第十五話 魔物の妊娠
俺たちはプラムさんたちと一緒に、洞窟のあった森を出て町に向かうことにした。
町までの道のりは、約二週間。森を抜けて、魔獣の谷という場所を通るらしい。
そこは森よりも強い魔物、魔獣がたくさんいる場所なんだとか。
⦅うおぉっ!?⦆
「ミュアァッ!?」
魔獣の谷に差し掛かったあたりで、上空をあの大きなドラゴンが飛んでいく。襲ってこないと分かっていても、威圧される……。
「森からだいぶ離れたのに、こんなところまで飛んでくるミュ?」
「ふふ。あのドラゴン、谷を越えて町を越えて、更にその先までひとっ飛びなんですよ」
⦅すごい……⦆
俺たちはこれから、一週間近くかけてこの谷を超える予定なのに。さすがドラゴンって感じだな。
「さて、ちょっとした提案なんです。実は森に向かう途中で、魔素だまりに留まる妊娠してる魔物を見つけまして。もし興味がありましたら、見ていきませんか?」
「そんなことして、大丈夫ミュ?」
「少し離れた場所からですので」
プラムさんの提案に乗って、俺たちはその魔獣を見に行くことにした。魔素交配による妊娠か……今後のためにも、見学させてもらおう。
⦅なぁ、プラムさん。魔獣って、魔物と違うのか?⦆
「えぇっと……魔物は総称ですね。準亜人種も魔獣も、魔物の一種ということです」
谷を下りながら、プラムさんは説明を続けた。
「魔獣は亜人とは真逆に、力を求めて進化した魔物です。その多くは、力と引き換えに自我を失っていると言われています」
なるほどな。亜人を目指している俺たちとは、真逆の存在だ。
それにしても、自我が無くても妊娠するのか……本能ってやつなのか?
「ミュアッ!? ミュゥ……すごく滑るミュ……」
⦅気をつけてな⦆
谷はあちこち川が流れていて、苔むしてる。滑りやすくて、森とはまた別の歩きにくさだ。
徘徊する魔獣との戦闘を避けるために、上空でキヨさんが魔獣の注意を引いて誘導している。おかげで、戦うことなく谷を進めていた。
「あそこです。ここに隠れて、様子を見ましょう」
プラムさんに制止され、俺たちは岩陰にしゃがみ込んだ。
前方には魔素だまりの中に、巨大な熊のような魔物。丸まって寝ている背には、鱗のようなものがビッシリ張り付いて硬そうだ。
「あの魔物、ずっとあそこにいるミュ? 前にプラムさんが通ったときからミュ?」
スズネが不思議そうに、プラムさんに尋ねる。
確かに不自然だな。あまり身を隠せるような物の無い場所だ。他の魔獣に見つかったら、大変じゃないか。
「魔素交配の後は、出産まで魔素だまりから出られません。お腹の子が成長しなくなり、死産してしまうから」
⦅そんな制限があるんだ……⦆
それで移動できずに、ずっと留まっているのか。俺たちが魔素交配するときは、ちゃんと物陰の魔素だまりを探そう。
「ミュ? なんか来たミュ……」
巨大な熊の周りを、狼型の魔物が囲んでいる。脚が氷の篭手のようなもので覆われていて、なんか強そうだ。そして何より、数が多い。
熊の魔獣がのっそりと起き上がると、狼の魔物が一斉に襲いかかった。
「ミュー!? 卑怯ミュ!!」
「あれぐらい、大丈夫ですよ」
慌てるスズネに、プラムさんは冷静に魔獣たちをうかがっている。
飛び掛かる狼たちを、熊の魔獣は腕を振り回すだけで薙ぎ払っていく。腕や背中に食らいついている狼もいるが、それもまとめて地面に叩きつけて潰してしまう。
魔獣ってあんなに強いのか……戦い方は無茶苦茶なのに、ただ暴れるだけで狼の魔物を全滅させてしまった。そして倒した狼の魔物を、ムシャムシャと食べ始める。
⦅わぉ……豪快な食事……⦆
「あの魔獣からしたら、食事の方からやってきたという感じでしょうか」
「ミュ……また何か来たミュ」
様子をうかがっていると、今度は新たな熊の魔獣がのそのそと近づいてきた。妊婦の魔獣よりも、一回りぐらい大きい。背中の鱗は無いので、別種だろうか?
新たな熊の魔獣は、魔素だまりの外に倒れている狼の魔物を食らい始める。
「おそらく、番の魔獣なのでしょう。妊婦の魔獣が警戒していません」
「……夫は食べるだけミュ? 襲われてるとき、助けに来なかったのにミュ?」
ジト目のスズネが、恨めしそうな声で言う。妊娠中の恨みは、一生ものらしい。彼女が妊娠したときは、俺も気を付けよ……。
熊の魔獣の夫婦は、しばらくは大人しく食事をしていた。……あんまり、相手の事見ないんだな。
食事を終えた二匹は、お互いにガウガウと声をかけあう。何か話しているのだろうか?
意外と意思疎通ができているんだな……と思っていると、二匹の声はどんどん荒々しくなっていく。そしてついには二匹とも立ち上がって、臨戦態勢に入った。
⦅いやいやいや!! どうなってるの!? 今まで一緒にごはん食べてただろ!?⦆
「ミュアッ!? 夫の方が殴りかかったミュ!!」
「……どうやら、食事に満足出来なかったようですね」
⦅は!? それどういう意味……⦆
俺たちが話している間に、妊婦の魔獣は倒されてしまった。そして雄の魔獣は、こともあろうか妊婦の体を引き裂いて食べ始めたのだ。
嘘だろ……あの二匹、夫婦だったんじゃないのか……?
⦅エグ……⦆
「魔獣の妊娠では、よくあることです。なので、無事に出産を終えることは少ないですね」
「ミュ……残酷ミュ……」
すっかりスズネは、うなだれている。
そうだよな、これはとんだ衝撃映像だよ……。
「ちょっと魔物の妊娠の様子を、見てもらうだけのつもりでしたが……想定外の事態になってしまいました。ところで……あの雄の魔獣、素材を町で売ると良い金額になるんです。折角ですから、腕試しに狩ってみませんか?」
この光景を見ながら、そういう提案する?
なんかこう……自然の神秘みたいの見ながら、急にお金の話になるの世知辛いよ。
そして横ではスズネがフルフルと震えている。そりゃ、こんな残酷なシーン見たら震えちゃうよな。
⦅大丈夫かスズネ? 無理して戦わなくても良いんだぞ?⦆
「――るミュ……」
⦅ん?⦆
空耳かなぁ。スズネ、かなり過激な言葉を言ってるような気が――
「あのDV野郎、叩っ切ってやるミュ!!」
スズネさんが妊娠したとき、俺絶対気を付けよう!!
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
明日も夜の更新予定です。
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ヒロアキ
⦅進化は自分の意思で決まる、か。魔獣になった魔物は、自我を失っても強くなりたかったのかな⦆
スズネ
「過酷な自然の中で生きていくなら、誰でも強くなりたいって思うミュ」
ヒロアキ
⦅でも、それで奥さんや子供を食べちゃうなんて……⦆
スズネ
「ヒロアキは優しいミュ。でも人間にも、そういう人はいるミュ」
ヒロアキ
⦅そうなんだろうけど……想像もつかないよ⦆
スズネ
「……そういうところが、あなたの良い所ミュ」
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