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鬼と天狗  作者: 篠川翠
第一章~義士~
21/196

律の調べ(1)

二本松藩の泰平の眠りを醒ましたのは、尊皇攘夷の嵐だった――。

文久2年、思いがけず名家を継いだ二本松藩の番頭、大谷鳴海の視点から二本松藩内における幕末動乱、そして天狗党騒乱について描きます。


【主要登場人物】

大谷鳴海……主人公。義弟の縫殿助の死により彦十郎家を継ぎ、詰番・番頭と出世していく。


<彦十郎家>

りん……鳴海の妻

二階堂水山(信義)……鳴海の義兄であり、先代彦十郎。鳴海の父親代わりを務める。

二階堂衛守……鳴海の義弟

大谷信吉(養泉)……鳴海の実父

玲子……水山の妻。鳴海の養母

志津…… 鳴海の義姪

那津…… 鳴海の義姪


<上司・同僚>

大谷(おおや)与兵衛(よへえ) …… 六番組番頭。大谷家本家の当主

大谷志摩(しま) …… 詰番。与兵衛の息子

丹羽丹波(たんば) ……二本松藩家老座上

日野源太左衛門(げんたさえもん) …… 二本松藩家老

丹羽和左衛門(わざえもん) ……郡代

丹羽新十郎…… 郡代見習い。和左衛門の養子

羽木(はき)権蔵…… 郡代

丹羽一学(いちがく) …… 番頭。後に家老に出世

樽井弥五左衛門 ……詰番

種橋主馬介…… 四番組番頭

小川平助…… 山鹿流の兵法学者。出陣時には物頭も務める

三浦十右衛門(義制)…… 藩の砲術指南役

種橋主馬介…… 四番組番頭

日野大内蔵…… 二番組番頭

成田外記衛門(ときえもん)……日野源太左衛門の使番

佐倉源五右衛門…… 六番組使番。弓術の達人

小澤長右衛門……江戸藩邸詰


<五番組の部下>

大島成渡(なりと)……弓術・剣術や経済感覚に優れている

笠間市之進(いちのしん) …… 糠沢組代官

丹羽権太左衛門 …… 長柄(ながえ)奉行

水野九右衛門…… 五番組物頭

原兵太夫…… 弓術師範の免状持ち。旗奉行も兼任する

杉内萬左衛門……鍛冶奉行。奥右筆も兼任

小笠原是馬介(こまのすけ)……手働衆の一人。伊東流槍術が得意

大谷右門(うもん)……与兵衛の次男

井上勘右衛門…… 五番組使番

松井政之進…… 五番組使番


<二本松藩内の勤皇思想家>

藤田芳之助(よしのすけ)……剣豪として知られた藤田三郎兵衛の孫

三浦権太夫(義彰)……丹波や藩公にも直言を辞さない

安部井(あべい)清介(きよすけ)……父子共に勤皇思想の持ち主。


<商人>中島黄山(おうざん)(長蔵)……二本松藩の御用商人。城下で蚕種業を営む

宗形善蔵……針道の富豪。生糸の買付問屋を営む傍ら、貸金業も営む


<水戸藩・守山藩関係者>

猿田(田中)愿蔵(げんぞう)……水戸藩の郷校時雍館の代表。天狗党

藤田小五郎……水戸藩の改革派、藤田東湖の四男。天狗党

三浦平八郎……守山藩の顔役

武田耕雲斎(伊賀守)……水戸藩執政

山野辺義芸(よしつね)……助川海防城主。元水戸藩執政


<水戸藩関係者(諸生党)>

戸祭久之允(ひさのじょう)……大沼海防陣営掛

寺門(てらかど)登一郎(といちろう)……元博徒。太田より出陣し、民兵を率いて戦う

内藤弥太夫(やだゆう)……太田守備隊軍監。日立方面の天狗党討伐責任者。


相羽(あいば)九十郎(くつろう)……山下防御掛

佐治(さじ)七右衛門……太田御殿固め役

(かけい)助太夫……水戸藩家老

市川三左衛門……諸生党筆頭の水戸藩家老。


<その他>

丹羽長国……二本松藩第十代藩主

水野勝知(日向守)……長国公の実弟。結城藩主

 十月一日、藩主である長国(ながくに)公が国元へ帰ってきた。詰番である鳴海は、広間番の頃よりも前列で公にお目見えすることができる。それが、鳴海は嬉しかった。

 長国公は鳴海と一つ違いで妾腹の生まれであり、そのため二本松で生まれ育った。歳が近いということもあり、鳴海が子供の頃は、長国公のお遊び相手を務めたこともあった。

 大書院の前から二列目に位置取り、鳴海は心持ち顔を上気させた。

「皆の者、久しいな」

 柔らかな長国公の声が、頭上から降り注ぐ。その言葉につられて、一同が頭を下げた。

「殿におかれましても、ご健勝のご様子。よう帰って来られました」

 現在座上の丹波は江戸にいるため、日野源太左衛門が家臣らを代表して挨拶を述べた。鳴海がそっと視線を長国公に向けると、長国公が柔らかく微笑んでいるのが見えた。

 やはり、藩公が国元にいらっしゃると空気が違う。いつもは家臣同士で意見を活発に交わしているが、主君の姿がそこにあることで、家臣らの心も一つにまとまっているように感じられた。

 ふと、鳴海と長国公の視線が合った。慌てて目を伏せるが、長国公の柔らかな眼差しは、目を伏せていても感じられた。

「鳴海。そなたとこのように近しく接するのも、久しぶりだな」

 特別の言葉に、鳴海はさらに深々と頭を下げた。広間番だった今までは、長国公のお側に寄ることを許されなかったのだ。これほど長国公に近づくのは、子供の頃以来かもしれない。

「勿体ないお言葉でございまする」

 鳴海の言葉に、長国公はますます笑みを深くした。

「縫殿助のことは残念だったが、これからはお主も頼りにするぞ」

「ははっ!」

 公からの親しげな言葉に、隣に控えていた志摩が羨ましそうな眼差しを向けているのが、感じられた。

 その席上、長国は改めて妹の照子姫が大垣藩主、戸田氏良に嫁ぐことを告げた。祝言は大垣藩の江戸藩邸で行い、それから照子姫は大垣に下向する予定だという。正妻でありながら国元に下向するのは参勤交代の制度変更があったことによる。これまでとは異なり、藩主の正妻や嫡子は、どこにいてもお構いなしとなったのだ。

 二本松藩は、公の正妻である久子も大垣藩の出身である。徳川家譜代大名の中においても戸田家は名門の一つであり、それだけ二本松藩が譜代大名諸藩から信頼を得ている証でもあった。

 長国公の説明が終わると、そのまま御前会議となった。和左衛門によると、十三日には仙台侯の奥方が本宮の南町本陣にて休息される予定だという。仙台藩では、参勤交代の変更を受けて、早速奥方を国元に帰すことにしたらしかった。

「仙台藩は、懐に余裕があるようですな」

 和左衛門が、やや皮肉な物言いをした。二本松では、まだ公の正妻である久子様や妹君の帰国の予定の目処が立っていない。妻女の下向というのは先例がないが、参勤交代そのものが一種の武威を披露する場である。行列は、自ずと豪華なものになりがちだった。 

 さらに、新十郎から仁井田村(にいだむら)の遠藤源七郎ら八名が、二十五日より伊勢参宮へ行きたいとの願い届けが出されているとの報告があった。庶民の伊勢参宮などの長期旅行は、原則として藩の許可を得なければ認められない。

「お主、それを認めるつもりか」

 渋い顔をしたのは、やはり和左衛門である。和左衛門の吝嗇癖は皆が広く知るところであるが、さすがにそこまで取り締まるのは如何なものかと、鳴海は密かにため息をついた。

「義父上。伊勢参りくらい、良いではありませんか。農民らにも農民らの願いがあります。そこまで取り締まれば、却って反発を招きましょう」

 答えている新十郎も、苦虫を噛み潰したような顔をしている。判断を仰ぎたいのか、新十郎はちらりと源太左衛門に視線を投げかけた。

「儂もそう思いますぞ、和左衛門殿。二十五日といえば、仙台の御一行らも既に本宮を通過されているはず。寄人馬(よせじんば)に支障はございますまい」

 源太左衛門が、穏やかな声色で和左衛門を説得にかかった。

 寄人馬とは、宿郷だけでは宿場町の雑事をこなしきれない場合に、近隣の村々へ助っ人を頼む制度のことである。藩領が広く奥州街道に面している二本松では、郡山、本宮、二本松、八丁目(現在の松川)などが宿場町として栄えているが、これらの宿場町の雑事は、農民らの助っ人によって成り立っているのだった。仙台藩は奥州随一の大藩であるから、幕府の道中奉行から寄人馬の要請が出るのは容易に予想出来た。

 その最中に、伊勢参りと称して農民らが物見遊山に行くのを認めるのは、贅沢ではないかと和左衛門は渋っているのである。

「まさか、賂を受け取ったから認めようというわけではございませぬな?」

 じろりと源太左衛門睨みつける和左衛門を、長国公は穏やかな笑みを浮かべて見守っているだけだった。

 番頭や詰番は行政に口を挟まないのが鉄則であるが、二人のやり取りを見ている鳴海の胃も、きりきりと痛み始めた。




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