謎の少女
大樹は、まだ残ってる意識の中でその光景を見ていた。
カメレオンの舌を掴んだ幻士郎の身体が、赤くぼんやり光っている。と、その手から突然、炎が燃え上がり、カメレオンの舌は途中から焼き切れた。
大樹の身体が地面に落ちる。
「幻…士郎……?」
大樹は、今までに見たことのないような険しい表情で、対峙する相手を睨む幻士郎の姿を見た。
「大ちゃんを傷つける奴は…許さない!」
そう叫んだ幻士郎の身体が、より強く赤く光っていく。その中でも、額の中央が最も強く輝き始めた。
閉じていた眼を開くように額が縦に割れ、中から赤い結晶が現れる。
(あれはーー何だ?)
「貴様……なんだ、その力は?」
「許さないぞ…お前……」
いつの間にか、幻士郎の瞳が紅く光っていることに大樹は気づいた。
カメレオンが舌を発射する。
幻士郎は片手で、その舌の攻撃を払った。続けざまに発射される舌の攻撃を、幻士郎は全て片手で払い続けた。
(あの攻撃を全部払うだとーーどうなってんだ、幻士郎の奴)
不意に、幻士郎の姿が消えた。と、次の瞬間、幻士郎の姿はカメレオンのすぐ傍まで移動している。
「なにっ!」
驚くカメレオンをよそに、幻士郎は左のボディパンチをカメレオンの腹部に喰らわせた。
「ぐはあっ!」
カメレオンが呻きながら、後方によろめく。その腹部には、拳大に炎が揺らめいていた。
「ひっ! な、なんだっ、この火は!」
カメレオンが、慌てて自分の腹の炎を手で打ち消す。そうしている間にも、幻士郎は次の攻撃に向かっていた。
幻士郎の右拳がカメレオンの頬を捉えた。続いて左、顔面をガードしようとしてがら空きになったボディに、再び右拳をめり込ませる。
「う…ぐはぁっ!」
呻きながらもカメレオンが舌を発射しながら飛び退く。しかしその攻撃を、幻士郎は何でもないように左手で払いあげた。その間を利用して、カメレオンは距離をとった。が。
「逃げるつもりなのか……?」
幻士郎の額の紅い眼が、より強い閃光を放った。瞬間、幻士郎の全身が炎に包まれる。幻士郎の身体が、急加速した。
火炎弾となった幻士郎が、瞬時にカメレオンまで接近する。幻士郎は驚愕して目を見開くカメレオンのすぐ傍まで、顔を寄せていた。
「ひ――」
驚きの声を上げようとしたカメレオンの口を、幻士郎の右手が塞ぐ。
「む…ぐぅ――」
顔を手で押さええ込んだまま、凄まじい勢いで幻士郎はカメレオンを大木まで押し込んだ。カメレオンの背中が大木と衝突して止まる。幻士郎は木にカメレオンを抑えつけたまま、口を開いた。
「こうしておけば、舌が出せないだろう」
幻士郎は怒りのこもった目でカメレオンを睨んだ。その刹那、顔を掴まれたカメレオンの全身が、突如、炎をあげた。
「むぅっ! ん――っ、ぐ――」
全身を炎に包まれても、口を抑えられたカメレオンは悲鳴をあげることもできない。あまりの光景に、大樹は走り寄って叫んだ。
「やめろ、幻士郎! そのままだと、殺してしまうぞ!」
幻士郎は紅く光った瞳を、大樹に向けた。
「…どうしてさ? こいつは大ちゃんを殺そうとした奴なんだよ?」
「それでも、やめろ! そんな事をするのは、お前らしくない!」
「僕らしく……?」
幻士郎は目を細める。一瞬、苦悩の表情が浮かぶと、幻士郎は手を放して後ずさった。
「ぐわあぁぁぁっ!」
解放されて地面に転げたカメレオンが、絶叫をあげる。カメレオンは転げ回って、火を消そうとしていた。
その光景に、大樹は絶句していた。
(なんだ、あの炎は? 幻士郎は、一体、何をやってるんだ!)
不意に、幻士郎ががくりと膝を崩した。極端に疲労したように、足元がふらついている。
「幻士郎、大丈夫か!」
大樹はよろめく幻士郎を支えようと、駆け寄った。
「う……大ちゃん…」
辛そうに見上げる幻士郎の額の眼が、閉じようとしている。身体の炎が消えたカメレオンが、大声で叫んだ。
「くそ! くそ! くそがっ! よくもオレ様を焼きやがったな!」
舌の攻撃が発射される。幻士郎がその舌を払った。と思った瞬間、その払った手に舌がからみついている。幻士郎は自分の手を見やった。
カメレオンがその絡んだ手を強引に引っ張る。飛ぶように引き寄せられた幻士郎の脇腹に、カメレオンが回し蹴りを放った。幻士郎の身体が吹っ飛ばされた。
「幻士郎っ!」
大樹は叫びながら、地面に倒れ込んだ幻士郎へと駆け寄った。
「しっかりしろ、幻士郎!」
「う……ぐ…」
身体を起こした幻士郎が答える。幻士郎の姿は普通に戻っており、額の眼も赤い炎もまとってなかった。
「幻士郎、さっきの姿はどうしたんだ?」
「熱い……」
幻士郎は問いには答えず、苦しそうにそう呟いた。と、不意に自分の襟元から何かを引っ張り出す。それは紅い結晶の嵌ったブローチだった。その紅い結晶が、光を放っている。
「それは何だ?」
「判らない。……ただ、身体が熱いんだ、大ちゃん……」
幻士郎は苦し気な表情で、自分の身体を抱きしめた。大樹はその幻士郎の肩に、寄り添うように手をかけた。
「お前ら、目障りなんだよ! まとめてやってやる!」
舌の攻撃が伸びた瞬間、二人にはもう対抗する術はなかった。大樹は大きく眼を見開いた。
その瞬間、二人の目の前でカメレオンの舌が斬られた。
いつの間にか、傍に人が立っている。その人物が手にした武器で、カメレオンの攻撃を途中で防いだのだった。それは長い棒の先に、刃物をかたどったものーー木製の薙刀であった。
それを持つのは髪を短くして、眼鏡をかけた少女だった。端正な面立ちの美人で、理知的な雰囲気を漂わせている。
「大丈夫だった、幻士郎くん?」
少女は幻士郎に向かって、そう微笑みかけた。
「君は……誰?」
幻士郎がそう答えた瞬間、少女の顔から笑みが消えた。そして不機嫌そうな表情に変わると、ぷいと横を向く。
「おい、あんたーー」
危ない、と言いかけた大樹は、薙刀を持つ少女の手の甲に、眼のように開いた青の結晶が嵌っているのを見つけた。よく見れば、少女は青の光をまとっている。
「誰だ、お前っ!」
カメレオンが次々と連続攻撃を仕掛けるのを、少女は薙刀を操り全てを防いでいた。その技は美しいと言っていい程であった。
「もう、貴方の攻撃は見切ったわ」
少女はそう言うと、薙刀を中段に構えた。
と、少女が凄まじい速さで薙刀を振り込む。しかしその斬り下ろした先に、カメレオンはいない。
「はっ」
少女は辺りを見回した。動きが見えないのではなく、気配もない。
「しまった、姿を消したのね」
そう言うと、少女は息をついて薙刀を立てた。と、少女の右手の甲にあった青の結晶が姿を消す。
「おい、誰だか知らないけど、ありがとうーー」
大樹はそう少女に呼びかけた。その瞬間、少女は何かを取り出した。
それは銃であった。その銃口は、大樹に向けられている。
「え」
発砲音が響く。
大樹は胸に衝撃を感じながら、意識が薄れていった。