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まやかし幻士郎  作者: 佐藤遼空
第五話 宗家戦
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神刀我久龍

「かみとが……くりゅう?」

 幻士郎の言葉に、九岳が頷いた。

「そうだ。恐らく、現在確認されている中で、最も古くから生存してる唆魔妖だ」

「古くからって……何時からなんですか?」

「明治期――日清戦争が起きた頃から、神刀我久龍はその存在が確認されている」

「日清戦争は、え~と……1894年!」

 幻士郎は声をあげた。


「そうだ。明治27年の事だ。当時、朝鮮半島で東学党という宗教結社が民衆を指導して、政府の重税に対して反乱を起こした。朝鮮は宗主国――まあ、親玉としての中国の配下に入っていて、中国――当時は清だな。清王朝に援軍を求めた。これに対して、日本政府が動いた」

「動いたって…何ですか?」

「軍を派遣したんだ。名目は日本人居留地を守る、という事だが明らかに清の朝鮮支配に対して、その支配権を争う形の派兵だ」

「難しい話……」

 困り顔の幻士郎に対し、九岳は言葉を続けた。


「清と日本、二つの支配欲剥き出しの国が出てきて、朝鮮政府は慌てて東学党と和解し、内政に問題はないという態度に出た。けど日本は内政改革の必要があると主張し、清と日本の共同改革案を清に示した。しかし清はこれに乗らず、日本と清、両国の撤退を提案した。しかし日本はそれに反対し、朝鮮の内政改革の必要があると主張した」

「それって……朝鮮の人たちは、必要だと思ってたんですか?」

「いいや。全く必要だとは思ってなかったろうな。単に日本と清が支配欲剥き出しにして軍を駐留させようとしてだけだ。そして対立した清との間で、結局、戦争になった」

 幻士郎は納得できない表情で、九岳に言った。

「当人が求めてないのに……どうして、そんな事になったんですか?」

「そこに、神刀我久龍が絡んだ、と言われている」

 幻士郎は思わぬ答えに、目を丸くした。


「当時の政府の要人に近づき、唆魔を使って悪意――剥きだしの欲望を唆したと考えられている。その後の日露戦争の開戦、関東大震災時の朝鮮人に対する虐殺、太平洋戦争への参戦にも神刀我久龍が絡んでいると言われている」

「久龍は――どうしてそんな事を?」

「戦乱や暴動が起きれば、人々の悪意や不満、怒り、絶望など唆魔妖がエネルギー源にする邪精が存分に摂れる。人々を唆し、悪意を実行に移させるのは、奴らの生存本能だ」

 九岳の言葉に、幻士郎は言葉を失った。それを見た九岳は、さらに言葉を続けた。

「唆魔というのは、存在としては新しいものなんだ。近代になってから、欧米の持ち込んだ意識によって生まれたと言われている。それまでの歴史にも邪霊や妖怪の類は存在した。それと対峙する陰陽師や祈祷師もいた。しかし唆魔というのは、機械文明によって大量虐殺が可能になった事で生まれた、新たな存在だ。それまでの邪霊や妖怪とは異なり、自然から生まれたものではない。人間の複雑化した意識が生み出した新たな脅威だ」


「ぼくたちの便利な暮らしが生み出した副産物……って、事なんですね?」

「そうだ。そうした唆魔を討魔するために、それまでの色々な職業的資質を結集し、その知識を体系化しまとめたのが討魔衆だ。唆魔が現れたのは幕末とも、西南戦争以降とも言われているが、討魔衆が生まれたのは日清戦争を機にしている。つまり戦争の時代に入ってからだ。討魔衆は政治的な不穏の背景に、一人の男が暗躍している事に気付いた。しかもそれは人間ではなかった。それが――神刀我久龍だ。神刀我久龍は討魔衆が組織されてから、最初に確認された唆魔妖だ」

「凄い……長生きですね」

「そうだな、最低でも130歳以上という事になる。唆魔妖がどれだけ生きるのかは知らないが、なにせ奴らは生物ですらない。寿命などないかもしれん」

 幻士郎はここで、改めて疑問を持った。


「その神刀我久龍が……ぼくの両親と、どう関わるんですか?」

「俺たちが神刀我久龍らしい唆魔妖と遭遇したのは、討魔を始めてから少し経っての事だ。明かにおかしな事件が起きているのだが、その中心に正体不明の人物がいた。それがどうやら久龍だと気づいたのは、まほろだった。俺たち――まほろと蓮士郎、俺、そして紗樹人の四人で、そいつの討伐に向かった。しかしすんでのところで、奴には逃げられた。それからしばらくして、蓮士郎とまほろが結婚し、おまえを身ごもった。それから、まほろが夢を見る、と言うよになったんだ」

「夢?」

 幻士郎は、自らにも覚えのある事に、身を固くした。

「髪の長い男が現れ、お前の子供をもらう――そう言ってくる夢を何度も見ると言っていた。お前が生まれてからは警戒していたが、結局、何事も起きなかった。そう思っていたのだが、六年前の事件が起きた」

 幻士郎は話の核心に、ごくりと唾を呑み込んだ。


「ひどい嵐の晩だったが、まほろから俺は連絡をもらった。『久龍が来る』と、切羽つまった声で言われた。俺は『蓮士郎はどうした?』と訊くと、『多分、もう帰ってこない』と言う。俺はバイクで駆け付けたが――そこで見たのは、殺された…まほろの姿だった」

 九岳が痛切な顔をする。

「お前をしっかり抱きかかえていた……。俺はお前も殺されたのかと思ったのだが、お前には息があった。しかしお前は胸に大きな傷があり、放っておけば危険な状態だった。そしてまほろの方は、既にこと切れていた。……その胸には大きな穴が開いていた。俺は以前に聴いて知っていたが、まほろは胸の中心に方眼が出るのだと言っていた。見たことはないがな。その方眼を、久龍に奪われたのだと察した。そしてお前にも手をかけようとしたが、それをまほろが守ったんだ」

「お母さんが――ぼくを?」

 九岳は頷いた。


「多分…だがな。討魔衆ではこの事件を調査したが、結局、久龍の足取りは掴めなかった。そして蓮士郎の足取りも掴めなかった。上層部の中には、蓮士郎が唆魔妖になって久龍と事件を起こしたのでは、という見方が出た」

「お父さんが? そんな訳ない!」

「俺も無論、そう思う。蓮士郎はとても使命感が強い、立派な男だった。しかし蓮士郎が、それ以前から姿を消していたのが怪しいと言われたんだ。お前は母親が殺されたショックか、記憶がまったく無くなっていた。お前は祖父に預けられ、事件は真相不明のままになった。――これが、俺の知る事件の経緯だ」

 九岳はそこで言葉をとめた。幻士郎は明かされた真実の大きさに、それを受け止めきれないでいた。


「……久龍は、どうしてぼくを欲しがっているの?」

「それは厳密には判らん。ただ、お前が真芯眼を発揮した時、その潜在力は途方もないものだという事は判ったよ。お前の眉間上にある方眼は、ヒンドゥー教のチャクラでいえば、アジナとかアジュナとか言われる、いわゆる『第三の眼』だ。それは神秘の力に目覚めるという。まあ――討魔衆の使う方力・魔力・霊力は、そもそも神秘と言われていた秘儀だから、今更ではあるがな」

 そう軽口をたたいた九岳をよそに、幻士郎は沈んだ顔をしていた。

「お母さんは……ぼくのために殺されたの?」

「そう考えるな。久龍が全て仕組んだ事で、お前には何の罪もない。唆魔というのが邪悪な存在で、人を不幸にする存在なんだ。だからお前の父も母も、唆魔に唆されて罪に手を染める人達を止めたいと活動していた。お前にも、その重要さが判っていると思う。お前には、もう真実を知る権利があるし、それを知っても後戻りはしないだろう。本当はお前には宗家戦の後に話されることになっていたが、おまえはもう十分な力をつけた魔明士だ。だから話した」


「師匠――」

「強くなれ、幻士郎。いずれ、神刀我久龍はお前を狙ってくる。その時に、十分に戦えるように強くなるんだ」

「はぃっ」

 強い返事をした幻士郎に、九岳は真剣な眼差しを送った。

「――そしてお前は1人じゃない。俺も、紗樹人も、爺さんも、お前の成長を見守っている。そして、お前の両親もだ。それを忘れるな」

「師匠……う…ぐす……」

 思わず泣き始めた幻士郎に、九岳が呆れ顔を見せた。


「バカ、泣くな。お前、そういうところ、もうちょっと頑張れ」

「いいえ、ぼくは泣きますっ。最初にそう言ったはずですっ」

 幻士郎は泣きながら抗議した。九岳はそれを聞いて、苦笑した。

「全てじゃないが、とりあえず修行は終わりだ。お前は学校生活に戻れ」

「え、まだ宗家戦まで三日ありますけど?」

「その三日間で生活を戻して、十分に休んでおけ。それに宗家戦は別に勝とうと思わなくてもいい。魔明士として、自分の技量を試すつもりでいけ」

「はい、師匠! 頑張りますっ」

 幻士郎は涙を拭きながら、笑顔でそう言った。


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