大樹とあかり
突然現れた大樹に、娘は驚きを隠しきれないでいた。
「ちょっと! 危ないから隠れてて!」
「何言ってんだ、お前。今、攻撃を喰らってたぞ。この蟻軍団をなんとかする方法はないのか?」
そう声をあげながらも、大樹は蟻の攻撃を前腕で捌くと、前蹴りを喰らわせて蟻をふっ飛ばした。しかし、その攻撃で蟻がまた分裂する。
「あんたが出てきたら、却って蟻が増えるじゃん!」
「けど、黙って見てられるかよ。お前たちだって、危ないだろうが!」
「そいつの言う事ももっともだ。あかり、何か手はないのか?」
揺介が火炎弾を発射しながら、娘に向かって声をあげた。
あかりはそれを聞くと、片眉をあげてみせる。
「ちょっと…あんまりライバルに手の内は見せたくなかったんだけどねー。この際、仕方ないか」
「何かあるのか?」
大樹に訊ねられたあかりは、辺りを見回した。
「蟻の全部が見える位置からなら、全数攻撃をすることができる。あの三階建てのビルの屋上からなら、それが可能だけど――方力を貯めるのに時間がかかるわ。それまで敵を引きつけておける?」
「それで本当に、一気に撃退できるのか?」
「あたしを舐めないでよね」
揺介の問いに、あかりは不敵な笑みをみせて答えた。大樹がそれに呼応した。
「判った、おれたちが敵を引きつけておく。後は頼んだぞ」
「OK」
あかりがビルに向かって走る。それを追おうとする蟻を、大樹は足を引っかけて転ばせた。
「む? こいつら、足への攻撃では分裂しない。そういえば、さっきの腕への蹴りでも分裂しなかった――そうか、分裂を誘発するのは胴体部への攻撃だな」
それを悟った大樹は、攻撃を受けると足関節部を狙う攻撃に切り替えていった。
離れた場所では、揺介が火炎弾で蟻を焼失させている。しかし蟻の大群は、あまり減る様子がない。
「くそ! まだか、あかり!」
揺介が焦れたように声をあげる。大樹はビルの屋上を見上げた。
屋上では、あかりが炎の矢を引き絞っている。それは段々と大きさを増していた。
「いいわよ! 少し離れて!」
あかりが声を上げた。大樹は傍にいた蟻の膝に蹴りを喰らわせると、その場から離脱する。同様に揺介もその場から素早く離脱した。
「炎弓殲滅射!」
放たれた炎の矢が無数と思えるほどに分裂する。その一本一本が自動照準であるかのように、蟻の一体一体に的中していった。矢が命中した蟻は、次々と消えていく。
やがて逃げようとした最後の一体の背中に、炎の矢が命中する。それが本体だったらしく、蟻の姿が解けて黒い影がその身体から飛び出してきた。その影を、飛んできた炎の矢が射抜く。
その影は光の粒となって、矢を放ったあかりの方へと飛んでいった。
「魔粒、ゲットね! どう? 見事全滅したでしょ」
あかりは笑みを浮かべながら、ビルの屋上から飛び降りた。
「あ――」
大樹が驚きの声をあげる間もなく、次々と近くの足場を転々と着地しながら、あかりは地上に戻ってきた。
「フン、まあまあの技だったな」
「まあ、あんたは褒め言葉を学校で習った方がよさそうね」
憎まれ口を叩く揺介に、あかりは皮肉な笑みで答えた。
「さて……あんたの事だけど――」
あかりは好奇心を露わにした顔で、大樹を眺めた。
「あんた、勇気あるのね。感心しちゃった。制服から見ると、真坂高校ね」
「一年の若月大樹だ。お前たちこそ、最初はうちの制服着てたろ」
「そんなところから見てたの? あんた…何者?」
あかりは大樹に問うた。その様子を、揺介は傍で腕組みをして見ている。
「お前たちこそ何者なんだ? そして……紅道幻士郎と、どういう関係なんだ?」
大樹の問いを聴くと、あかりは目を丸くして揺介を見た。揺介は無言で目を逸らしただけである。あかりは大樹に向き直った。
「話してあげてもいいんだけど……結局、忘れちゃうからね」
申し訳なそうな顔で、あかりが突然、手に銃を持って大樹に向けた。
その瞬間、大樹は動いた。
一瞬にして、大樹はあかりの持っていた銃を手刀ではたき落とす。
「え……」
あかりが驚くよりも先に、大樹は銃を拾い上げる。と、大樹は揺介へ向けて銃を撃った。
「な――」
驚愕の表情を残して、揺介が地面に倒れた。
「ちょ――ちょっと、あんた! 何してるのっ!」
大樹は銃をあかりへ向けた。
「この銃は、人を傷つける物じゃなく、記憶を消すものだろう?」
大樹は厳しい顔で、あかりにそう言った。
「……思い出したんだ。あの蟻の攻撃を、蹴りで受けた時。おれは前にも怪物と戦ったことがあって、その後で水杜に銃で撃たれた。そして――何もかも忘れていたんだ」
「どうやら……唆魔の霊気に触れて、霊体が活性化したようね…」
あかりは引きつった笑いを浮かべながら、そう大樹に言った。
「その時、一緒に幻士郎がいた。あんたたち、幻士郎の仲間なのか?」
「広く言えば仲間だろうけど――むしろ今はライバルってところかな?」
「あんたたちは、そもそも何なんだ? あの化物は何だ?」
フン、と鼻を鳴らして腰に手を当てると、あかりは問いに答えた。
「あたし達は魔明士。あの化物は唆魔が憑りついた人間で、唆魔多怪と呼んでいるわ」
「まやかし……? 幻士郎も、その仲間なのか? あんた達みたいに、火を身体から出していたが――」
「魔明士は火を使う者ばかりじゃないけどね。紅道幻士郎は魔明士の家系に生まれた者。運命の子って奴ね」
「幻士郎は今、何処にいるんだ?」
大樹は銃を向けたまま、あかりに問うた。あかりはそれを見て、大樹に言った。
「言っとくけど、あたしにその銃を向けても無駄よ。揺介は不意を突かれたからそのまま弾丸を受けてしまったけど、撃たれるのが判ってるなら、防御のしようがあるから」
「そうか」
大樹は銃を持った手を降ろした。
「おれも別に人を脅したいわけじゃない。ただ――幻士郎が心配なだけだ。本当の事を教えてくれ」
「知ってどうするわけ?」
「幻士郎を――危険から守る」
大樹の真剣な言葉に、あかりは目を丸くした。
「ちょっと、あんた達って何? 恋人同士かなんかなの?」
今度は大樹が驚きの顔を見せた。
「そんな訳ないだろ、何言ってんだ? 幻士郎は幼馴染で……ずっと一緒に育った仲なんだ。いつも、おれがあいつを守ってきた。幻士郎が、あんな化物と戦うってのか?」
「紅道幻士郎が……キミに守ってもらわなきゃいけないほど弱いかしらね?」
あかりは、からかうように大樹の顔を覗き込んだ。大樹はむっとした顔で、あかりに言った。
「確かに、前に化物と戦った時も、おれは何もできなくて――幻士郎に助けてもらった……。けど、おれは幻士郎の事を守るんだ」
「ふうん、麗しい友情ね」
「幻士郎は、もう半月くらい学校にも来てない。何処にいるのかだけでも教えてくれ」
大樹な真剣な表情に、あかりは澄ました顔で答えた。
「紅道幻士郎は、今、山にこもって修行中らしいわよ。何処にいるのかは、あたし達も知らない。そもそも、さっきも言ったけど、あたし達はライバルだし」
「ライバルって、どういう事だ?」
あかりはそこで、少し迷う素振りを見せた。
「ん~…あんまり喋ると、掟違反になるのよね~。そもそも、キミの記憶を消してない時点で、重大な掟違反になるんだけど」
「掟違反になるとどうなる?」
「判らないけど……罰がある、みたいな?」
あかりの返事を聞くと、大樹は踵を翻した。
「判った、これ以上、あんたに迷惑はかけない。ただし、この銃は貰っていく」
そのまま歩き去ろうとする大樹の背に、あかりは声をあげた。
「二週間後、あたしとそこの倒れてる男、そして紅道幻士郎との間で宗家戦が行われるわ。紅道幻士郎も戻ってくるはずよ」
「ありがとう。――そう言えば、あんた名前は?」
「二年A組の火高あかり。ちなみに、この倒れてるのは三年C組の赤羽揺介よ。その銃を持って、どうするつもり?」
「幻士郎を助ける。ただ――その勝負に水を差すつもりはない。あくまで幻士郎が危険な時だけだ」
大樹の言葉を聞いて、あかりは笑みをこぼした。
「キミ、いい男だね。ただ、その霊弾銃を使う時は気を付けた方がいいわよ。今は忘癒弾が装填してあるけど、装填なしで撃つと、その銃は霊体を削って霊弾を発射する。霊弾の大きさは調節できるけど、慣れてないと大きい霊弾を作りすぎて射手の命に関わるわ」
それを聞くと、大樹は静かに笑ってみせた。
「ありがとう、あかり先輩。肝に銘じとくよ」
大樹はそれだけ言うと、その場を後にした。




