんが?」

 香澄は頷いた。

「昨日のカメレオン唆魔(さま)は、まだ諦めてない。次の標的は間違いなく彼になるはずよ」

「待って! あれは何? どうして怪物になるの? そして――君は何者なの?」

 香澄は腰に手を当てて答えた。

魔明士(まやかし)


「まやかし?」

「そう。魔を明かす(さむらい)。まあ、侍じゃあないけどね。わたしたちは陰陽師の系譜に連なる者」

「君は……魔明士なんだね」

「貴方もね、幻士郎くん」

「僕が?」

 幻士郎は微かに驚きの声をあげた。香澄はそれに頷いて見せる。

「そう。貴方は忘れてるだけ。そして怪物は唆魔(さま)多怪(たげ)――唆魔に憑りつかれた人の姿」

「唆魔って何?」


「人を(そそのか)す魔。不安、恐怖、不信、憎悪、差別――人は色んな負の感情を持ってるけど、その隙に付け込んで悪意を実行に移させるの。唆魔に憑りつかれた人は、放っておけばその悪意の実行――つまり殺人等の罪を犯し、やがて自分も人でなくなり本当の魔と化す」

「いけない! そんなの止めないと……大ちゃんだけじゃなく、あの人のためにもダメだ!」

 幻士郎は真剣な面持ちで声を上げた。それに対して、香澄は頷いた後で、微笑みを洩らした。

「そうね。…やっぱり、貴方はわたしの知ってる幻士郎くん」

「…水杜さん?」

「行きましょう、幻士郎くん」

 香澄はそう言うと、微笑みを残しながらも踵を返した。


   *


 空手部の稽古が終わり、武道場から大樹が出てくる。外はすっかり陽が落ちていた。大樹は他の部員と談笑していたが、やがて道が分かれて独りで歩き始めた。

 その後ろを、尾ける影がある。

 二階堂であった。二階堂は舌なめずりをすると、カメレオンの怪物へと変化した。そして大樹の前に出ようとした時だった。

「むっ」

 横から吹いてきた冷気にカメレオンは遠くに飛ばされた。

 大樹は気づかずに離れていく。カメレオンは冷気の発射先を睨んだ。香澄と、幻士郎がそこに立っていた。


「今度は逃がさないわ」

 香澄がそう言い放つ。と、薙刀を立てて持つその右手の甲に、青い眼が覗いていた。

「貴方も方眼(ほうがん)を出して」

 香澄は幻士郎に言う。幻士郎は戸惑った。

「ど、どうやって?」

「貴方には判ってるはず。自分の身体の内側に聴いて、方力(ほうりき)を高めて。貴方の場合は――額に集中させるの」

 香澄はそれだけ言うと、カメレオンの方に向かっていった。

 カメレオンが舌を発射する。と、香澄はそれを薙刀で払う。香澄は薙刀で斬りかかると、カメレオンの姿が消えた。


 しかし香澄は薙刀を地面に立てて、声を上げる。

「氷紋波方陣!」

 薙刀の柄の先から、地面に冷気が広がっていく。やがてある一角が、氷の柱を作っていく。そこに脚を凍結されたカメレオンが正体を現した。カメレオンが叫ぶ。

「な、なんだ、これはっ!」

「今よ、幻士郎くん!」

 香澄の声に、幻士郎は顔を上げた。その額には、方眼が紅く光っている。幻士郎は、静かに口を開いた。

「僕は…どうしたらいい?」

「方力を唆魔多怪の身体にぶつければいいわ。そうすれば、唆魔が押し出されて出てくる」

「乗っ取られた人はどうなる?」

「大丈夫、命に別状はないわ」

 香澄の返事を聞き、幻士郎は頷いた。


 幻士郎の身体から、炎が燃え立つ。次の瞬間、幻士郎の右拳がカメレオンの鳩尾を急襲した。

「ぐっ、ぐぇぇっ!」

 呻き声とともに、カメレオンの身体が炎に包まれる。と、その口が大きく開き、中から小さな影が飛び出した。

 その影を、突如、飛来して来た炎の弾が包む。小さな影は、燃え尽きて消えた。と、小さな光の粒が弾ける。それをある手が捉えた。

「――やれやれ、こんな下級唆魔相手に二人掛かりかよ」

 幻士郎は、その光の粒を捉えた声の方を見た。そこには見知らぬ男女二人が立っている。

 オレンジ色の髪をした男が、幻士郎を見て嘲笑を浮かべた。



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