揺介の思惑
揺介は意識が戻ると、自分が地面に倒れてる事に気付いて身体を起こした。傍に腕組みをした火高あかりが立っている。
「……一体、何があったんだ?」
ぼんやりとする頭で、揺介はあかりに訊ねた。
「どこまで覚えてるの?」
「――蟻野郎の大群が出てきたこと…」
揺介はそれだけを思いだした。するとあかりはフン、と鼻を鳴らして得意げな顔をした。
「そう! その大群を一掃したのが、あたし。気絶してるあんたを置いて逃げてもよかったんだけど、まあ、あたしの実力なら全滅させた方が早かったから?」
「チッ」
揺介はいまいましそうに舌打ちをした。
「いい気になるなよ、あかり。宗家戦ではオレの実力を思い知らせてやる」
「まあ、せいぜい楽しみにしてるわ」
余裕の笑みを浮かべるあかりに対し、揺介は一睨みすると背を向けた。
(クソ……あのあかりに、そんな実力があったのか?)
揺介は高速で移動しながら、歯噛みをしていた。
すっかり陽が落ちた街のネオンが、光の帯のように流れている。しかし、そんな夜景も揺介の眼には入ってなかった。
「必ずオレが――宗家になってやるんだ……」
ぎり、と音がするほど、揺介は歯を喰いしばった。揺介の脳裏には、過去の記憶が甦っていた。
*
「――お前の父親は、良いところの家の者なんだ。お前が訪ねて行けば、幾らか貰えるはずさ。いや、もしかしたらお前もあたしも、家に来るようにって言われるかもしれない」
ぜいぜいと喘ぎながら、病床の母親は揺介にそう言った。
母親の君江から、優しい言葉をかけられた記憶がない。あるのはアルコールで泥酔した母親から、ぶたれ、蹴られ、罵られる記憶だった。しかし揺介が中学生になり身体が大きくなると、肉体的な暴力はふるわなくなった。しかし口汚く罵る癖だけは変わらなかった。
その母親が、病魔に侵されている。明らかに命に関わるほどの衰弱ぶりだったが、母親は頑として病院に行こうとはしなかった。「医者なんか、信用できるか」が、君江の吐いた言葉だった。
その母親が、いよいよ動けなくなった時、『お前の父親から貰ったものだ』と言って、一つのペンダントを差し出した。細い鎖に、黒に近い紫の結晶が収まったペンダントである。
「これを持って、この住所に行きな。父親の名は、赤羽泰全」
「何やってる人なんだ?」
「判らない」
君江は喘ぎながら、そう答えた。
「なにをやってるのかは判らない。ただ、いつも――不思議な、妖しい雰囲気を出してた。それが良かった……お前は、あの男によく似てる。すぐに本当の息子だと認めるだろうよ」
揺介はうろんな表情で、震える手で差し出されたペンダントを受け取った。その瞬間だった。
「な――なんだっ?」
何か判らない力が、ペンダントから押し寄せてくる。いや、それは正確には、自分の内側から湧いてくる、得体のしれない何かだった。ペンダントを握った手から、炎が沸いて出る。
「うわっ」
思わず離した手から、ペンダントがこぼれた。
「こ、こりゃ何だ、ババア!」
揺介がそう母親に怒鳴りつけた時、もはや母親は息をしていなかった。
*
(そして赤羽の家に行くと、本妻には子供がいなかった。親父はオレを養子として引き取り、オレに方力の才能があるのを認めると、オレを魔明士にした。だが……本妻が金行系魔明士の家系なのに対し、オレの母親はただの元ホステス。事あるごとに、親父はオレを見下し、蔑んだ)
揺介の脳裏に、泰全の冷たい視線が甦った。
「あの親父に――思い知らせてやる」
そう呟いた時だった。
「……それが、できるか?」
恐ろしい程近くで囁く声がした。揺介は驚きながら、跳び退いた。
距離を取って声の主を見る。灰色の髪と緑の皮膚。そして紫のマフラーをなびかせた、牙羅蛇であった。
「貴様は――牙羅蛇!」
揺介の左目の上が裂け、方眼が現れる。
「灼熱爆炎弾!」
揺介の背後に現れた火炎弾が、一斉放射される。しかし牙羅蛇は鼻で笑うと、左腕の蛇から泥弾を発射し全て迎撃した。
「ま、お前の実力じゃあ、こんなもんだろうな」
牙羅蛇が口元に笑みを浮かべる。と、その姿が急に地面へ消えた。
「な――」
驚く揺介の頬を、突然地面から現れた牙羅蛇が殴り飛ばした。揺介は吹っ飛ばされて、地面に転がる。口の端から血を流しながら、必死の形相で立ち上がった揺介の足を、泥の爆弾が襲った。
両足が、石化していく。
「あ、ああぁぁ……」
揺介の顔が恐怖に震えた。牙羅蛇が笑みを浮かべながら、歩み寄って来る。
「お前はもう石になる。残念だったな」
「い、いやだぁぁっ――た、助けてくれっ」
揺介は涙を流しながら絶叫した。その顔に、牙羅蛇が笑いながら顔を近づける。
「お前の実力じゃあ、紅道幻士郎はおろか、あのポニーテールの小娘にも勝てないさ。望みが高すぎたな」
「ひ……ひぃぃ…」
歯の根が合わず、かちかちと歯を鳴らしながら、揺介は泣いていた。その揺介に、牙羅蛇が囁いた。
「お前…宗家戦で、あの二人に勝ちたいんだって?」
揺介が、涙のたまった顔で牙羅蛇を見る。
「勝たせてやってもいいんだぜ?」
牙羅蛇は、薄い笑みを浮かべた。
「な…何をいってるんだ?」
揺介がそう言った途端、牙羅蛇が指を鳴らした。途端に足の石化が解け、揺介は不意の自由に地面に倒れ込んだ。
「俺の言う事をきいたら、お前をここで殺さない。…ばかりか、お前を宗家戦で勝たせてやろうって言ってるんだ」
「な……何をしたらいいんだ?」
四つん這いの揺介は、唇を震わせながら牙羅蛇に問うた。
その地面についた左腕に、一匹の蛇がまとわりつく。
「ひっ――」
「そう、ビビるなよ。俺の魔能を分けた式魔さ。お前にくれてやる」
牙羅蛇がそう言ってる間に、蛇は揺介の左腕の中に溶けるように消えていった。
「意識して蛇を出して、泥弾を発射してみな」
牙羅蛇に言われるがまま、四つん這いの揺介は左腕を前に出す。手首から蛇が鎌首をもたげ、口を開くと泥弾を発射した。
「俺のように石化する力はないが、固化して相手を一定時間固める力がある。方力が使える奴は解除できるが、それでも少しは時間がかかる。その僅かな時間で、お前はチャンスをものにしろ」
「オレが――チャンスを……?」
牙羅蛇は近づくと、四つん這いになってる揺介に、顔を近づけた。
「いいか、狙うのはあの小娘だ。決定的なチャンスを見つけて、あの小娘を足止めしろ」
「お前は……どうするつもりだ?」
「俺の狙いは――紅道幻士郎」
牙羅蛇は身体を起こすと、そう言い放った。
「お前たちは俺たちから魔粒を集め、それを精製し、魔道具に使ったりする。魔粒は霊質が凝集したものだが、お前たちの方眼も同じだ。お前たちの方眼を俺たちが吸収すると、魔能が大きく進化する。その方眼が大きく、練度と純度が高いものほど、その効果が高い」
牙羅蛇は揺介を見下ろしたまま、言葉を続けた。
「お前たちの方眼は、身体の中心線に近いものほど純度が高い」
その言葉を聞いて、揺介はふらふらと立ち上がった。
「あの……幻士郎の方眼は――」
「そうだ。お前らは真芯眼と呼んでるな。奴の方眼は身体の中心に位置し、大きく、純度が高い。あの神刀我久龍が欲しがったほどだ。よほどの物とみえる」
「神刀我……久龍…」
揺介は絶句した。
「まあ、神刀我久龍も、すぐに方眼を取り出そうとしたのではないかもしれないがな。奴をさらい、育て、十分な大きさになるまで待とうとしたんだろう。しかし、それは失敗した」
「…失敗したのか?」
揺介の問いに、牙羅蛇は愉快そうに笑った。
「六年前の事件以来、奴は行方不明だ。奴がいない間に――俺が紅道幻士郎の方眼をいただく。お前は、俺に手を貸すんだ」
「オレは……火高あかりを止めるんじゃなかったのか?」
「それだけで十分だ。あの二人で仕掛けられたら、俺でもやばい。しかしまだ未成熟な幻士郎一人なら、邪魔さえ入らなければ俺一人で始末できる。幻士郎を俺がいただき、お前は小娘を止めて宗家戦に勝利する。――どうだ、悪くない話だろう?」
揺介は、身体を震わせながら、小さく頷いた。牙羅蛇がそれを見て、にやりと笑う。
「いいな。決行は宗家戦の最中だ」




