宗家戦開始
家に戻った幻士郎は、幻雲の隣に白川博子がいるのに驚いていた。
「え? なんで先生が此処に?」
「貴方が修行を終えて戻って来るっていうからね」
博子はそう言うと、九岳の方を見た。バイクで幻士郎を乗せてきた九岳は、素知らぬ顔をしている。幻雲が眼を細めて、幻士郎に言った。
「よくやったな、幻士郎。見違えるほど逞しくなったぞ」
「え~、そうかなあ」
幻士郎は赤くなりながら、身体をもじもじさせた。九岳は苦い顔をしている。
「そんな幻士郎くんに、討魔衆からプレゼント」
「え? 何ですか?」
「はい、これ」
博子が手にして出したのは、金色のメダルがはめ込まれたブレスレットだった。
「これは?」
「討魔装よ。持って、意識を集中してみて」
幻士郎は手にすると立ち上がり、意識を集中させた。
すると幻士郎の身体が光に包まれる。その光が消えた時、幻士郎の衣装が変わっていた。白地に赤の紋様をあしらったロングコートだった。
「え? へ、変身した!」
「収納珠は、空間の歪みを作る唆魔の魔粒から作った方玉からできているの。武器も一緒に収納できるから、宗家戦の時にはそれを使ってね」
幻士郎が感心していると、幻雲が一振りの刀を持って差し出した。
「これを使いなさい」
「これは?」
「紅吹雪――わしが昔使っていた刀だ。方力との相性はよく合うはずだ」
幻士郎は刀を腰に差す。
その姿を見て、幻雲は目を細めた。
「似合っておるぞ、幻士郎。蓮士郎の若い時のようだ」
「お父さんの……」
幻士郎は自分の姿を見て、強く言った。
「ぼく、頑張るよっ」
博子はそれを見て、微笑みながら口を開いた。
「とりあえず、明日は学校に来てね。みんなの記憶は大樹くんも含めて、元に戻ってるはずだから」
幻士郎は頷いた。
翌朝、幻士郎は大樹を迎えに行った。
「おはよう、大ちゃん」
「お――おはよう」
出てきた大樹が、驚いた顔をしている。
「どうしたの、大ちゃん?」
「いや……なんでもないさ」
大樹は微笑むと、幻士郎と肩を並べて歩きだした。
教室に着いても、誰も幻士郎が長期欠席をしたことに気付いてない。そのうち、担任の白川博子が現れる。
「は~い、みんな席に着いて。おはようございます」
クラスメートが挨拶をする。なんでもないように、学校の一日が始まった。
(白川先生が、記憶を操作したんだ)
幻士郎は感心した。
昼休憩に入り、幻士郎は大樹と屋上へ上がった。
「はい、大ちゃん、お弁当」
「おう」
大樹はそれを受け取ると、幻士郎の顔をじっと見つめた。
「いつも……ありがとうな、幻士郎」
「ど、どうしたの、大ちゃん?」
幻士郎がどぎまぎしながら訊ねると、大樹は言った。
「いや、いつも母さんから貰った分を渡してるけど――それでうまくやりくりしながら、栄養があって美味い弁当を毎日作ってくれてんだなって、改めて感謝してるのさ」
「えへへへ…なんかテレちゃうね」
幻士郎は少し顔を赤らめながら、笑ってみせた。
二人が昼食を終えてのんびりしていると、不意に前を通りすぎる影が止まった。幻士郎はその影を見上げる。
「あ――火高あかり…さん」
「はあい、紅道くん」
ポーニーテールにした少女は、にっこりと微笑んでみせた。
ちらりと大樹を一瞥するが、何も言わない。大樹もあかりを見上げるが、不意に立ち上がった。
「幻士郎、先に教室行ってるぜ」
「あ、うん」
大樹が立ち去ると、屋上にはあかりと幻士郎の二人きりになった。
「この学校の生徒だったんですね」
「二年A組。わざわざ宗家戦のために編入してきたのよ、面倒この上ないわ」
あかりは両手を広げて見せる。幻士郎はあかりに訊いた。
「それで…ぼくに何かご用事ですか?」
「ううん、別に。っていうかさ、あたしは別に宗家戦でそんなに勝ちたいわけでもないんだ。あ、これ、そう言って油断させといて勝とうとか、そういう作戦でもなんでもないから」
そう言いながら、あかりは手すりに近寄って眼下に広がる景色を眺めた。風に、ポニーテールがなびく。
振り返ると、あかりは幻士郎に首を傾げてみせた。
「ねえ、キミは魔明士になりたいの?」
幻士郎は、立ち上がるとあかりを見つめた。
「うん。ぼくも…宗家戦で勝つとかより、もっと大事な事があるから。今は、魔明士になりたいと思ってます」
「もしかして、水行家の――水杜香澄?」
幻士郎は頷いた。あかりは、手すりに背中を預けるように向き直る。
「そっか。立派だね、キミは。あたしはさ、たまたま火高の家に生まれて才能があったから、なんとなく子供の頃から方術を稽古してただけ。知ってる? 魔明士って、国家に雇われてるんだよ」
「え? そうなんですか」
「そうよお、ボランティアじゃないのよ。シ・ゴ・ト。無論、公式存在ではないんだけどね。けど、まあ妖怪退治の警察官みたいなものでしょ? 給料安定の公務員と思えば、才能を生かした就職って考えでいいかなって」
あかりは屈託なく、そう笑った。
「だからあ、あたしは別に火行の宗家とかになりたいわけじゃないワケ。ただ、あいつは違うからね」
「あいつって――赤羽揺介さん?」
「そ。あいつはさ、生まれが純血種じゃないから、なんか辛い思いをしてきてんのよね。それで親父さんを見返すために、結構、必死で宗家になろうと思ってんの。本気で来るよ、あいつは」
あかりの言葉に、幻士郎は表情を硬くした。
それを見たあかりは、少し苦笑して見せた。
「けどさ、あいつも根は悪い奴じゃないから。まあ、宗家戦が終わったらさ、あたしたちって同じ唆魔を討魔する仲間じゃない? 宗家戦は全力でぶつかるとして、その後は仲良くやろうよ」
「そう……ですねっ」
幻士郎も、にっこりと笑顔を返した。
二日後、幻士郎は間坂衣山に呼ばれた。間坂衣山は、真坂市にある山である。既に集合場所には討魔装姿の赤羽揺介と火高あかりが来ていた。
「揃ったわね」
最後に現れたのは、巫女のような姿の白川博子である。
「私が見届け人をする白川博子です。よろしく。それじゃあみんな、持っている刃物を出して」
幻士郎は剣を抜く。揺介は鎌を出し、あかりは小太刀を抜いた。
「結界封」
博子は印を組んで唱える。と、博子の袂から、白く長い紙が飛び出てきた。その紙はそれぞれの刃物に巻き付く。巻き終わった刃部の紙には、『封』という文字が現れた。
「これで武器は方力や気力の『当て』だけを使える状態です。それじゃあ、これを耳に着けて」
博子は緑色の勾玉型のイヤリングを三つ、手に乗せて差し出した。
幻士郎とあかり、揺介はそれぞれ手にする。幻士郎が耳に持っていくと、何もしていないのに自然に耳にはまった。
「それは霊観具。それであなたたちの状態が私に判ります。私からの念話も届きます。負傷した時などは、それによって私がいち早く状態を知るので、安心して戦ってください。じゃあ、競技のルールを説明するわね」
そう言うと、博子は印を組んで眼を閉じた。すると、博子の背後に大きなクラゲが10体、ずらりと現れた。
「わ」
思わず声をあげたのは、幻士郎だけである。
「この私の役魔を多く倒した者の勝ちです。役魔は五行――木火土金水のそれぞれの特性がある他、妖力、呪力を特性に持った個体がいます」
「後の三体は?」
揺介の問いに、博子は人差し指を口にあててみせた。
「それはシークレット。出会ってからのお楽しみね。これを間坂衣山に放ちます。みんなは離れた位置から山に入って、この役魔を倒して。役魔を倒したら魔粒が回収できるわ。10体のすべてが倒された時点で試合は終了。試合が終了するまでは、他の相手から魔粒を奪ってもいい。ただし必要もないのに相手を傷つけたり、殺したりするような攻撃は反則よ。終わった時点で一番多く、魔粒を持ってる人が勝利よ。何か質問ある?」
声はない。そうして、宗家戦が始まった。




