表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼と天狗  作者: 篠川翠
第二章~尊攘の波濤~
59/196

竹ノ内擬戦(7)

二本松藩の泰平の眠りを醒ましたのは、尊皇攘夷の嵐だった――。

文久2年、思いがけず名家を継いだ二本松藩の番頭、大谷鳴海の視点から二本松藩内における幕末動乱、そして天狗党騒乱について描きます。


【主要登場人物】

大谷鳴海……主人公。義弟の縫殿助の死により彦十郎家を継ぎ、詰番・番頭と出世していく。


<彦十郎家>

りん……鳴海の妻

二階堂水山(信義)……鳴海の義兄であり、先代彦十郎。鳴海の父親代わりを務める。

二階堂衛守……鳴海の義弟

大谷信吉(養泉)……鳴海の実父

玲子……水山の妻。鳴海の養母

志津…… 鳴海の義姪

那津…… 鳴海の義姪


<上司・同僚>

大谷(おおや)与兵衛(よへえ) …… 六番組番頭。大谷家本家の当主

大谷志摩(しま) …… 詰番。与兵衛の息子

丹羽丹波(たんば) ……二本松藩家老座上

日野源太左衛門(げんたさえもん) …… 二本松藩家老

丹羽和左衛門(わざえもん) ……郡代

丹羽新十郎…… 郡代見習い。和左衛門の養子

羽木(はき)権蔵…… 郡代

丹羽一学(いちがく) …… 番頭。後に家老に出世

樽井弥五左衛門 ……詰番

種橋主馬介…… 四番組番頭

小川平助…… 山鹿流の兵法学者。出陣時には物頭も務める

三浦十右衛門(義制)…… 藩の砲術指南役

種橋主馬介…… 四番組番頭

日野大内蔵…… 二番組番頭

成田外記衛門(ときえもん)……日野源太左衛門の使番

佐倉源五右衛門…… 六番組使番。弓術の達人

小澤長右衛門……江戸藩邸詰


<五番組の部下>

大島成渡(なりと)……弓術・剣術や経済感覚に優れている

笠間市之進(いちのしん) …… 糠沢組代官

丹羽権太左衛門 …… 長柄(ながえ)奉行

水野九右衛門…… 五番組物頭

原兵太夫…… 弓術師範の免状持ち。旗奉行も兼任する

杉内萬左衛門……鍛冶奉行。奥右筆も兼任

小笠原是馬介(こまのすけ)……手働衆の一人。伊東流槍術が得意

大谷右門(うもん)……与兵衛の次男

井上勘右衛門…… 五番組使番

松井政之進…… 五番組使番


<二本松藩内の勤皇思想家>

藤田芳之助(よしのすけ)……剣豪として知られた藤田三郎兵衛の孫

三浦権太夫(義彰)……丹波や藩公にも直言を辞さない

安部井(あべい)清介(きよすけ)……父子共に勤皇思想の持ち主。


<商人>中島黄山(おうざん)(長蔵)……二本松藩の御用商人。城下で蚕種業を営む

宗形善蔵……針道の富豪。生糸の買付問屋を営む傍ら、貸金業も営む


<水戸藩・守山藩関係者>

猿田(田中)愿蔵(げんぞう)……水戸藩の郷校時雍館の代表。天狗党

藤田小五郎……水戸藩の改革派、藤田東湖の四男。天狗党

三浦平八郎……守山藩の顔役

武田耕雲斎(伊賀守)……水戸藩執政

山野辺義芸(よしつね)……助川海防城主。元水戸藩執政


<水戸藩関係者(諸生党)>

戸祭久之允(ひさのじょう)……大沼海防陣営掛

寺門(てらかど)登一郎(といちろう)……元博徒。太田より出陣し、民兵を率いて戦う

内藤弥太夫(やだゆう)……太田守備隊軍監。日立方面の天狗党討伐責任者。


相羽(あいば)九十郎(くつろう)……山下防御掛

佐治(さじ)七右衛門……太田御殿固め役

(かけい)助太夫……水戸藩家老

市川三左衛門……諸生党筆頭の水戸藩家老。


<その他>

丹羽長国……二本松藩第十代藩主

水野勝知(日向守)……長国公の実弟。結城藩主

 幸い、天気も穏やかな日々が続いた。たとえ雨が降ったとしてもそれはそれで調練の一環となるので、擬戦は決行されることになっていたが、鳴海はほっとした。どうせなら、天気に恵まれた中で戦いたい。

 それにしても、あれから志摩の様子は伺い知れなかった。向かいの本家に六番組の人間がしきりに出入りしているところを見ると、どうやら志摩なりに何か作戦を練ってはいるようだったが、与兵衛親子が右門を彦十郎家に預けている一事からしても、情報管理は徹底していた。そもそも鳴海の見たところ、志摩自身もしきりにどこかへ出かけているようだった。

 十四日も天候は穏やかで、粟ノ巣古戦場のところにある田は水鏡となり、山躑躅(やまつつじ)の朱色や芽吹き初めた山の萌黄色を映し出し、目にも鮮やかである。

「皆、ぬかるな。六番組に後れを取るまいぞ!」

 鳴海の激に、「おう」という声があちこちから上がった。その様子に、鳴海は満足を覚えた。鳴海としてはいずれも不本意であったが、守山の三浦と複数回対峙したことが、「口先だけではなく、実際に自分らと共に二本松のために戦ってくれる将」としての評判を広めつつあったのである。

 後は、明朝からの擬戦に備えて斥候を出さなければならない。予ての打ち合わせ通り、昼飯を取った後、井上と右門は進軍予定の道筋に偵察に出かけていった。また伏兵となる予定の小笠原も、明朝の糧食を持参して、大きく迂回して神明石の方から曲がり角の方に先行した。双方の伝令役は、弓術にも長けた成渡が務める。

 やがて、井上と右門が戻ってきた。右門の顔は、やはり浮かない。

「右門。いい加減に景気の良い顔をせぬか。そのように湿気(しけ)た面持ちでは、足軽らが不安になる」

 鳴海は、小声で右門を叱りつけた。たとえ虚勢であろうとも、将たる者は部下の手前、不安を感じさせないのも役割の一つである。

「右門殿。鳴海殿に申し上げられよ」

 井上が、右門を励ました。どうやら、何か存念があるらしい。その言葉に励まされたか、右門が思い切ったように、顔を上げた。

「鳴海殿。やはり、水路に魚がおりません。あれは、兄上が既にあちらに人を伏せているために、魚が姿を隠すか浅川本流に逃げているのではありませんか」

 ぎょっとした。

「まことか」

「はっきりとは断じ得ませぬが」

 井上も肯いたところを見ると、先日から二人は同じ懸念を抱いていたのだろう。右門の言葉が正しいとすれば、五番組が偵察した頃には、既にこの地で六番組は何らかの細工をしていたものと思われる。水路にいるはずの魚はそれらの気配を察して姿を消した。それに、と右門は右手を差し出した。その手には、泥に塗れた草が握りしめられている。

「道筋の田のところどころに、草が敷かれておりました。あれは、田のぬかるみに己らが嵌らぬようにするための敷草かと思われます」

 鳴海は助けを求めようと、松井を振り返った。松井の顔も強張っている。

「確かに、『ふけをこすには敷草を致し道をあつる事』という教えがございます」

 これから田植えを迎えようとする農民らは怒るだろうが、志摩はどのように渡りをつけたものか、付近の農民らに田に足を入れされることを認めさせたのだろう。敷草は、泥田に嵌らないようにするために草を敷いて田の中に通り道を作ることを言う。もちろん、そちらからも攻めてくるつもりに違いない。それらの敷草を取り除かさせる時間もなかった。

 もう一度、皆で地図を睨みつけた。改めて見ると、竹ノ内から浅川までの道筋は、街道の左側が山林、そして右手が開けた田となっている。志摩は五番組に気づかれないように兵力を二分し、一方を山林側へ伏せ、もう一組を田の方から追い立て、五番組を追い詰めるつもりらしかった。

「どうやら谷戦の『挟みて討つ事』を実行するおつもりですな。それに加えて林戦の『林に頼りて備えを立て、兵を隠す事』も組み合わせておられましょう」

 松井が唸った。鳴海も、志摩の作戦に舌を巻かざるを得ない。

 それに、と右門は続けた。水路近くの田には、蜘蛛の巣が見つからなかった。夜に蜘蛛が巣を張らないのは妙であり、やはり志摩があちこちに伏兵を置いているとしか考えられない。その言葉を聞いて、鳴海は確信した。志摩は作戦が決まったときから、鳴海が地の利を得やすい粟ノ巣を選ぶと見込み、それについて特に文句を付けないことで鳴海の油断を誘った。兵数は双方とも五分であるから、後は常日頃から如何に部下と心を通わせているかが勝負になる。志摩は己の指揮に頼らなくても各自が動けるように、日頃から特訓してあるのだろう。そうでなければ、少ない手勢をこれほど大胆に散開させることができるはずがなかった。

「志摩殿のように、少ない手勢に各々の持ち場を任せるというのは、見たことがございませぬ」

 井上が呟いた。井上も松井も、それなりに兵法には通じているらしい。彼らが見たことがないとすれば、従来の兵法にはない手法なのかもしれなかった。

 これを破る方法はあるか。

 鳴海の胸の内の疑問に答えるように、松井は強張った顔のまま、「明朝は、合図と共に速やかに竹ノ内を超え行きて、その場にとどまらぬよう皆に申し付けるしかございますまい」と述べた。当初の方針通り、五番組は素早く目的地に辿り着くことを主眼とする。伏兵を引き受けた小笠原は本隊の援護を担っているから、そのまま持ち場を任せる。だが、これだけ大胆な作戦を展開してのけた志摩が率いる六番組に対して、勝ち目は見出だせなかった。もちろん、口に出せることではないが。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ