幻士郎&大樹
白川博子は驚愕の声をあげた。
「あれは――牙羅蛇! それに若月くん、何故、ここに?」
「先生、詳しい話をしてる暇はない。あかり先輩が危険な状態なんだ」
傍に駆け寄ってきた大樹が、博子に切羽つまった声をあげた。その言葉に促され、博子は大樹が指さした方向を見る。
「火高さん!」
博子は駆け寄って、あかりの傍にしゃがみ込んだ。様子を見ると、博子は眉をひそめた。
「……治癒した跡がある?」
「ああ、俺が忘癒弾って奴を撃ちこんだ」
博子は驚きの顔で大樹を見た。
「若月くんが?」
大樹は黙って霊弾銃を見せる。博子は息を呑んだ。
「霊弾銃まで! 何故、若月くんが?」
「先生、そんな事言ってる場合なのかよ」
「そうだ――それよりも、まだ火高さんは危険な状態だわ」
そう言うと博子は、胸の前で両手で印を組んだ。と、博子の傍に、バスケットボールくらいのクラゲが四体現れる。
「うわっ、なんだこれ!」
そのクラゲがあかりを囲む。クラゲの触手があかりにかざされ、あかりに光が射した。
「まさか……先生、治せるの?」
「応急処置ができるだけよ。すぐにでも病院に運んで、ちゃんとした治療を受けないと――火高さんに、何発、忘癒弾を撃ったの?」
「7発」
「そう……判った」
博子はそう言いながら、戦っている幻士郎と牙羅蛇を見た。
「けど、あの唆魔妖も危険な存在――」
「先生、あっちに赤羽先輩も倒れてるんだ」
大樹は少し離れた場所を指さした。博子は険しい顔を見せる。
「先生、俺と幻士郎で、あの唆魔妖とかいうのはなんとかする。先生は、あかり先輩を連れて下山できないか?」
博子は一瞬、逡巡の顔を見せたが、すぐに決意の表情へと変わった。
「判ったわ、火高さんと赤羽くんは、わたしが連れていく。そして討魔衆に連絡を取って応援を頼むから、君たちは牙羅蛇と戦って時間を稼いで。応援が来たら必ず倒せるから、無理はしないで」
「判った」
大樹は強く頷いた。
博子はもう四体のクラゲを出すと、揺介の周りを囲ませた。四体のクラゲに囲まれたあかりと揺介の身体が、宙に浮く。
「紅道くん!」
博子が声を上げる。
幻士郎は一撃を加えながら跳躍し、牙羅蛇と間合いをとった。
「先生! 来てたんですね!」
「紅道くん、わたしは火高さんと赤羽くん病院に連れていく。だから、君に加勢することはできない」
「大丈夫、先生。こいつは――牙羅蛇は僕が倒します!」
幻士郎は、瞳を紅く輝かせながらそう言った。
博子はそれを聴いて、厳しい表情で幻士郎を見つめる。
「敵を侮らないで、紅道くん。わたしが応援を呼ぶから、その到着を待って。連絡をすれば山は包囲されるから、牙羅蛇を逃がすことはない。焦ることはないのよ。水杜さんを助けたいのなら――いい? くれぐれも無理はしないで。守りに徹して」
「……判りました」
幻士郎は神妙な顔で頷いた。それを見て微笑みを洩らすと、博子は片手で印を組んだ。と、幻士郎の持ってる刀に異変が起きる。
「あ……これは――」
刀に巻き付いていた『封』の字を書いた紙が剥がれていく。やがてその刀身が露わになった。
「封印は解いたわ、存分に使って」
博子は幻士郎にそう言うと、次に大樹に視線を向けた。
「若月くん!」
大樹が博子を見ると、博子が空に何かを放る。大樹がそれを捉えると、それは霊弾銃の弾倉だった。大樹は博子を見た。
「それは治癒弾。7発入ってる。それでなんとか、応援が来るまでもたせて」
「……判ったよ」
大樹は、力強く頷いた。
それを見ると、博子は踵を返した。八体のクラゲがあかりと揺介を運び、博子についていく。博子はやがて森に消えていった。
「――ヒャアッハッハァーッ!」
博子の姿が見えなくなるなり、牙羅蛇が奇声をあげた。
「バカだな、お前らは! あの女がいなくなれば、お前らにもう勝ち目はない!」
幻士郎と大樹は、並んで牙羅蛇を睨む。牙羅蛇は喜色満面で、二人に言った。
「火行と気力使いは、土行魔力の俺にとって脅威はない。そして一人は素人。あの霊術使いの女さえいなくなれば、俺にとって恐れる相手はいない。俺が山を出られなくなる? バカだな。お前の方眼を奪い進化すれば、そんなくだらない包囲網は突破できる! お前たちは、俺のための贄となれ!」
牙羅蛇は嘲笑を交えながら、幻士郎たちに向かってそう叫ぶ。その様子を、幻士郎は冷ややかな眼で見つめていた。
「バカなのは、お前の方だ……」
幻士郎の方眼が、一段と強い紅の光を放った。
その光に呼応するように、幻士郎の持った刀身が紅に染まっていく。間近で見ていた大樹は、その様子に息を呑んだ。
「紅吹雪――この剣の本当の力を発揮する時が来た」
幻士郎がそう言った瞬間、その姿が消える。
大樹が眼を見張ると、幻士郎は牙羅蛇の後ろにいた。刀を振り抜いた形で静止している。
「なんだと――?」
牙羅蛇が振り返った瞬間、その上半身がぼとりと腰から落ちた。
「な――」
地面に落下する牙羅蛇の顔が、驚愕に包まれた。その瞬間、また幻士郎の姿が消える。
地面に落ちる前に、牙羅蛇が上半身の周りに魔力の結界を作る。現れた幻士郎の姿は、その魔力結界に刀を打ち込んでいた。
「ぐ……貴様――」
腕で頭が落下するのを支えた牙羅蛇が、憎々し気に幻士郎を睨んだ。幻士郎は方眼を光らせながら、平静な表情で口を開く。
「剣の切れ味も、力の乗り方も今までとは段違いだ。紅吹雪――父さんの刀は、火蓮真機流に最も適した刀だ」
幻士郎は刀を切り上げ、魔力結界を切り割った。威力に飛ばされた上半身の牙羅蛇が、忌々しそうに唇を歪める。
「剣が使えるようになった程度で、俺に勝てるはずはないんだっ!」
牙羅蛇が咆哮すると、その斬られた下半身から新たな下半身が出現する。しかしそれは元の人の身体ではなく、巨大な蛇の胴体であった。牙羅蛇は新たな蛇の身体で、ぐるりととぐろを巻いた。
「ククク……俺にも、新たな進化が訪れたようだぜ」
牙羅蛇が薄い笑みを浮かべる。その瞬間、幻士郎の背後から何かが襲い掛かった。
「ムッ!」
幻士郎は、その襲い掛かったものを剣で斬り止める。それは巨大な牙羅蛇の蛇の尾だった。
牙羅蛇の尾は地面から現れ、幻士郎の剣でも斬れてない。
蛇の尾はびくりとうねると、地面に溶けるようにその姿を消した。
「気を付けろ、幻士郎!」
「――気を付けるのは、お前の方だ」
大樹が叫んだ瞬間、大樹の傍の地面から尾が現れ、大樹を横殴りにした。
「ぐあぁっーー」
尾に打たれた大樹が、横殴りに吹っ飛ぶ。
「大ちゃん!」
駆け寄ろうとした幻士郎の足元から、尾が現れて幻士郎を打ち払った。
「うわぁっ!」
打たれた幻士郎が、地面に転がる。牙羅蛇はその様子を見て、勝ち誇ったような笑い声をあげた。
「ざまあないな、小僧ども! お前らが何をしようと、俺に勝てるはずもない!」
その声を上げている間、大樹の身体がうごめいた。
大樹は自分の身体に向けて、治癒弾を発射した。一発、それでも足りなくてもう一発。
「く……」
復活した大樹が立ち上がる。大樹は素早く移動すると、至近距離で幻士郎に治癒弾を撃ち込んだ。
「う……」
一発打ち込むと、倒れた幻士郎は再び立ち上がった。
「大丈夫か、幻士郎?」
「大ちゃん、ありがとう」
支える大樹に、幻士郎が微笑みで応える。幻士郎は、再び剣を構えた。その幻士郎に、大樹が言う。
「幻士郎、残念だがあいつの攻撃は俺じゃ見えない。俺は離れて待機している。だから幻士郎――俺の事は気にせずに、存分に戦え!」
大樹が幻士郎を見つめた。幻士郎もそれをまっすぐに見つめ返し、強く頷いた。
「うん!」
大樹が後ずさり、離れていく。幻士郎は剣を構え、牙羅蛇を睨んだ。
「勝負だ、牙羅蛇!」
幻士郎の声が轟いた。




