表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼と天狗  作者: 篠川翠
第一章~義士~
31/196

小原田騒動(3)

二本松藩の泰平の眠りを醒ましたのは、尊皇攘夷の嵐だった――。

文久2年、思いがけず名家を継いだ二本松藩の番頭、大谷鳴海の視点から二本松藩内における幕末動乱、そして天狗党騒乱について描きます。


【主要登場人物】

大谷鳴海……主人公。義弟の縫殿助の死により彦十郎家を継ぎ、詰番・番頭と出世していく。


<彦十郎家>

りん……鳴海の妻

二階堂水山(信義)……鳴海の義兄であり、先代彦十郎。鳴海の父親代わりを務める。

二階堂衛守……鳴海の義弟

大谷信吉(養泉)……鳴海の実父

玲子……水山の妻。鳴海の養母

志津…… 鳴海の義姪

那津…… 鳴海の義姪


<上司・同僚>

大谷(おおや)与兵衛(よへえ) …… 六番組番頭。大谷家本家の当主

大谷志摩(しま) …… 詰番。与兵衛の息子

丹羽丹波(たんば) ……二本松藩家老座上

日野源太左衛門(げんたさえもん) …… 二本松藩家老

丹羽和左衛門(わざえもん) ……郡代

丹羽新十郎…… 郡代見習い。和左衛門の養子

羽木(はき)権蔵…… 郡代

丹羽一学(いちがく) …… 番頭。後に家老に出世

樽井弥五左衛門 ……詰番

種橋主馬介…… 四番組番頭

小川平助…… 山鹿流の兵法学者。出陣時には物頭も務める

三浦十右衛門(義制)…… 藩の砲術指南役

種橋主馬介…… 四番組番頭

日野大内蔵…… 二番組番頭

成田外記衛門(ときえもん)……日野源太左衛門の使番

佐倉源五右衛門…… 六番組使番。弓術の達人

小澤長右衛門……江戸藩邸詰


<五番組の部下>

大島成渡(なりと)……弓術・剣術や経済感覚に優れている

笠間市之進(いちのしん) …… 糠沢組代官

丹羽権太左衛門 …… 長柄(ながえ)奉行

水野九右衛門…… 五番組物頭

原兵太夫…… 弓術師範の免状持ち。旗奉行も兼任する

杉内萬左衛門……鍛冶奉行。奥右筆も兼任

小笠原是馬介(こまのすけ)……手働衆の一人。伊東流槍術が得意

大谷右門(うもん)……与兵衛の次男

井上勘右衛門…… 五番組使番

松井政之進…… 五番組使番


<二本松藩内の勤皇思想家>

藤田芳之助(よしのすけ)……剣豪として知られた藤田三郎兵衛の孫

三浦権太夫(義彰)……丹波や藩公にも直言を辞さない

安部井(あべい)清介(きよすけ)……父子共に勤皇思想の持ち主。


<商人>中島黄山(おうざん)(長蔵)……二本松藩の御用商人。城下で蚕種業を営む

宗形善蔵……針道の富豪。生糸の買付問屋を営む傍ら、貸金業も営む


<水戸藩・守山藩関係者>

猿田(田中)愿蔵(げんぞう)……水戸藩の郷校時雍館の代表。天狗党

藤田小五郎……水戸藩の改革派、藤田東湖の四男。天狗党

三浦平八郎……守山藩の顔役

武田耕雲斎(伊賀守)……水戸藩執政

山野辺義芸(よしつね)……助川海防城主。元水戸藩執政


<水戸藩関係者(諸生党)>

戸祭久之允(ひさのじょう)……大沼海防陣営掛

寺門(てらかど)登一郎(といちろう)……元博徒。太田より出陣し、民兵を率いて戦う

内藤弥太夫(やだゆう)……太田守備隊軍監。日立方面の天狗党討伐責任者。


相羽(あいば)九十郎(くつろう)……山下防御掛

佐治(さじ)七右衛門……太田御殿固め役

(かけい)助太夫……水戸藩家老

市川三左衛門……諸生党筆頭の水戸藩家老。


<その他>

丹羽長国……二本松藩第十代藩主

水野勝知(日向守)……長国公の実弟。結城藩主

 代官所の広間は、さほど広いものではない。だが、確かに剣呑な空気が漂っていた。詰番である鳴海は上座の奥の方に座り、その左手に市之進が座る。また、成渡と孫九郎は一段下がった位置で正座しており、奥の間の中央では、常任郡代である羽木権蔵と、錦見、そして戸城が名主らと対峙していた。

 さらに、鳴海と市之進の向かいには、やや卑屈な目つきをした五十絡みと思しき男が座っていた。あれは、幕府の道中奉行の手代だという小野だろう。

「錦見様、戸城様。これ以上、人馬を出すのは無理でございます。どうか、ご寛恕を」

 真っ先に頭を下げたのは小原田組の名主、佐藤東兵衛と佐藤泰蔵だった。それに対して幕府の役人である小野は、頭を振った。

「そうは申されるが、来年の春にはまた参勤交代もある。既に守山にも無理を申して当分助郷を頼んでおるのだ。街道筋の二本松がお役目から逃げるのは、許されないことですぞ」

 名主同士が、顔を見合わせた。

「守山にも……」

 錦見が呟いた。それは、郡山代官である錦見も初耳だったらしい。同席を頼まれた鳴海も、その言葉にざらりとしたものを感じた。

 隣藩である守山藩は、奥州街道には面していない。そのため、ほとんどの村で助郷免除が許されていた。元々小藩である上に、守山藩は阿武隈川に面した土地が多く、洪水や川欠の被害に遭いやすい土地である。そのため、それらの普請に従事させられる者が多く、また、荒地や余っている土地が多いという問題を抱えていた。ただ一点、小野ですら口を挟めない事情を除いては、確かに二本松よりも貧しい守山でさえ助郷を引き受けるのだから、二本松が寄人馬を拒否するのは許されないと言えた。

「恐れながら」

 思い切ったように、戸城が小野の顔を見据えた。

「安政三年の騒動の折り、守山は結局助川表の山野辺(やまのべ)主水正(もんどのしょう)様のところへ越訴を行い、助郷を免除されたと伺っております。その一方で、二本松の負担は軽くはなりませんだ。此度も同じようなことが繰り返されるとも限りませぬ」

 小野が視線を逸した。心当たりがあるのだろう。

 戸城の説明通り、助郷の負担増大は今に始まったことではない。だが、守山藩の農民はあろうことか、わざわざ常州にある助川まで出向き、その城主である山野辺主水正に越訴して働きかけ、助郷免除をもぎ取ったのだった。

 城主の山野辺主水正は、水戸藩における執政である。守山藩が水戸の御連枝であることを利用しての奇策だったが、さすがの幕府も、御三家の意見は無視できなかったらしい。二本松領民、とりわけ領地を接する郡山組の「守山ばかりずるい」という感情は、そのまま二本松藩の代官らに向けてぶつけられたのだった。

「そうでございます。何故二本松ばかり負担が重くなるのか、ご説明願いたい」

 郡山の名主である今泉も、力強く肯いた。対岸の守山ばかりが負担軽減に成功しているのを目の当たりにしているのでは、民らも面白くないだろう。直接農民らに手伝いを命じる名主らも、それは同じである。本来は別々の組である郡山組と大槻組が連携してまで幕府に訴えたというのは、両組ともよほど農民らからの怨嗟の声を聞かされているに違いなかった。

「私とて、二本松の方々には申し訳ないと思う」

 小野が小声で絞り出すように呻いた。

 この男は、目つきに反して案外人柄は悪くないのかもしれない。だが、守山藩やその背後にいる水戸藩に物申すほどの気概はない。畳数枚分を挟んで向かい合っている鳴海は、醒めきった目で小野を見つめた。

「では守山藩から、必ずや助郷を負担してもらうという誓詞でも取られたらいかがか」

 気がつくと、鳴海の口からそのような言葉が滑り出ていた。武官が政に口を挟むのは禁物。わかってはいるが、守山の名前が出てきたのでは、黙っていられなかった。横で、市之進が驚きに目を見開いているのをひしひしと感じる。

 目の前の小野は、真冬だというのに、だらだらと流れる冷や汗をしきりに懐紙で拭っていた。

「いや、それは……」

 小野の態度は煮え切らない。だが、二本松藩側の空気が、一気に「二本松の助郷軽減、もしくは守山への負担分担」に傾くのがわかった。

「差し当たり、道中奉行へご報告はさせていただくが……」

 ぐずぐずと申し開きを続けようとする小野に対し、名主らの敵意が向けられる。

「今この場で、決められよ」

「守山にも助郷を求められたい」

 わあわあと口々に名主らが喚き、広間に熱気が立ち込める。熱気は次第に殺気へ変わってきた。このままではまずい。鳴海は部下たちに目配せをして、鯉口を切ろうとした。だが、そのときである。

 ピーヒャラピーヒャラと、外から季節外れの祭囃子が聞こえてきた。鳴海も面食らって、他の者達と顔を見合わせた。

「郡山で、今宵祭りの予定はあったか?」

「いえ、そのようなはずはありませぬ」

 錦見も、首を傾げている。郡山代官である錦見が、祭りの予定を知らないわけがない。

「様子を見てまいりましょう」

 咄嗟に、小野が腰を浮かせて表へ飛び出した。しばらくすると、笛の音は止んだが、小野は一向に戻ってこない。

 はっとした顔を、市之進が鳴海に向けた。

「図られましたな」

 その声には、苦々しさが滲んでいた。鳴海も、怒りながらも肯くしかなかった。先程の季節外れの祭囃子は、何者かが小野を逃がすために外の騒ぎを仕組んだに違いなかった。

「だが、誰が……」

 成渡が呟いた。確かに、誰が仕組んだものか。

「誰だっていいですよ。ですが肝心の小野様に逃げられたのでは、助郷を引き受けるほか、あるまい」

 名主の一人が吐き捨てた。この分だと、不満は錦見や戸城に向けられるだろう。さすがに気の毒に思いながら、鳴海は黙って首を振った。

「鳴海殿。せっかく郡山までご足労いただきながら、このような始末になり、申し訳ない」

 錦見は、平謝りしている。だが、こればかりは仕方がなかった。

「まずは、刃傷沙汰に及ばずに良かった」

 鳴海は無理に笑顔を作ってみせたが、笑いながらも、頭の中は先程の騒ぎの首謀者のことで、一杯だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ