表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼と天狗  作者: 篠川翠
第一章~義士~
19/196

北条谷談義(4)

二本松藩の泰平の眠りを醒ましたのは、尊皇攘夷の嵐だった――。

文久2年、思いがけず名家を継いだ二本松藩の番頭、大谷鳴海の視点から二本松藩内における幕末動乱、そして天狗党騒乱について描きます。


【主要登場人物】

大谷鳴海……主人公。義弟の縫殿助の死により彦十郎家を継ぎ、詰番・番頭と出世していく。


<彦十郎家>

りん……鳴海の妻

二階堂水山(信義)……鳴海の義兄であり、先代彦十郎。鳴海の父親代わりを務める。

二階堂衛守……鳴海の義弟

大谷信吉(養泉)……鳴海の実父

玲子……水山の妻。鳴海の養母

志津…… 鳴海の義姪

那津…… 鳴海の義姪


<上司・同僚>

大谷(おおや)与兵衛(よへえ) …… 六番組番頭。大谷家本家の当主

大谷志摩(しま) …… 詰番。与兵衛の息子

丹羽丹波(たんば) ……二本松藩家老座上

日野源太左衛門(げんたさえもん) …… 二本松藩家老

丹羽和左衛門(わざえもん) ……郡代

丹羽新十郎…… 郡代見習い。和左衛門の養子

羽木(はき)権蔵…… 郡代

丹羽一学(いちがく) …… 番頭。後に家老に出世

樽井弥五左衛門 ……詰番

種橋主馬介…… 四番組番頭

小川平助…… 山鹿流の兵法学者。出陣時には物頭も務める

三浦十右衛門(義制)…… 藩の砲術指南役

種橋主馬介…… 四番組番頭

日野大内蔵…… 二番組番頭

成田外記衛門(ときえもん)……日野源太左衛門の使番

佐倉源五右衛門…… 六番組使番。弓術の達人

小澤長右衛門……江戸藩邸詰


<五番組の部下>

大島成渡(なりと)……弓術・剣術や経済感覚に優れている

笠間市之進(いちのしん) …… 糠沢組代官

丹羽権太左衛門 …… 長柄(ながえ)奉行

水野九右衛門…… 五番組物頭

原兵太夫…… 弓術師範の免状持ち。旗奉行も兼任する

杉内萬左衛門……鍛冶奉行。奥右筆も兼任

小笠原是馬介(こまのすけ)……手働衆の一人。伊東流槍術が得意

大谷右門(うもん)……与兵衛の次男

井上勘右衛門…… 五番組使番

松井政之進…… 五番組使番


<二本松藩内の勤皇思想家>

藤田芳之助(よしのすけ)……剣豪として知られた藤田三郎兵衛の孫

三浦権太夫(義彰)……丹波や藩公にも直言を辞さない

安部井(あべい)清介(きよすけ)……父子共に勤皇思想の持ち主。


<商人>中島黄山(おうざん)(長蔵)……二本松藩の御用商人。城下で蚕種業を営む

宗形善蔵……針道の富豪。生糸の買付問屋を営む傍ら、貸金業も営む


<水戸藩・守山藩関係者>

猿田(田中)愿蔵(げんぞう)……水戸藩の郷校時雍館の代表。天狗党

藤田小五郎……水戸藩の改革派、藤田東湖の四男。天狗党

三浦平八郎……守山藩の顔役

武田耕雲斎(伊賀守)……水戸藩執政

山野辺義芸(よしつね)……助川海防城主。元水戸藩執政


<水戸藩関係者(諸生党)>

戸祭久之允(ひさのじょう)……大沼海防陣営掛

寺門(てらかど)登一郎(といちろう)……元博徒。太田より出陣し、民兵を率いて戦う

内藤弥太夫(やだゆう)……太田守備隊軍監。日立方面の天狗党討伐責任者。


相羽(あいば)九十郎(くつろう)……山下防御掛

佐治(さじ)七右衛門……太田御殿固め役

(かけい)助太夫……水戸藩家老

市川三左衛門……諸生党筆頭の水戸藩家老。


<その他>

丹羽長国……二本松藩第十代藩主

水野勝知(日向守)……長国公の実弟。結城藩主

「先程の兄者の言うところの察というのは、このことか」

 鳴海としても、第三の立場にある平助の言葉は嬉しかった。武勇ではなく智を褒められたのは、身内の者以外では、今まであまり例がない。

「丹波殿が鳴海殿にあれこれと申し付けられるのは、丹波殿なりに鳴海殿を信頼されているのかもしれませんな。『間を用い、間を用いるは兵法の大事なり』と申します」

 その言葉に、鳴海の口元が今度は歪められた。確か、間はそれなりに厚遇されるべきと素行は述べていたのではないか。その割に、鳴海が丹波から優遇されたという覚えはない。

 だが、先日新十郎にも「余分なことは口にしない性分だ」と評されたところを見ると、自分ではあまり気に入らないこの性分も、人によっては評価されるのかもしれない。各人の性格への評価とは、わからないものである。

 それにしても、山鹿流の教えを実践していこうとなると、手探りのことが多い。これから先、まだまだ平助から学ぶことは多そうである。

「鳴海殿が番頭として活動されるならば、広く情報を集め、人と交わるのはやはり必須。日頃の職務とは関係がないかもしれませんが、組下の者らは、意外な伝手を持っていることもございます。折を見て、組下の者らと交わられよ」

 与兵衛からも言われた言葉だったが、依然として鳴海が交際が苦手なことには違いない。それでも、平助の親身な助言に、鳴海は頭を下げた。

「御助言、然と承りました」 

 久しぶりの山鹿流の談義は、鳴海にとっても実りの多い時間だった。縫殿助の仕事の手伝いで、組の者らとたまに顔を合わせることはあったが、鳴海は元々人との交わりが苦手である。その上、武芸は万事に渡って達者であるから、どの武芸でも鳴海に打ちのめされるのを厭わしく感じるのか、組の者らが何となく鳴海を畏れているのも感じるのだ。鳴海としても、畏れられるばかりでは、あまり居心地がいいものではない。いっそ、家の女性陣に頼んで、組の者らを招いた茶会でも開くか。そのようなことをつらつらと考えていたときだった。

 玄関先から、「御免」と平助を呼ぶ声がした。その声にも、聞き覚えがある。

「鳴海殿、失礼」

 平助が、片手を挙げて玄関先に向かっていった。鳴海や十右衛門のいる客間まで、その話し声は届いてきた。

 鳴海や十右衛門も、よく知るその声の主は、安部井(あべい)清介(きよすけ)。鳴海より一つ年上で、六十五石という小身の安部井又之丞(またのじょう)の長男だ。だが、小身でありながら父の又之丞はよほど厳しく躾けたものか、勉強は鳴海よりも遥かに出来た。また、清廉潔白で嫌味なほどの優等生。特に古典文芸に通じ、あの長い古事記伝をどこからか手に入れてきて、四年かけて書き写したという経歴の持ち主である。

「そう言えば、安部井家もこの近所だったな」

 鳴海の声に、少しばかり苦々しさが混じった。

「この一帯の山は、概ね小川家の持ち物。季節柄、山の物を取る許しでも請いに来たのであろう」

 十右衛門の解説は、鳴海には実感を伴わないものだった。

 彦十郎家は城のすぐ下にあり、春の山菜取りや秋のきのこ狩りなどを行わなくても、家の菜は賄えるほどの扶持が支給されている。扶持米を元手にある程度現金に変えて、それで必要な物を買っているのだが、安部井家のような小身の家柄は、山へ入って食糧を確保することもあるらしい。もっとも、山には必ず持ち主がいて、好き勝手にその山の物を採取できるわけではない。薪拾いなど、その山に生える物を利用したい人物は、必ず入会権(いりあいけん)を取得して、山の持ち主に断ってから採取しているのだった。その許可を、小川家に取りに来たのだろうというのが、十右衛門の説明である。

 平助と清介は日頃から馴染みがあるのか、玄関先からは二人が穏やかに談笑している声が聞こえてきた。曰く、蘆洲先生は早暁に裏山で野糞をする奇癖があった。その折に安部井家まで聞こえてきた蘆洲先生の舟歌が二度と聞けないのは、寂しい限り、云々。普段は取り澄ました清介らしからぬ尾籠な話に、思わず鳴海の顔が赤らんだ。

 二人の談笑する声が、こちらへ近づいてくる。どうやら、平助は清介を家に上げたらしい。それであれば、そろそろ帰ろうと鳴海は思った。彦十郎家でも、夕餉の支度をしている時刻である。だが、鳴海が腰を上げかけた丁度その時、客間の襖が開かれた。

「鳴海殿。お久しぶりでござる」

 鳴海は、渋々頭を下げた。それに対して、清介は笑みを浮かべている。鳴海は、この絵に描いたような優等生が苦手だった。

「この度は、縫殿助のこと、誠に御愁傷様でござる」

「いや……」

 何と答えるのが正解なのか、鳴海はまだ掴みかねていた。家として見れば、身分の上でも仕事の役職の上でも、彦十郎家と安部井家の交流はなかった。だが、鳴海が彦十郎家の跡取りとなったからには、鳴海の一挙一動はそのまま彦十郎家の評判にも関わる。そのことを思えば、余分な敵は作らないほうが望ましい。

 先を制したのは、清介だった。

「先日は、守山まで藤田芳之助を追っていき、活躍されたそうではないですか。それも、守山の三浦平八郎を相手に一歩も引かぬ構えだったとか」

 隣にいた十右衛門が、鋭い眼差しを向けた。聞いていないぞ、とでも言いたげである。屋敷に清介を招き入れた平助も、じっとこちらを見守っている。鳴海の器量を、改めて見極めようとしているようだ。

(なぜ、この男が……)

 そう思わないでもなかったが、それを口にするのは憚られた。

「脱藩者を見逃すとは、鳴海殿らしくもない」

 微かに口元を上げた清介の様子を見て、鳴海はようやく言葉を発した。

「守山を通じて、水戸と事を構えるのは愚行でござろう」

 今度は、清介が黙る番だった。何かを考えているようにも見える。さらに、その場の異様な空気を静かに見守る平助。何度か視線が交錯した後、沈黙を破ったのは、家主の平助だった。

「他意があるわけではございませぬな、清介殿」

「無論。誤解を与えたのならば、申し訳ない」

 清介は、そう述べて曖昧な笑みを浮かべた。だが、その視線はまだ鋭い。

「他意がないのならば、良い。私もそろそろ御暇する」

 鳴海は、改めて平助に礼を述べた。ついでだからと、十右衛門も腰を上げた。

 また遠慮なく訪ねてきてほしいという平助に頭を下げると、二人は小川家の門を潜った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ