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まやかし幻士郎  作者: 佐藤遼空
第四話 宗家戦前夜
15/30

充気相伝

 若月大樹は朝食の味噌汁を呑みながら、母である三枝子に声をかけた。

「母ちゃん、帰りは明後日になるのか?」

「そうよ、いい子にしてなさい」

 既に食事を終えていた三枝子は大樹にそう言った。

三枝子は赤いタンクトップの上から、デニムのジャケットを羽織り、カーゴパンツを履いているスタイルである。短くした髪を金色に染めた姿は、まだ街の不良だった頃の雰囲気を残していた。

「もうガキじゃねえんだから、やめてくれよ、その言い方」

「何言ってんの、あんたなんかまだガキよ」

 そう言うと三枝子は、微笑んでみせた。その三枝子に呆れ顔で大樹は言う。


「はいはい、じゃあそのガキに今月の昼飯代くれよ」

「あ、そうね」

 三枝子はトラックの長距離ドライバーである。行く場所によっては2,3日家を空けることもあり、昼食代は月初に貰っていたのだった。

 三枝子に渡された昼食代を見て、大樹は首を傾げた。

「……なあ、これじゃあ足らないだろ?」

 大樹の手には五千円札がある。

「一日500円にしたって十日分しかない。せめて二十日分ないと」

「あら、確かにそうね――けど、いつもそんなに渡してたっけ?」

 三枝子は首を傾げながら、もう五千円渡した。もらいながらも、大樹も首を傾げる。

「……確かに、いつも五千円だった気がするけど…気のせいか」


 学校に着いた大樹は、いつもの席に座った。

「おはよう」

 座りながら、後ろの席に声をかける。と、後ろの席の関口がおずおずと挨拶を返した。

「お…おはよう」

 大樹はふと違和感を感じて首を傾げた。

「――なんかもうちょっと、いつも元気な挨拶じゃなかったっけ?」

「え? なんの事……」

 関口の戸惑い顔に、大樹は少し首を傾げた。

 昼食の時間になり、大樹は購買部へ行ってパンを買った。群がる生徒をかき分けてパンを買うと、大樹は屋上に上がる。そして「いつもの場所」に座ると、大樹は横を向いた。

「今日はいい天気だな」

 ふと横に話しかけて、誰もいないのに気付く。

「…って誰もいないじゃんか。何やってんだ、おれ?」

 一人で苦笑しながら、大樹は座り込む。そしてパンを取り出して頬張った時、さらに首を傾げた。

「――おれっていつも、パンだっけ?」

 

     *


「ぐあああぁぁぁぁ――」

 全身が燃えるように熱くなったところで、九岳に臍下の丹田を打たれた幻士郎は、さらなる熱さのために声を上げた。

「大きく丹田呼吸をしろ! 全身に血と熱気を通わせるんだ!」

 九岳は幻士郎に声を出す。幻士郎は咆哮をあげながら、爆発呼吸を維持した。

「いいぞ、そのまま滝に入ってみろ」

 幻士郎は熱い身体を冷やすように、そのまま滝つぼに入った。

 凄まじい水量の滝の下に、幻士郎は構わず入る。水圧が全身を襲うが、幻士郎は体中にみなぎる力で、そのまま滝の圧力に耐えた。

 九岳も作務衣のまま滝つぼに入って来る。幻士郎の前へ来ると、九岳は声をあげた。

「呼吸を整えて、静寂を維持しろ。爆発から、清流へとイメージを斬り替えるんだ」

 幻士郎は言われた通りに、呼吸を整えた。全身のみなぎる熱さを維持しつつも、それを平静な状態へと保つ。


「感覚を研ぎ澄まして、周囲を感じろ。滝と一つになれ」

 幻士郎は心を静かな状態へと持って行った。凄まじい滝の水を浴びつつも、その顔にかかる水も意識しないほどに感覚を研ぎ澄ます。

(滝の周りには――森がある)

 幻士郎の意識は、滝つぼを囲む森へと飛んでいた。

 照りつける陽射し、森を抜ける風、時折飛び立つ小鳥や、木陰で動く野ネズミ。自分が透明になったように、幻士郎は時の経つのを忘れていた。

「――いいぞ、もう出ろ」

 不意にかけられた声に、幻士郎は我に返った。九岳は既に滝つぼの外へ上がり、地面に座っている。幻士郎は滝から出ると、九岳の傍へと歩いていった。

「…師匠……ぼく、滝になってました」

 幻士郎がそう言うと、九岳がにっと笑う。


「幻士郎、お前がどれくらい滝の中にいたか判るか?」

「え? …10分くらい?」

「2時間だ」

 九岳の言葉に、幻士郎は驚きの声をあげた。

「えーっ! ぼく、そんなの全然、判らなかったですっ」

「無の境地に入ってたな。初めてでいきなりそんな風になる奴は珍しいよ。俺でもその状態になるのに一ヶ月かかった」

「そ、そうなんですか」

 幻士郎は驚くと同時に、ちょっと嬉しくなった。

「えへへ…ぼく、才能あります?」

「馬鹿、調子に乗るんじゃない。これからが気力を使うための本当の修行だ」

「え、これから?」


 九岳は表情を引き締めると、幻士郎に言った。

「おい、俺の胸を殴ってみろ」

「え、師匠の胸をですか?」

「手加減するなよ。力いっぱいだ」

「判りましたっ――えいっ」

 幻士郎は手を開いて構えた九岳のぶ厚い胸板を、右拳で殴りつけた。しかし、その堅さに手の方が跳ね返される。

「いたあぃ」

 九岳は渋い顔をする。

「女の子みたいな声を出すな。今度は立身の姿勢をとって、爆発呼吸と一緒に殴ってみろ」

「はいっ」


 幻士郎は少し足を開き腰を落とすと、右拳を引いて構えた。深く呼吸をし、全身に熱気が伝わるようにする。

「ハッ!」

 九岳の胸を殴る。今度は自分の打撃の衝撃が、相手に伝わる感触を得た。

「師匠、手が痛くないですっ!」

「今、お前は気力を使って俺を打ったんだ。だから手も痛くならない。普通の奴なら、今の一撃で軽く吹っ飛んでるはずだ」

「気力……ですか?」

 九岳は頷いた。

「お前を最初に打ったのは『充気相伝』。気力を充実させる感覚を伝えることで、気力を使えるようにする伝承法だ。気力が使いこなせるようになると、こういう事もできるようになる」

 九岳は滝つぼの淵まで行くと、落ちている小枝を拾った。その小枝の先だけを、水面に漬ける。

「波っ」

 九岳が気合を入れた瞬間、はるかに離れた滝つぼの逆の淵で、水しぶきが上がった。


「え! えぇ?」

 驚く幻士郎に九岳は言う。

「気力で、衝撃を伝導させることができる。これは武器を通して、対象に衝撃を与える技となるものだ。――これが、唆魔を討魔する時に使う技だ」

「あの~、師匠……」

 幻士郎はもじもじしながら、疑問を口にした。

「ぼくは…方力の修行に来たんじゃないんですか?」

「方力は俺は使えない」

「え! そうなんですか?」

「俺は魔滅士(まぼろし)だからな。方力を使う魔明士、霊力を使う魔導和士、そして気力を使う魔滅士。これが俺たち討魔衆だ」

「ぼくは…魔明士だったんじゃ――」

 九岳は微かな笑みを浮かべると、自らも腰を降ろしながら幻士郎に座るように促した。


「お前が爺さんから習った火蓮真機流。あれは方力と気力を合わせて使う流儀なんだ」

「そうなんですか!」

 座りかけた幻士郎は腰を浮かす。九岳は眼を伏せて、口元に笑みを浮かべた。

「爺さんは剣術の型は知っていたが、気力使いじゃない。それにお前の方力は封印してた。だからお前の火蓮真機流は、器はあるが中身がない状態なのさ。ただし、剣術の修行に入るのはまだ先だ。もっと体を作り、気力を使いこなせるようにならないと、剣に活かせるようにはならない。修行はまだ始まったばかりだぞ」

「はいっ、師匠!」

 元気よくそう答えた途端、ぎゅるると幻士郎のお腹が鳴った。


「あ……そう言えば、お腹が空いてます」

「そうだな、じゃあ今日は戻るか」

 連れ立って帰る際に、幻士郎は九岳に瞳を向けて言った。

「師匠、ご飯はぼくに作らせてくださいっ」

「なに? …まあ、いいが」

「やった! ぼく、実はいっぱい調味料持ってきてるんですっ」

 幻士郎は可愛すぎる笑顔で嬉しそうにそう言った。



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