あかり対揺介
「――それが最後の役魔ね」
あかりの声が届き、揺介は背後に振り向いた。
ポーテールを風になびかせながら、あかりが腰に手をあて立っている。揺介はその姿を見ると、笑みを浮かべた。
「探す手間が省けたぜ、あかり」
「そいつを倒せば宗家戦終了で、あたしの勝ち。勝負は見えたわね」
「ハッ、その前にお前から魔粒をいただくぜ」
あかりは疑いの目つきで、揺介を横目で見る。揺介は、収納珠から大鎌を出した。
「ナメてると――痛い目をみるぜ!」
揺介は発力踏法で一気に攻寄る。しかしあかりも発力踏法で、その攻撃を躱す。大ぶりな攻撃で、鎌が空気を切る音が響く。
一撃、二撃、三撃と攻撃するもあかりは全てを避けきる。最後に大きく後方に跳んだあかりは、空中で弓を引き絞った。
「追尾火炎弓!」
あかりが炎の矢を放つ。しかしそれは揺介の方には飛ばず、軌道が逸れる。が、大木を大きくカーブして、炎の矢は揺介をめがけて飛んできた。揺介はそれを鎌で叩き切る。斬られた炎の矢が二つに分かれ、揺介の後方へ飛んでいった。
が、その分かれた二本の矢がUターンし、揺介の元へと戻る。
「なにっ!」
炎の矢が直撃し、爆炎をあげる。煙が立ち込めて、やがて薄れていく。その中に、鎌で身体を支える揺介がいた。
「あたしの勝ちね。もう、よした方がいいわ」
あかりは心配そうな顔で言った。ぎり、と揺介が歯を食いしばる。
揺介は大鎌を斜めに構えた。その背後に火炎弾が輪をなして現れる。揺介は、右手で大鎌の端を持つと、背後に引いた。
「炎旋爆連斬!」
大鎌を片手で振ると大鎌が回転しながら飛んでくる。それは大きな炎の輪となって、あかりに襲い掛かる。と同時に背後からの火炎弾が広範囲に一斉放射される。大鎌を避けても火炎弾に直撃する、二段構えの大技だった。
あかりは鋭く大鎌の炎の輪を睨むと、小太刀を抜いた。
「ヤッ!」
大鎌を切り上げて、その軌道を逸らす。すぐさま、あかりは大きく後方へ飛んだ。
身体が縦回転して、ポニーテールをなびかせながら、あかりが宙を舞う。さらにひねりを加えて空中で振り返ると、頭が下のままあかりは弓を引き絞った。
その手には小太刀が持たれている。小太刀を矢のようにつがえて、弓を引き絞っていた。小太刀が炎をまとうと同時に、あかりは小太刀を放った。
「凱砲」
あかりの身体の倍はあろうかという爆炎が弓から発射される。その凄まじい業火が揺介を襲った。
揺介の顔色が変わる。しかし、そのまま揺介は業火に包まれた。
「ガ…ァ――」
爆炎の過ぎた後に、ボロボロになった揺介がゆっくりと倒れた。
「ちょっと! 大丈夫?」
地面に降り立ったあかりは声を上げる。慌てて揺介の元に、あかりは駆け寄った。揺介は歯噛みしながら顔を上げる。
「く……」
「あ、大丈夫そうね。悪いけど、最後の役魔はもらうよ」
小太刀を拾って納めたあかりは軽く笑うと、揺介が捕らえていた最後の役魔に向けて弓を引き絞る。あかりがその矢を放とうとした瞬間だった。
倒れている揺介の手首から、蛇が鎌首を持ちあげた。その口を開け、泥弾を放つ。
「え?」
あかりは足元を見た。その両足元に泥弾が当たり、石化しかけている。
「なに、これ!」
あかりは慌てて方力を足に込めた。その石化は止まるが、両足は粘着質の泥が付着して動かない。
「ちょっと! なによこれ?」
あかりは振り返って倒れている揺介の方を見ようとした。その瞬間、あかりは首筋を襲う激痛に呻き声をあげた。
「え……?」
その鎖骨部に喰らいついているのは、巨大な蛇だった。その蛇の先は、男の腕につながっている。灰色の髪、緑の肌。金色の瞳が薄く細まり、口元に歪んだ笑みが浮かぶ。
「あ…んたは……牙羅蛇――」
驚愕に眼を見開いたあかりの肉を食いちぎり、蛇はあかりの方眼を奪った。
「あぁっっ!」
あかりが悲鳴をあげて倒れる。倒れている揺介は、よろめきながら上半身を上げた。
「貴様……なにをしているっ!」
揺介を見る金色の眼が光る。と、揺介が耳に着けている霊観具が砕け散った。
「なんのつもりだ!」
「これで貴様は、この女の魔粒を奪える。予定通りだろう?」
そう言うと牙羅蛇は、あかりに掌を向けた。すると魔粒が四つ、牙羅蛇の元に集まる。牙羅蛇はそれを揺介の方へ放った。
「貴様――あかりに手を出すなど、そんな話はしていないぞ…」
よろめきながら、揺介は立ち上がった。牙羅蛇がそれを見て笑う。
「なんなら、お前の方眼もここで奪ってもいいんだぞ」
その言葉を聞いた瞬間、揺介の顔に恐怖が走った。
「クク……冗談だよ。どうせこの女はもう死ぬ。そして紅道幻士郎は俺がこれから殺しに行く。お前は宗家戦に勝利する。――万々歳だろう?」
「……揺介…あんた――唆魔妖と取引したの……?」
大量の出血に息を喘がせながら、あかりが揺介に言った。揺介はあかりを一瞬見て、眼を逸らす。
“ちょっと、どうしたの? 火高さんの霊気が急速に下がってる”
博子の念話があかりの脳裏にだけ響く。そのあかりの傍に、白いクラゲが三体集まってきた。
「治療用の役魔か、くだらん」
牙羅蛇は左手の蛇から泥弾を発射すると、クラゲを三体とも消してしまった。牙羅蛇はあかりから奪った赤い方眼を、指でつまんで見せる。
「なかなか美しい方眼だ。俺は最初からこいつの方眼を狙っていたのさ。こいつの方眼を喰らって――俺は進化する!」
牙羅蛇は方眼を呑み込んだ。
「ぐ……」
苦し気な表情になった牙羅蛇は、身体を抱えてうずくまる。
「う――く……」
その背中が、ぐん、と肥大化する。灰色の髪が、急速に伸びて腰までの長さになった。
顔を上げた牙羅蛇は、一回り大きくなっていた。
「ククク……やったぞ。俺はこれで紅道幻士郎の方眼をいただく。そうすれば、神刀我久龍を超えるのも夢じゃない」
牙羅蛇はそう口にすると、にやりと笑みを浮かべた。
*
森を駆ける幻士郎の脳裏に、博子の念話が聞こえてくる。
“ちょっと、どうしたの? 火高さんの霊気が急速に下がってる”
幻士郎は驚きに足を止めた。
「どういう事? 火高先輩が、危険ってこと?」
幻士郎の脳裏を、正体不明の違和感が襲った。
「なんだか…嫌な感じだ」
幻士郎は発力踏法で、森の中を猛スピードで駆け抜ける。
(――嫌な感じが近づいてる)
その先に危険があるのは判った。だが、幻士郎の足は止められなかった。
やがてその視線の先に、緑色の肌と紫のマフラーが眼に入る。それは、幻士郎が忘れようとしても、忘れられない色だった。
「――お前は!」
ゆっくりと、その巨体が振り返った。
「牙羅蛇!」
「待っていたぞ、紅道幻士郎」
振り返った牙羅蛇は、金色の眼を細めて笑みを浮かべた。
(前に会った時よりも、大きい。それに……圧が強い)
魔力に圧を感じていた。以前は幻士郎のカンドがそれほど高くなかったせいもあったが、今、目の前にいる牙羅蛇の圧は、立っているだけで恐怖を感じる程のものだった。
しかし幻士郎は、その牙羅蛇の向うに倒れている人影を見て、その恐怖を忘れた。
「火高先輩!」
その少し離れた場所には、ボロボロの姿の揺介もいる。幻士郎の心に、一気に火がついた。
「貴様ァッ!」
幻士郎の方眼が開く。幻士郎は一瞬にして、牙羅蛇に斬りかかっていた。しかし、その剣を牙羅蛇が右腕で受け止める。
「ほう…少し見ぬ間に、いきなり強くなったものだな。しかし、そうでなくては――面白くない!」
牙羅蛇は左腕の蛇で、幻士郎に襲い掛かる。蛇の牙に噛まれる前に、幻士郎は間合いをとった。
“紅道くん、一体、何が起きてるの? 説明して”
幻士郎の脳裏に博子の声が響く。幻士郎は牙羅蛇を睨んだまま、口を開いた。
「牙羅蛇がいます。そして火高先輩が倒れていて、赤羽先輩も重傷です。二人とも、まずい状況です」
幻士郎は博子にそう答えると、牙羅蛇に向かって剣を構えた。




