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鬼と天狗  作者: 篠川翠
第一章~義士~
28/196

律の調べ(8)

二本松藩の泰平の眠りを醒ましたのは、尊皇攘夷の嵐だった――。

文久2年、思いがけず名家を継いだ二本松藩の番頭、大谷鳴海の視点から二本松藩内における幕末動乱、そして天狗党騒乱について描きます。


【主要登場人物】

大谷鳴海……主人公。義弟の縫殿助の死により彦十郎家を継ぎ、詰番・番頭と出世していく。


<彦十郎家>

りん……鳴海の妻

二階堂水山(信義)……鳴海の義兄であり、先代彦十郎。鳴海の父親代わりを務める。

二階堂衛守……鳴海の義弟

大谷信吉(養泉)……鳴海の実父

玲子……水山の妻。鳴海の養母

志津…… 鳴海の義姪

那津…… 鳴海の義姪


<上司・同僚>

大谷(おおや)与兵衛(よへえ) …… 六番組番頭。大谷家本家の当主

大谷志摩(しま) …… 詰番。与兵衛の息子

丹羽丹波(たんば) ……二本松藩家老座上

日野源太左衛門(げんたさえもん) …… 二本松藩家老

丹羽和左衛門(わざえもん) ……郡代

丹羽新十郎…… 郡代見習い。和左衛門の養子

羽木(はき)権蔵…… 郡代

丹羽一学(いちがく) …… 番頭。後に家老に出世

樽井弥五左衛門 ……詰番

種橋主馬介…… 四番組番頭

小川平助…… 山鹿流の兵法学者。出陣時には物頭も務める

三浦十右衛門(義制)…… 藩の砲術指南役

種橋主馬介…… 四番組番頭

日野大内蔵…… 二番組番頭

成田外記衛門(ときえもん)……日野源太左衛門の使番

佐倉源五右衛門…… 六番組使番。弓術の達人

小澤長右衛門……江戸藩邸詰


<五番組の部下>

大島成渡(なりと)……弓術・剣術や経済感覚に優れている

笠間市之進(いちのしん) …… 糠沢組代官

丹羽権太左衛門 …… 長柄(ながえ)奉行

水野九右衛門…… 五番組物頭

原兵太夫…… 弓術師範の免状持ち。旗奉行も兼任する

杉内萬左衛門……鍛冶奉行。奥右筆も兼任

小笠原是馬介(こまのすけ)……手働衆の一人。伊東流槍術が得意

大谷右門(うもん)……与兵衛の次男

井上勘右衛門…… 五番組使番

松井政之進…… 五番組使番


<二本松藩内の勤皇思想家>

藤田芳之助(よしのすけ)……剣豪として知られた藤田三郎兵衛の孫

三浦権太夫(義彰)……丹波や藩公にも直言を辞さない

安部井(あべい)清介(きよすけ)……父子共に勤皇思想の持ち主。


<商人>中島黄山(おうざん)(長蔵)……二本松藩の御用商人。城下で蚕種業を営む

宗形善蔵……針道の富豪。生糸の買付問屋を営む傍ら、貸金業も営む


<水戸藩・守山藩関係者>

猿田(田中)愿蔵(げんぞう)……水戸藩の郷校時雍館の代表。天狗党

藤田小五郎……水戸藩の改革派、藤田東湖の四男。天狗党

三浦平八郎……守山藩の顔役

武田耕雲斎(伊賀守)……水戸藩執政

山野辺義芸(よしつね)……助川海防城主。元水戸藩執政


<水戸藩関係者(諸生党)>

戸祭久之允(ひさのじょう)……大沼海防陣営掛

寺門(てらかど)登一郎(といちろう)……元博徒。太田より出陣し、民兵を率いて戦う

内藤弥太夫(やだゆう)……太田守備隊軍監。日立方面の天狗党討伐責任者。


相羽(あいば)九十郎(くつろう)……山下防御掛

佐治(さじ)七右衛門……太田御殿固め役

(かけい)助太夫……水戸藩家老

市川三左衛門……諸生党筆頭の水戸藩家老。


<その他>

丹羽長国……二本松藩第十代藩主

水野勝知(日向守)……長国公の実弟。結城藩主

 鳴海の身辺が落ち着いたのは、十一月も終わりに近づき、ようやく登城した頃だった。

「鳴海殿、お疲れだったでしょう。少しお痩せになりましたか」

 控えの間で顔を合わせた志摩は、いつになく真面目な顔で労ってくれた。

「そうか?」

 鳴海は、つるりと自分の顔を撫でた。自分では、よくわからない。

「何やら、顔が引き締まったような気もするな」

 そう述べたのは、与兵衛だった。この親子とは家が斜向いであるし、葬儀のときにも顔を合わせている。だが、公の場で顔を合わせるのは、鳴海も久しぶりだった。

 このところ、鳴海も衛守も葬儀の後始末などで出仕を控えざるを得なかったから、城中の話には疎かった。だが、彦十郎家は藩の重鎮の家柄である。城中や城下の話に疎いのは、あまり好ましいとは言えない。

「照子姫や祐吉君は、滞りなく先方に向かわれましたか?」

 鳴海の質問に、与兵衛は軽く肯いた。

「姫は、戸田藩の江戸藩邸において祝言を挙げられ、間もなく大垣に向かわれるとの由。祐吉君も水野の姓をお継ぎになられて、名も勝知(かつとも)公と改められたとのこと。来月には将軍公への拝謁が予定されていると伺った」

「左様ですか」

 鳴海は、ほっとした。特に祐吉君は、長国公帰国の折に親しく声を掛けてもらったこともあり、気に掛かっていたのだ。

「もっとも、慶事ばかりではなかったのですけれどね……」

 志摩の言葉に、鳴海は嫌な予感がした。鳴海自身、つい先日まで葬儀やら何やらで駆けずり回っていた身である。

「誰か、亡くなられたのか?」

蕃吉(しげよし)君が江戸藩邸で亡くなられたとの早馬が、昨日到着したばかりです」

 鳴海は、絶句した。蕃吉君は、長国公の世子である。享年、わずか二歳。その前に、今年の初夏にも、長国公は長子の英松麿(ひでまろ)君を失っていた。主が立て続けに男児を失った今、二本松藩は嫡子がいない状態だった。この上、長国公の身に万が一のことがあれば、二本松藩の行方はどうなるかわからない。

「それは……。殿には申し訳ないが、再び御子を授かってもらわなければならぬな」

 思わずそう漏らしてから、鳴海は後悔した。鳴海自身、未だりんとの間に子がないではないか。藩公のことをあれこれ批評している場合ではない。

「鳴海殿。まずはご自身が頑張られるべきでしょう」

 案の定、志摩が突っ込んだ。鳴海は志摩の首に二の腕を掛けると、そのまま締め上げた。

「ぐええ……」

 妙な声を出して、志摩が仰け反る。もちろん鳴海は本気を出しているわけではないのだが、周りの目を引くには十分だった。

「鳴海殿。何をしておられる」

 軽く睨みつけてきたのは、一学だった。今はまだ番頭だが、その家柄からして、そろそろ家老に昇格するのでは、とも言われている男だ。

「失礼」

 慌てて、鳴海は掛けた腕を解いた。志摩はわざとらしくゲホゲホと咳き込んでみせる始末である。

「鳴海殿もいよいよ彦十郎家を継がれるのですから、いい加減、威厳というものを見に付けなされ。下の者に、示しがつきませぬ」

 呆れたように、一学が窘める。その顔には、微苦笑が浮かんでいた。どうやら、本気で怒っているわけではなさそうである。根が謹厳な男だから、鳴海と志摩のじゃれ合いがうるさかったのだろう。

「いやいや、一学殿。彦十郎家も鳴海殿に頑張っていただかないと、跡継ぎがいないのですよ。殿のことを心配されている場合ではないですって」

 志摩の言葉に、一学が眉を上げた。そう言えば、この男も夏の麻疹流行で跡継ぎを失っていたのではなかったか。一学の家でも、後継者がいないというのは、他人事ではないのかもしれない。

 それにしても、今日の志摩はいやに鳴海に絡む。まったく、自分に娘がいるからといって、いい気なものだ。

「志摩、それくらいにしておけ。今のはお前が悪い」

 与兵衛も見かねたのか、さすがに止めに入った。だが、と与兵衛も真面目な顔になった。

「志摩の申す通り、このままでは彦十郎家の血が絶える。いざとなれば我が家から養子を出しても構わぬが、できることならば、りん殿との御子を設けられよ。それが、孝の道というもの」

 まったく、与兵衛まで口を出してくるとは。さすがに、公の場まで子作りのことを持ち出されるのは、気恥ずかしい。鳴海の首筋は真っ赤に染まった。だが、それだけ名家の跡継ぎ問題というのは、皆の関心事なのだとも思い知らされる。

「……このような問題は、夫婦のどちらか一人だけで解決するものでもないでしょうに」

 鳴海がそう呟くと、志摩が笑いを爆発させた。

「鳴海殿がりんさんを大切になさるあまり、子がなかなか出来ないという噂は、本当だったんですね」

「志摩!」

 殿中であるにも関わらず、鳴海は再び志摩を締め上げた。いつの間に、そんな噂が流れていたのか。大方噂の源は、この志摩に違いない。まったく、これでは一学の言う「番頭の威厳」も何も、あったものではない。

 見ると、謹厳で知られた一学ですら肩を震わせているではないか。進退極まった鳴海は、退屈しのぎ兼勉強を兼ねて持参していた「武教全書」を懐から出すと、その本の陰に顔を埋めた。

 それにしても夏以来、さまざまな変化が急激に起こりすぎた。鳴海の身の上もさることながら、二本松藩そのものも、時流の大きなうねりに飲み込まれようとしているのではないか。自分以前の先祖たちであれば、当主としてどのように対処していったのだろう。その答えを探すべく鳴海は武教全書を捲ったが、探し求める答えは、簡単に見つかりそうにはなかった――。



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