それぞれの終幕
幻士郎は急激な疲労感に襲われ、膝から崩れた。
「くっ――」
両手を地面について、肩で息をする。
「これで…香澄ちゃんは助かったはず――」
幻士郎は荒い息を吐きながら、独りそう口にした。その額の方眼が消えていく。
「――俺の負けだ、紅道幻士郎」
背後から牙羅蛇の声が響き、幻士郎は四つん這いのまま振り返った。落ちた牙羅蛇の生首が、消えかかろうとしている。牙羅蛇は幻士郎を睨みつけると、その牙を剥いた。
「俺の命もここで尽きる……。しかし! お前は道連れにしてやる!」
牙羅蛇がそう叫ぶと、その首から直接に蛇の身体が生えてきた。蛇身をうねらせ、牙羅蛇の頭が跳躍してくる。
「死ねっ! 紅道幻士郎!」
牙羅蛇が顎が裂けるほどに口を開け、巨大な牙を剥き出しにした。
「く……動け…な――」
幻士郎は手足を動かそうとするが、硬直した身体は動かない。牙羅蛇の蛇頭が幻士郎に喰らいつくと思われたその瞬間、空気を裂く音が響いた。
「が……」
白い閃光弾が牙羅蛇の頭を横から襲い、その強烈な衝撃によって、粉々になりながら崩れていく。牙羅蛇は遂に、跡形もなく消滅した。
「やらせるかよ……」
幻士郎がその閃光の飛んできた先を見ると、そこには大樹が立っていた。その手には霊弾銃が握られている。
「大ちゃん――」
幻士郎は、安堵した笑みを漏らし、その場に倒れ込んだ。しかし、霊弾を撃った大樹も、その場に崩れ落ちる。
「大ちゃん…大丈夫なの?」
「やっぱり、威力を上げるまで力を貯めると、キツいなこいつは」
倒れたまま、大樹が笑って見せる。と、大樹は弾倉を取り出し、霊弾銃に装填した。
「自分に向けて撃つってのは、やっぱ抵抗あるけどな」
大樹は仰向けになると、銃を自分の胸に向けて引き金を引いた。
「む――」
少し唸った大樹は、立ち上がって幻士郎の方へ歩み寄る。大樹は倒れている幻士郎に向けて、一発治癒弾を撃った。
「あ……」
幻士郎は体力の回復を感じ、立ち上がろうとした。しかし、まだ足元がおぼつかない。大樹はそれを見ると、幻士郎にもう一発治癒弾を撃った。
「うん、大ちゃん、ありがとう。すっかり回復したよ!」
「そうか。よかった」
大樹は笑うと、自分に向けてもう一発治癒弾を撃った。
「よし、これでおれも完全回復だよ。――やったな、幻士郎」
「うん! 大ちゃんのおかげだよっ」
笑顔を見せる幻士郎に、大樹は軽く笑ってみせた。
「お前、行きたいところがあるんじゃないのか?」
「あ――そうだ……」
幻士郎は、香澄の事を思い出した。
「大ちゃん、ぼく、水杜さんが戻ったかどうか確かめたいんだ」
「そうか。行って来いよ」
大樹がそう微笑むと、幻士郎は頷いた。
「うん! ぼく、行くよ!」
幻士郎はそう言うと、発力踏法を使って走り出した。大樹はそれを笑って見送った。
「幻士郎の奴……強くなったな」
大樹は、少し寂し気な笑みを浮かべた。
幻士郎は急速に山を駆け下りる。その麓まで来ると、凄まじい気配に幻士郎は足を止めた。
「この気配は――」
幻士郎はその気配の先に視線を向ける。その気配の主が、樹々の向うから現れた。
「師匠!」
現れたのは、剣王院九岳であった。
「幻士郎、唆魔妖を倒したな?」
「はい、師匠! 師匠のおかげですっ!」
九岳は苦笑を浮かべつつも、嬉しそうに言った。
「お前には、行くところがあるんだろう? 送ってってやる」
「本当ですか、師匠! ありがとうございますっ!」
九岳に連れられて、幻士郎は麓まで降りる。そこには九岳のバイクがあった。九岳のバイクの後ろに乗せられ、街をすり抜ける。九岳は街の病院の前で停まった。
「水杜の娘は、ここに入院してる。特別救護室とかいうところだそうだ」
「ありがとうございます、師匠!」
幻士郎は九岳に脱いだヘルメットを渡すと、病院の中を駆けあがった。特別救護室の扉を開ける。
「水杜さん!」
幻士郎は、声を上げた。
ベッドの上に、身体を起こした香澄がいる。
眼鏡をかけてない香澄は、幻士郎の姿を見ると驚きの表情になり、そして涙をにじませた。
「幻士郎くん……」
「水守さん――」
幻士郎はベッドの傍に歩み寄った。香澄は石ではなく、確かに元の姿に戻っている。髪の色も、肌の色も、元の姿だった。
「よかった……本当によかった」
幻士郎は身体の奥から溢れてくる想いに耐えきれず、涙をぼろぼろとこぼした。その手を差し出し、香澄の手を握る。その手は確かに柔らかく、温かった。
「幻士郎くん――」
香澄が顔をぐしゃぐしゃにしながら、その手を握り返す。そして香澄は、俯いて嗚咽し始めた。幻士郎は戸惑った。
「ど、どうしたの、水杜さん?」
「よかった……幻士郎くんが、無事でよかった――」
香澄は、そう言いながら泣き顔の笑顔を見せた。
「石にされる時、幻士郎くんがどうなるのかと思って――その気持ちのまま固まっちゃったから。……けど、本当によかった。それに、幻士郎くんが、私を助けてくれたんだよね?」
「あ…うん、一応」
幻士郎は少しテレながら、そう答える。
「ありがとう……幻士郎くん」
香澄の眼は、幻士郎を見つめている。その眼鏡を外した香澄の可憐さに気付き、幻士郎はお互いの手を握り合ってることに赤くなった。
「あ~、盛り上がってるところ、申し訳ないんだが――」
不意に傍で声がして、幻士郎は手を離した。傍らの席に、水杜紗樹人が座っている。
「一応、私からも娘を助けてくれた礼を言わせてもらえないか、幻士郎くん」
「あ、はい……」
幻士郎は、テレて俯いた。
「しかし、娘を助けたことと、それとこれとは別だからね」
紗樹人が妙に真面目な顔で、そう告げる。
「それと…これって?」
幻士郎は首を傾げた。その様子を見て、香澄が涙ぐみながら微笑む。
「もう、パパったら――」
香澄は困った顔をしてみせた。
白川博子に、火高あかりの意識が戻ったと教えられたのは、三日後の事だった。幻士郎と大樹は、病院へ向かった。
「大ちゃん、ずっと通ってたんだって?」
「まあな」
「火高先輩と、知り合いだったんだねえ」
大樹は、軽く苦笑してみせた。
病室で二人を迎えたあかりは、体を起こし、大分顔色もいい感じだった。
「意識が戻ってよかったです、火高先輩」
そう告げた幻士郎に対し、あかりは困惑の顔を見せた。大樹も口を開く。
「どうかしたんですか、あかり先輩?」
「……君たち、多分、あたしの知り合いなんだよね?」
幻士郎と大樹は、驚きに息を呑んだ。
「……覚えて、ないんですか?」
「アハ、ごめんね~。なんか忘れちゃっててさあ…。いや、自分が魔明士だったとか、そういう事は覚えてるよ。けど――ちょっと前から記憶がないっていうか?」
あかりはそう言うと、笑ってみせた。幻士郎と大樹は、何も言えない。その二人の様子を見て、あかりはさらに言葉を続けた。
「っていうかさあ、なんか魔明士のこと思い出すと……恐くなっちゃうんだよね。今も――震えが来るっていうか…。だから多分、あたしはもう魔明士には戻れない――いや、戻らないと思うんだ。二人は多分、それ関係の知り合いだよね?」
「そう……ですけど」
幻士郎の答えを聴いて、あかりは神妙な顔で口を開いた。
「悪いんだけどさ、あたしの事は、もう忘れてくれていいから。討魔はさ、君たちで頑張って。ね……」
あかりは、寂しげな笑みをみせた。
二人は、あかりに対して何も言えなかった。




