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まやかし幻士郎  作者: 佐藤遼空
第三話 討魔衆
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剣王院九岳

 その男は、着ている黒のレザージャケット越しに見ても判るほど、筋肉が発達していた。無造作に伸びた髪も、太い眉と強すぎる眼光の瞳も、男の存在感は強烈だった。

「おい」

 男が低い声を出した。短いが、臓腑を震わせるような響きだった。

「討魔できないなら、戦うんじゃねえ。相手と己の力量を見切れない奴は――いずれ死ぬ」

「え…? え――」

 男はそれだけ言うと、背を向けて歩き出した。幻士郎は慌てて声をあげる。


「あ、あのっ! この人たちは――?」

 あの杉田朱美が、完全に伸びている。既に憑りついた唆魔も討魔されたようだった。

(いつの間にか、この人が倒したんだ)

 幻士郎は、とりあえず事態を悟った。幻士郎の声に振り返った男は、幻士郎に険しい眼差しを向けた。

「後から来る連中が処理する。早く来い」

「え? 行くんです…か?」

 男は幻士郎の問いには答えずマンションを後にする。階下の駐車場まで来ると、男は一台の大型バイクの前に立ち止まった。カウルがないタイプの、大型バイクである事だけは幻士郎にも判った。

「かぶれ」

 男がヘルメットを放る。幻士郎はそれを受け取ると、頭にかぶりバンドを止めた。


 男は既にバイクに跨っている。黒のヘルメットを被り、ゴーグルを着けていた。男は何も言わず、顎をしゃくった。乗れ、という意図を悟り、幻士郎は後ろに跨った。

「しっかり捕まってろよ」

 男はそれだけ言うと、エンジンをふかしバイクを始動させた。

 幻士郎はその勢いで落とされないように、男の腰に腕を回す。がっちりした男の、胴回りの筋肉が判るようだった。

「いったい、何処に行くんですか?」

 走るバイクの風の中で、幻士郎は背中から声をあげた。

「あん? なんか言ったか」

 男がゴーグルを着けた顔を後ろに向ける。

「何処に行くんですかっ」

 男は前に眼を戻した。

「お前のうちに決まってんだろうが」

 そう言った途端、バイクがグンと加速した。


 着いた先は、まぎれもなく幻士郎の家だった。

 唖然としながらも、幻士郎はヘルメットを脱いで男に手渡した。

「あ、あの……貴方は誰なんですか?」

 男が険しい目つきで、幻士郎を睨む。その眼力だけで幻士郎は怯んだが、男は口を開いた。

「俺は魔滅士(まぼろし)(けん)王院(おういん)()(がく)だ」

 男はそれだけ言うと、ずかずかと幻士郎の家に上がり込んだ。

「まぼろし……?」

幻士郎も慌てて家に上がる。勝手知ったるように居間に向かう男の後を追うと、居間には幻雲と白川博子、そしてもう一人の男がいた。


「お爺ちゃん、それに白川先生!」

「戻ったか幻士郎。まず座りなさい」

幻士郎は言われた通りに腰を落とす。斜めに白川博子、その向かいに剣王院九岳と名乗った男。真向かいには幻雲と眼鏡をかけた細身の男が座っていた。

 眼鏡の男は細面で知的な風貌をしていた。白いシャツの上にスーツを身に着けている。幻士郎は、何処かで見たことがある気がしていた。その男が、幻士郎に視線を向けた。

「幻士郎くん、久しぶりだね。水杜紗樹人(さきと)だ」

「水杜さんの…お父さん?」

 紗樹人は静かに頷いた。幻士郎は、涙が溢れてきた。

「ごめんなさい!」

 幻士郎は下がると、床に頭をつけた。


「水杜さんは……ぼくのせいで――」

「幻士郎くん、そんなに自分を責めるもんじゃない」

 紗樹人の声がして、幻士郎は涙に濡れた顔をあげた。紗樹人は、寂しそうな笑みを浮かべて幻士郎を見つめていた。

「あの唆魔多怪を討魔しようとしたのは、香澄の意志だったのだろう? あの子は勝気だからね。君は恐らく、娘に付き合わされた――そんなところだろう」

「けど……香澄さんは…」

「思わぬ唆魔妖にやられた。まあ、力不足だったんだな」

 九岳の言葉に、紗樹人が顔色を変えた。

「九岳! 確かにそうだろうが――娘も彼も、まだ準備不足だった」

「跡目ともあろうものがねえ」

 九岳は意に介した様子もなく、鼻で息を吹いた。幻士郎はそれを横目で見ながら、紗樹人に問うた。


「それで、水杜さんは?」

「石化した娘は我が家に運んだ。最高の技術を持つ魔明士が石化を解こうとしたが――簡単にはいかないようだ」

「そんな!」

「どうやら、石化を施した唆魔妖を討魔するのが一番の早道らしい」

「まあ、死ななかっただけ幸いだぜ」

 途中から口を挟んだ九岳を、紗樹人は睨みつけた。九岳は知らぬ顔を決めて視線を逸らす。

 そんな中、幻士郎は俯いて肩を震わせていた。

「水杜さん――」

 声を上げた幻士郎に、その場の全員が注目する。


「ぼく……あの牙羅蛇を討魔します!」

 幻士郎は涙ぐみながら、声を上げた。しかし、その瞬間に太い怒声が響き渡った。

「馬鹿野郎が!」

 幻士郎は息を呑んだ。それは九岳の出した怒声だった。

「お前が弱いから香澄が石化されたんだろうが! 力もないくせに、一人前の口をきくな!」

 厳しい言葉に、幻士郎は涙も止まった眼で九岳を見た。が、次の瞬間、さらなる涙が溢れて幻士郎は泣き崩れた。

「うっ…ぐっ――そんなこと…言われたって……」

「えぇ? そこで泣くか?」

 九岳は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「やってられないぜ、まったく…」


 その様子に、紗樹人が口を開いた。

「幻士郎くん、香澄を石化した唆魔妖――牙羅蛇と言ったか。それは私たちが追跡して討魔する。心配しなくていい。君は、自分の身の振り方を決めたまえ」

「身の振り方?」

 そこで初めて、幻雲が口を開いた。

「幻士郎、魔明士になって宗家戦に出るかどうか、決めることだ」

「ぼく――」

 幻士郎は涙を拭きながら、幻雲に言った。

「――もっと強くなりたい。強い魔明士になって――水杜さんを助けたいんだ。お爺ちゃん、お爺ちゃんはぼくの方力を制限して、その使い方も教えてくれなかった。けど、本当は使い方を知ってるんでしょ? お爺ちゃん、今度はもっとぼくを強くして」

「幻士郎……」

 幻雲は驚きの眼で幻士郎を見た。が、すぐに表情を引き締める。


「幻士郎、それにはわしより、この九岳が適任だ」

 幻雲の言葉に、幻士郎は剣王院九岳の険しい顔に眼を向ける。すると九岳は、渋い顔をして声を上げた。

「冗談じゃねえ!」

 九岳は幻士郎の顔を見て、うんざりした様子で言葉を続けた。

「こんなすぐ泣くガキの面倒なんか見てられるか」

「九岳さん――いや、九岳先生、お願いします!」

 幻士郎は、涙ぐんだ眼で九岳を見つめた。九岳が渋り切った表情を浮かべた。

「だから、その泣き癖やめろってんだよ! そんなすぐ泣く奴は、どうせ途中で泣き事を言って修行を止めるに決まってる。そんな無駄な時間をかけるより、俺が牙羅蛇を探して討魔した方が早ぇ」

 九岳は幻士郎を睨みつけた。

「その、ぐずぐず泣く癖をやめない限り、修行なんざ無駄だ」

 幻士郎はそう言った九岳の顔を見つめていたが、その眼に涙が溢れた。と、幻士郎は突如、大声をあげた。


「ぼくは泣きますっ!」

 九岳を含めた、その場の者全員が眼を見張った。

「……悲しい時や、辛い時、悔しい時――泣きたい時には、ぼくは泣きます。笑いたい時には笑うし、怒る時には怒ります。それをしないで自分の気持ちを抑え込んでたら、いつか本当の心を見失ってしまう気がする。…だから、ぼくは泣きます。けど、どれだけ泣いても、決して諦めません! 辛くて散々泣くかもしれないけど――ぼくは修行をやめたりしませんっ!」

 幻士郎はそう言って、泣きながら九岳を見た。

「フ…フフ……」

 可笑しそうに笑い声を洩らしたのは、紗樹人だった。


「九岳、この真っ直ぐさ……覚えがあるだろう?」

「ああ。この頑固さもな」

 紗樹人の言葉に、九岳はうんざりしたような顔を見せた。九岳は立ち上がると、涙ぐむ幻士郎を見下ろした。

「10分で支度しろ。すぐに出るぞ」

「え? い、今からですか?」

 幻士郎は慌てて立ち上がりながら、九岳に問うた。

「宗家戦まで一ヶ月しかない、時間がないんだ。いいか、宗家戦に勝てないようじゃ、唆魔妖に勝つなんて夢の話だ」

 九岳の言葉に、幻士郎は涙を手で拭いた。


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