俺の人生にサブなんてもの存在しねぇよ(キリッ
印税で暮らしたい。
大学だるい。
入学2か月で二授業落単したし。
ああもう印税で暮らしたいから一発当たんないかな。
無理か。
がんばれ僕の文才!君ならできるさ!
最近流行っている恋愛もののジャンルに、<義妹>というものがある。
親の再婚の際に相手方の連れ子が、自分より年下の超絶美人で…みたいな話だ。
そして現実に妹がいない男共は「お兄ちゃん」と呼ばれることに憧れを持っている傾向がある。
何故かは分からない。がしかしなんとなく呼ばれたいのだ。
可愛い妹が朝起こしに来て「お兄ちゃん起きて!学校遅れちゃうよ!」なんて言ってきた日にはもう、その場で押し倒してしまうかもしれない。
そしてこの俺、獅門 拓哉も例外ではない。
一人っ子で幼い頃から親の寵愛を独り占めしてきた俺は、えげつないほどに妹が欲しい。
え?誕生日プレゼント?妹でもいいっすか?
そのレベルだ。
しかしここで問題がひとつ。
俺には母親がいないのだ。
というのも重い話ではなく、何故か宗教にのめり込んだ母親が俺を出産した後に出家して、今はどこかの国でシスターをやっている。
宗教上の理由で結婚は出来ないらしく、俺が生まれてすぐに両親は離婚した。
親父曰く手が付けられないほどにのめり込んで、毎晩のように勧誘されていたらしい。
そんな母親をなんの理由か面白く思い始めた親父は、出家したいと言う母親を止めることなくイケイケドンドンで出家させたらしい。
ここまででだいぶ分かっただろう僕の家族のイカレ具合が。
生まれた頃から波乱万丈もいいところな我が家だが、幸運にも親父が資産家で俺はベビーシッターによって育てられた。
お陰で苦労は一切ないし、妹が欲しすぎる以外には健全で一般的な青少年に育った......と思う。
俺ももう今年で高校二年生の17歳となり、親父がお金の余裕もあるため大学への進学を考え日々勉強している。
成績も悪くなく、素行も良い。学校でも家でも平凡に楽しく暮らしている。
否、暮らしていたかった。
「は?再婚?」
ある日晩飯を食べていたら、一緒に食卓にいた親父が突然、なんでもないような顔をして爆弾を落としてきた。
「そうなんだ。なんか日常に刺激がなくてね。父さんは老いてはいるがムスコは元気がいいもんで」
あ?息子?......俺のことだな。よし、そう捉えよう。
俺は元気、俺は元気、俺は元気、俺は...
「お前も妹が欲しいんだろう?」
「ぶふぁっ」
飲んでいたお茶を吹き出してしまった。
ふざけんなこのジジイ。食事中に何考えさせてやがんだ。
親父の性事情とか胸糞悪すぎて食ったもん全部で出てきそうになる。
「年はお前の一つ下だったかな」
「......え?」
「お相手には連れ子がいてね。父さんにも元気なムスコがいるし、それで意気投合したんだよ」
全親父に全力の謝罪を申し上げます。
すみません、私は貴方のムスコが暴発するものだと思ってました。本当に申し訳ございま。
「そ、それでいつ結婚すんだよ」
「お?もうしてるぞ?」
「は???」
言いながら親父は左手の薬指を見せつけてくる。
その指にはハリーなんたらウィンなんたらストンの結婚指輪がはめられていた。
資産家らしく大分高級なものだろう。
「この後デートでな。今日は帰らん」
「そういうのはもっと早く言えって......」
ピンポーーーーン
割と大きめな家にインターホンの音が響く。
この流れは...
「おや、もう来たのか」
親父は食器を片付け、玄関へと向かう。
やはり。噂をすれば、とは最早テンプレパターンらしい。
この人はいつもこうだ。引越した時も前日にその旨を伝えられ、とても迷惑した記憶がある。
報連相は社会人の基本だと習わなかったのか?親の顔が見てみたい。
でも親父に助けられているのは確実だし、文句を言う権利は俺にはないのだが...
と、そんなことを考えていると玄関からわちゃわちゃと話す声が聞こえてきた。
女性の声もする。声の主は再婚相手だろうか...
俺は自分の食器を運び、なんとなく容姿を整えてから玄関に向かう。
今から自分の母となる人物に会うとなると、どこか緊張してしまう。
嫌味なおばさんとか、暴食のデブおばちゃんとか趣味悪いのはやめてくれよ...??
そして、俺はついに玄関へ出る。
そこに居たのは親父と仲睦まじく話す、親父より少し年下に見える品のある女性だった。
おばさんと呼ぶのには抵抗があるような、若々しく衰えていない肌の質感に、やはり年相応の豊かな表情。
良かった。親父が20も下の女の子を連れてきたらどうしようかと思った。
「あら?そちらは息子さん?」
一息つくまもなく、継母となる女性は俺に話を振ってきた。
「はじめまして。こんばんは。父、宗治の息子の獅門 拓哉と申します。玄関ではなんですからどうぞ中に」
「あら、はじめまして。よく出来た息子さんだこと」
口に手を当ててうふふと笑う継母は妖艶な雰囲気を醸し出している。なるほど親父が惹かれた理由も分かるというものだ。
「申し訳ないね、ほら上がって」
話に夢中になっていた親父は俺の言葉を聞いて、継母を家の中へと招き入れる。
親父と二人で暮らすには広い家には、客間があるためそこへ案内する。
親父が紳士らしく片手を引いてエスコートをしているので、俺はスっと避け、お茶を淹れに行く。
幼い頃からこの辺の事は教えこまれているので、慣れたものだ。
しかし連れ子が見当たらない。来ていないのか?
先程の会話で継母の背後を見たが、人の影はなかった。
連れ子目当てで玄関に出た俺としては少し残念なところ。
お茶を淹れ終わり、茶菓子と共に客間に運ぶ。
「粗茶ではございますが」
磨きあげられた動作で、物音をたてることなく継母の前に茶を出す。
「どうもありがとう。本当に素晴らしい息子さんをお持ちのようで。流石は宗治さんね」
「いやいやとんでもない。愚息だが、良くしてやってくれると嬉しい」
大人の社交辞令が飛び交う間はあまり好きではないから、正直居心地が悪い。
しかし義理でも母親となる人物だ。
これからの関係もあるし、第一親父の資産狙いではないかというのも見極めなければならない。
失礼極まりないのは承知だが、人間何を考えているか分からないものだ。
まあ親父は人を見る目だけはあるから、あまり心配していないのだが。
「拓哉君といいましたか、私たちはもう家族なのだからそんなにかしこまらないでくださいな」
「ありがとうございます。それではそうさせて頂きます」
これも社交辞令だ。
先輩からの「タメ語でいいよ〜」は、周りからの反感を買うことを考えるとあまり乗ってはいけないものだったりする。
だからそのままの口調で話したのだが、
「敬語が出ていますわよ。うふふ、直らないようでしたら今日からママと呼んでもらいましょうか」
「申しわk…すみません」
「家族間では"ごめん"でよいのでは?それともママと…」
「ご、ごめんお母さん」
「よろしい」
なんだこの人。すんげー怖い。
自分めちゃめちゃ丁寧に喋るくせにこっちにはタメ語要求かよ。
親父はよくもまあこんな曲者を引き寄せるものだ。
話していて掴みどころがないというかなんというか。
「して、今日娘さんはどちらに?」
俺が戦慄していると、親父が切り込んだ。
ん?今娘って言った?もしかして義妹?え?え?
「習い事がありまして。後ほど来る予定ですわ」
後ほどぉおおおおお!!!
ねえそれどんくらい?あとどんくらいで来る!?
と聞き質したいところをぐっと飲み込み、今にも飛び上がりそうな足を抑える。
でもちょっと待てよ、もしかしたら年上かもしれない。
年上の...お姉さん.............あり。
それはそれでめちゃめちゃあり。
こんなエレガントな女性の娘さんと言うとやっぱ余裕があって綺麗で凛とした雰囲気の...
「いいねえ」
妄想していた俺は知らぬ間に声を漏らしていた。
親父と継母の視線が突き刺さる。
「申しわ...ごめん。なんでもない......です」
くわあああああ、顔が熱い熱い。
今絶対俺鼻の下伸ばしてたでしょ、やっべ何考えんだまじでおい時間戻れ......
「うふふ、拓哉君は何を考えているのやら...」
にやにやしながら継母が煽るように言う。
親父!この人やばいって!資産狙いだよ!ほら!今すぐ離婚!離婚!離婚!
俺にとって気まずい空気が流れる中、暫し親父と継母の談笑が客間に響く。
俺は退くに退けず、ずっと愛想笑いをしているのだった。
♢
「では、そろそろ行こうかね」
暫くの談笑の後、親父が切り出す。
「そうですわね、うふふ、楽しみですわ」
そういえばこの後デートに行くと言っていたな。
俺としても初老新婚夫婦の会話をずっと聞くのは面白くもないので、二人で出かけてくれるんなら本望だ。
「今日は帰らないから、戸締りを頼む」
そうか、親父のことだしどこかの高級ホテルでも取ってあるんだろう。
親父は立ち上がると、紳士的に継母を玄関にエスコートしていく。
所作は完璧で流石と言わんばかりの親父を見送るべく、俺も玄関へ続いた。
「拓哉君は弟と妹、どちらがよろしくて?」
「っ!?」
靴を履きながら、継母がとんでもないことを聞いてきた。
この人が言うと冗談に聞こえないから笑えない。
「拓哉は妹が欲しいと常日頃から言っていたな」
親父が乗っかった。余計なことすんな。はよ行け。
「うふふ、尽力致します」
普通に吐きそうだからやめてください。
まったく、玄関でイチャイチャするなんて新婚夫婦か!
......新婚夫婦か。
「冗談はそれくらいにして、気をつけて行ってきてください」
このままだと長くなりそうなので、俺は二人を催促する。
親父はそうだな、と言って継母と腕を組んだまま外へ向かった。
行ってきます。と継母が俺に微笑み、俺はそれを苦笑で見送る。
はぁ、やっと終わった。
玄関の鍵を閉め、片付けをするべく客間へと向かう。
客間に入ったところで急にどっと疲れが押し寄せた。
客人用の柔らかい高級ソファに腰をかける。
「これからあの人と一緒に暮らすのか...」
数十分話しただけでもこれだけ疲れるのに、ひとつ屋根の下で暮らすと思うと憂鬱でならない。
そもそもなんであの人は俺をこんなに煽ってくるんだ?
次会ったらよろしくお願いしますと共にお手柔らかにと伝えよう。─とそんなことを考えていると、精神的に参ってる俺は段々眠くなってくる。
体を包み込むような柔らかいソファに身を委ね、俺はそのまま眠ってしまった。
♢
どのくらい時間が経っただろうか、俺はインターホンの音で目を覚ます。
少し寝て大分回復した身体を起こし、インターホンに出る。
こんな時間に誰だ?親父が戻ってきたのか?と思いつつ、画面を見るとそこには見知らぬ少女がいた。
セーラー服を来てはいるが、コスプレ感が否めない。
というのもお姉さんが頑張って制服を着ているのではなく、小学生が姉の制服を勝手に着てしまっているような、所謂制服に着られている雰囲気の女の子なのだ。
顔は見覚えがない。ただ、とんでもなく美少女な事がインターホン越しにでも分かる。
「はい──」
家間違いだとこっちも気まずくなるため、俺は恐る恐る画面の少女に声をかける。
「やっと出た!あっ、獅門さんのお宅でよろしいですよね!?」
ぱあっと効果音のつきそうな笑顔で少女が応答する。
分かった。これは新手の勧誘だ。多分死角におばさんがいるやつだ。
「あの、僕神様信じてないのでそういうのはちょっと」
「ちがうちがう!えっと、おかしいな、お母さんにここに来るように言われたはずなんだけど…」
少女はスマートフォンに目を向ける。
地図でも見ているのだろうか。
「やっぱり間違ってない…あの、私今日からここに住むって…」
住む!?何言ってんだこの子!?
これは出たらダメなやつだ。
死角にいるのは多分おばさんじゃなくてガタイのいい男だ。
親父の資産狙いで俺を人質にとるつもりだ。
この子は囮というわけか...こんなことで俺が釣れると思うなよ。
「ええと、お母さんが獅門さんと結婚して─」
「あぁ!!!」
寝ぼけて忘れてた!!そうだ、あの美魔女が後に娘さんが来るって言ってたわ!
「今行きますっ!」
俺は画面に叫ぶと、これまでにないほどの速さで玄関へ走る。多分ウサインさんより速い。
玄関に到着した俺は、急いで鍵を開け、ドアを開く。
「ごめんなさい!どうぞ中......に......」
言葉が詰まってしまった。
インターホンの画面で見た少女はいつから降り出したか雨に濡れており、透けたセーラー服は官能的に俺の視線を独占する。
「夜遅くにごめんなさい...あの?」
声をかけられたところで俺ははっと我に返る。
完全に見惚れてしまっていた。
「傘持ってなくて、お風呂を貸して頂けますか?」
申し訳ありません、と丁寧に少女が謝ってくる。
「勿論です!とりあえず中に入ってください」
俺は少女を招き入れると光の速さでバスタオルを取り、少女にかける。
すると少女がありがとうございますと笑いかけてきた。
はいかわいい。天使ですか?こんな生き物いるんですか?
「あっ、いえ...」
そして繰り出されるのは俺の童貞ムーブ。
可愛い女の子を前にすると話せなくなってしまうからどうしようもない。直せない。
濡れた髪と身体から水分を拭き取っていく天使をただ傍観する俺。
めちゃめちゃ気持ち悪いけど多分この子の可愛さが中和してくれてるから、この場の評価はプラマイプラスなのではと。
「タオルありがとうございました」
ぺこりとお辞儀する少女はとても小さく、身長は150cmないだろう。
濡れ髪と透けた制服から目が離せない。(恥ずかしくて顔はちゃんと見れない)
「い、いえ。浴室はこちらです...」
俺は少女が靴を脱ぎ、濡れた靴下も脱いで足を拭くのを眺めてから、浴室へと案内する。
うちは親父が風呂好きで、家族で入ったとしても全員が満足に足を伸ばせるような広い浴槽がある。
その分脱衣所も広くなっており、入った途端背後の天使から「うわぁ、」と声が漏れた。可愛い。
「脱いだ服はこちらに、バスタオルはここから取ってください。ドライヤー諸々はその棚の中に入ってます」
「ご丁寧にありがとうございます。お借りします」
「どうぞ、ごゆるりと」
脱いだ服なんて言うから俺は自分で恥ずかしくなってしまった。
途中から声が上ずってしまったかもしれない。
最後はなんか旅館の女将みたいなこと言ってたし…
脱衣所を出たところで、俺は一人反省会を開く。
「あれが……妹に?」
見た瞬間から思っていたことだが、本人の目の前で言うわけにはいかないと思い、心に留めて置いた言葉が漏れる。
あの天使が俺の妹になる。
夢でもこんな幸せな展開はありえない。
俺はまだ今の状況が信じれない。
現実味を帯びない変な浮遊感に加え、高鳴る心臓が口から出てきそうになる。
昂る俺に追撃を喰らわすかのようにそれは聞こえてくる。
"衣擦れ"
ドア一枚向こうで今まさに生まれたままの姿に戻らんとする天使がいる。
セーラー服を脱ぎ、キャミソールを脱いで…
音だけで妄想できるから易いものだが、所詮童貞なんてみんな俺と同じようなものだろう。
そして聞こえるゴムのような音。
つまり、下着を脱ぐ音だ。
天使の急所を隠す大事な役割をしたものが、はだけていく。
実際見ている訳でもないが、俺はもう暴発しそうな程に昂っていた。
しかしこんな所で慰める訳にも行かない。
天使を饗す責務が俺には残っている。
親父の顔と写真でしか見たことがない母親の顔を思い出し、どうにか落ち着いていく。
そういえば母親の写真は殆ど変顔をしていた。
よくもまあ女性があそこまで不細工な変顔が出来るものだ。
息子ながら誇らしい。
冗談を言えるほどに静まった俺は、急いで客間に行き、先程寝落ちてできなかった片付けを行う。
ついでに親父と俺の晩飯の食器を洗い、見栄えよく片付ける。
食べっぱなしの食器を初対面の相手に見せるのはさすがに気が引ける。
それも天使みたいな妹にだ。
今現在うちの浴室で一糸まとわぬ姿で......やめておこう。
気を取り直して俺は紅茶を淹れる。いくつか葉があるがその中でも俺の好みのものをチョイスした。
茶菓子は大人用ではなく、甘党用のものを添える。
あの見た目だしおそらく甘いお菓子の方が好みであろうという安直な考えだが。
♢
出てこない。紅茶を準備してから暫くたったが天使が風呂から出てこない。
体が冷えていたしうちの広いお風呂でゆっくりと温まりたいのは分からんでもないが、長風呂が過ぎるような気がする。
まさか溺れているとか、のぼせて気絶していることなんてないよな。
......ないよな?
念願の妹ができたその日にその妹に死なれても困るんだが?
そんなシリアスな展開全く望んでいないんだが?
考えれば考えるほどに不安が増してきており、俺は落ち着かないままリビングを行ったり来たりしていた。
様子を見に行くか?いやいや流石に女性がお風呂に入っているのに脱衣所に入るのは失礼だよな。
ドア一枚向こうには生まれたままの姿の天使がいるわけで、当然脱衣所にはさっきまで着ていた服があるわけで。
いやでも、万が一の事態がある。もしのぼせて気絶なんてしていたら大変だ。
ここで行かずに一生後悔するより、行って失礼と思われる方が良いに決まっている!
と半ば強引に自分を説得する俺は、脳よりも下半身で物事を考えているなんてことは言うまでもなく。
本音を言えば、擦りガラス一枚向こうなんて言う全男子歓喜のシチュに大変興味があるのだ。
ここで行かずに何が男か。なんといっても俺はこの家の住人だし、天使様のお兄ちゃん様なのだ!
脳内で自信を正当化すること数分、様子を見に行くと決めてから行動までの時間が俺が童貞であることを証明しているようである。
「行くか......」
俺は意を決して脱衣所に向け足を運ぶ。
気分はさながら四天王を倒した後、チャンピオンに挑みに行くまでの無駄に長い階段。
わくわくとどきどきとばきばきである。
そして到着する。開きなれた脱衣所へのドアが「本当にいいのか?」とでも聞くように俺の前に立ち塞がっている。
深呼吸で肺一杯に酸素を送り込むと、俺はドアを三回ノックする。
返事はない。脱衣所にいれば即座に反応するだろうし、浴室にいたらこのドアを開けても偶然ばったりなんてことはない。
ということで俺はドアに手をかける。
一応、失礼しま~すなんて言いながらドアを開ける。
脱衣所に入室した。天使の姿はない。あるのはびしょ濡れで綺麗に折りたたまれたセーラー服と、その上に丁寧に乗せられた天使の下g......落ち着け。落ち着け拓哉。今はそれどころではない。
よくよく聞いてみると浴室から音がしない。
まさか本当に倒れて...
俺が浴室のドアをノックしようとした──その瞬間だった。
俺が触ってもいないのにそのドアが開かれる。
同時に俺の視界に飛び込んでくるのはドアを開けた張本人の肌色。
そう、天使様こと義理の妹が全裸でそこに立っていたのだ。
その刹那。俺の目は文字通りすべてを視認した。否、してしまっていた。
天使が叫ぶのが早いか、俺が目を逸らすのが早いか。
きゃああ!と甲高い声をあげながら体を両手で隠す天使様。
俺は目を逸らしつつ目の前のドアを勢いよく閉める。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃ......」
まず謝罪。悪いことをしたと思ったら相手に謝りましょうは履修済みだ。
そして返答はない。ただ荒い息遣いだけがドアの向こうから聞こえる。
「あの、僕、退きますのでどうぞ出てきてください。失礼しました」
幸福からなのか後悔からなのか震えた声で謝りつつ俺は脱衣所を出る。
やばいやばいやばいやばい!完璧にフラグ回収しちまったじゃないか!
あのタイミングで出てくるとかもはや狙ってんだろ!俺ノックしたよね?
でも訴えられたら俺が百悪くなりますよね......はい俺犯罪者。人生終わった。お疲れさまでした。最期にいいもん見れてよかったです。意外と生えてましたさようなら。
と自暴自棄になった俺は、焦燥感を感じることなくふらふらと居間にに足を運ぶ。
スマホを取り出して、グルグルの検索欄に「性犯罪 刑罰」と打つ。
脳内にあるのは8割が天使様の裸の映像、残りの2割がGoogleって書いてなんでグルグルって読むんだろう?
検索してみると、意外と示談が成立するケースが多いらしく、罪を認めて潔く謝りましょうなんて他人事のように書かれている文もあった。実際他人事であることに間違いはないのだが。
そうか。全力謝罪でどうにか許してもらうことができれば、俺は晴れて天使様の裸を何の気兼ねもなく自家発電に使えるというわけだ。
それなら謝ろうではないか。獅門拓哉、齢17、元よりないプライドを捨てて(?)対極点に突き抜けるくらいの土下座を披露いたします。
一矢の望みにかけて謝罪文を考えること数分。天使様が脱衣所から出てきた。
「えっ!?」
俺は自分の目を疑った。
こんなベタな表現は使いたくないのだが、本当に目を疑ったのだ。
天使様は、身体にバスタオルを一枚巻いただけの状態で出てきていた。
逆上せたとかよりも確実に羞恥で赤くなった顔を伏せつつ、両の腕で身体を隠すようにして俺の前方に立っている。
「ご、ごめんなさいっ。し、下着持ってくるの忘れちゃって...」
おやおや?口を開いたかと思えば、この子はいったい何を言っているのかな?
下着を忘れたって?
「それはどこに?」
「おうちです...」
「えぇ......」
「ついでに服も...びしょ濡れの下着と制服じゃちょっと...」
まあたしかにお風呂に入って綺麗になったのに、また同じしかも濡れていて冷たい服を着るのは気が引けるのもわかるけど...
だからって─
「だからってバスタオル一枚で出てくるのは...」
「さっき見られちゃいましたし、もう隠しても今更かな~なんて」
微笑みながら冗談っぽく言う天使様に、背筋の温度が絶対零度にまで下がる俺。
ここにまたしても何も知らされていない大泉さんが登場したら、まあ大泉さんじゃなくても修羅場であることくらいはわかるだろう。それくらいの温度差。
「とりあえず、男性用のものであればあるのでそれで我慢していただけませんか?濡れた服はすぐに洗濯して乾かしますので」
「お願いする立場で大変恐縮なのですが、流石に下着の使いまわしはちょっと」
「新品ですからご安心を」
なに言ってんだ本当にこの子は。
誰が「俺のパンツ履きなよ」なんていうかい。俺はそんなに変態に見えますかねえ!?
......風呂覗いた前科がありました、ごめんなさい。
俺は少々お待ちを、となるべく紳士的に言いながら、目当てのものを取りに行く。
それにしてもあの子はなんなんだ、天然なのか?それともただの頭が悪いお嬢ちゃんなのか?
まあいずれにせよ俺はあの子が許すか許さないかで、人生が決まるわけですので何も言える立場ではないのですが。
「こちらになります。洋服のサイズは、申し訳ありません、僕のサイズのものしかなかったので服が乾くまでの間それを着ていてください」
「あ、ありがとうございます。着替えてまいります」
服を渡すと律義にお礼なんてするもんだから、バスタオルの隙間から見えちゃいけないものが見えたり見えなかったり見えたり。
ちなみに渡したのは、男性用のボクサーパンツとジャージのパンツ、上は半袖のインナーにトレーナーという無難なものだった。
彼シャツとかいう文化に手を出しそうになったが、俺は今謝らないといけない立場だったので自重した。
流石にこれですと言って、ノーブラの女の子にワイシャツ一枚を渡すほど俺も鬼畜じゃないしね。
黙れ、チキったとかそんなんじゃない。俺は心優しきジェントルマンなのだよ。
俺の中の天使と悪魔が壮絶な攻防を繰り広げるさなかに、本物の天使様は舞い降りた。
「着替え、ありがとうございます」
「あっ、さっきは本当にごめんなさい。なんでもするので警察沙汰だけは勘弁してください」
「いやいやそんなに謝らないでください。私の不注意もありましたので......ちなみにどうして脱衣所にいたのかだけお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「随分と長風呂だなと思いまして、もし外との温度差で体の具合が悪くなってしまっていたらどうしようと確認しに行きました。本当です信じてくださいこの通りです」
事実は事実だし、邪な気持ちが髪の毛一本たりともなかったといえば大嘘になるが、間違ったことは言ってない。
あとはこの洗練されし土下座で天使様の許しがいただければ...
「あのっ、頭を上げてください。私を心配してということなら感謝することはあれど、憤るなんてこと絶対にありません!」
天使様は俺の土下座に驚いた様子で頭を上げるよう促してくる。
その反応に内心ガッツポーズをしつつ、その感情を表にだすことなく俺は頭を上げる。
「罪滅ぼしと言ってはおかしいですが夕飯をごちそうさせていただけないでしょうか?」
「えっいいんですか!?ではお言葉に甘えて!」
言いながら天使様は自分のお腹をさすっている。
よほど遅い昼食でない限り昼食からはだいぶ時間が経過しているだろう。
「好みをお聞きしても?」
「ピーマンとか苦い食べ物はあまり好きじゃないですけど、それ以外なら何でも好きです!」
「分かりました。早急に調理いたしますので、リビングにてお待ちください。紅茶を淹れましたので、よかったらどうぞ」
「あのー......」
「はい?」
「私たち兄妹になるんですよね?家族なのに敬語なのはちょっと...」
「言われてみればそうですね」
「お互い自己紹介もしてないですし、なんかいろいろすっ飛ばしちゃいましたね」
天使様なんて呼んでいたが、たしかに妹になる相手をこのまま天使様と呼ぶわけにはいかない。
名前くらいは聞いておかないと。
名前を知るより先に全裸を見てしまったということは今は棚に上げておこうではないか。
「私、胡桃谷 瑞菜って言います。あっ、今日から獅門 瑞菜になりました!」
「獅門 拓哉です。今年で17歳になります。さんでいいですか?」
「さん!?一般の兄は妹をさん付けしませんし、敬語も使いません!」
「それを言うなら妹は兄に敬語は使わないと思うのですが」
「はっ。たしかに!じゃあ普通に喋らないとだ。......分かった?お兄ちゃん!」
「うぐふっ」
天使様改め、瑞菜のいきなりのお兄ちゃん発言に俺は今まで出たことのないような声が出た。
夢はこんなにもあっさり叶ってしまっていいものなのだろうか。
「お兄ちゃん大丈夫!?」
いきなりむせ返るような声を上げた俺を気遣って瑞菜は声をかけてくれる。
しかしその”お兄ちゃん”が俺を苦しめていることに本人は気づいていない。
「大丈夫、大丈夫だからお兄ちゃんって呼ぶのをやめてくれ」
「なんでよお兄ちゃん、私結構気に入ってるんだけど!」
その後も瑞菜によるお兄ちゃん攻撃は続き、結局瑞菜が折れ俺が耐性を習得するまで拓哉くんと呼ばせることに成功した。
危なかった。危うくお兄ちゃんと呼ばれたことによる謎の幸福死を遂げるところだった。
落ち着くまでしばらくかかった俺は、瑞菜を客間に閉じ込め一人キッチンに立っている。
「さて、何を作ろうか」
ちなみに顔はまだ紅潮しているし、なんなら手先が震えている。
いやはやお兄ちゃんと呼ばれることを夢見て17年。
ようやく夢がかなったその喜びは一朝一夕で語れるほどのものではないだろう。
そしてその夢を叶えてくれた張本人に初めて作る手料理だ。
ここで妹の胃袋を鷲掴みにして、そのまま将来結婚して幸せになる。
「こういう時はやっぱり得意料理っしょ!」
柄にもなく鼻からふんす!と気合を入れた俺は、俺が自分の料理の中で最も自信のある料理で挑むことにした。
♢
「おまたせ、準備できたよ」
「待ちくたびれましたおに──拓哉くん!」
俺は自分の得意料理であるビーフストロガノフと、親父が好きで家に常備されているバケットを、妹の瑞菜の前に並べる。
得意料理はいくつかあるが、その中でも一番お洒落なのを選んだ。
「口に合うといいが」
「食べていい?いいよね?いただきまーす!」
ものすごい勢いで食事を始める瑞菜だが、その所作は決して下品でなく、むしろカス一つこぼさないほど丁寧であった。
「んんー-!おいしい!」
よほどお腹が空いていたのか、バケットを口いっぱいに頬張っている。
「これビーフシチュー?」
「まあそんなところだね」
「拓哉くんが作ってくれたんだよね?すごい!とっても美味しいよ」
喋る時間がもったいないとでもいうかのように、またせわしなく口を動かし始める瑞菜だが、なんて言おうか。
はちゃめちゃに可愛い。
美味しそうにはにかむところとかやばい。
まじでかわいい。普通に惚れそう。こんなかわいい子現実で見たことない。
妹は兄の作った料理を美味しそうに食べ、それをにやけながら兄が眺めるとかいう謎の時間が客間に流れていく。
元気いっぱいにおかわり!なんて言われるもんだから、俺の上機嫌は止まらない。
二杯目を食べ終えたところで、
「ごちそうさま!」
「お粗末さま。食後のデザートがあるけど、珈琲と紅茶はどっちがいい?」
「紅茶で!さっきの紅茶とっても美味しかった!」
「それは良かった。実は俺が一番好きな茶葉なんだ」
こうして好きな紅茶の茶葉どころか、生年月日すら知らない「兄妹」がここに誕生したのだった。
♢
天使のような美少女が、俺の目の前で異様に似合うショートケーキを食べている。
彼女の名前は獅門 瑞菜。高校一年生で16歳。
地毛の茶髪は肩口で切りそろえられており、白く透き通るような肌によく似合っている。
くりくりとした瞳は二次元から飛び出してきたかを疑うほどに大きく、鼻筋も通っていて何より顔が小さい。
俺の半分しかないといっても過言ではないほどに小さいのだ。
一言で表現するなら、天使。まさに天使そのもの。
いきなり羽が生えて、頭の上にリングが出てきてもおかしくないくらいには天使。
そんな美少女。実は俺の妹なんです。
今日から俺の妹になったんです。
いやあ、なんというかね。信じられない。
その一言に尽きます。まだ実感湧かないもん。
「このショートケーキもやっぱりこの紅茶も美味しいね、拓哉くん」
一切れのケーキを美味しそうに頬張る妹を眺めていると、本人がにぱっという笑顔で話しかけてきた。
「口に合ったようで何よりだよ」
「これからは毎日拓哉くんに淹れてもらおうっと」
これがあまり親しくない相手に対する言葉なら、少し図々しく感じてしまうこともあるかもしれないが、俺と瑞菜は兄妹なのだ。
ただ今日初めて会っただけで、兄妹であり家族である。
特殊な場合を除いて家族に図々しいなんて感情を抱くことはないだろう。
そう、特殊な場合を除いて。
”数時間前に初めて会った兄妹”というのはまさにその特殊な場合に当てはまる。
え?当てはまるよね?俺がおかしい?
まあ、俺は当てはまると思っているのだが、瑞菜はどうやら違うらしい。
それともまた違う考えがあるのかもしれないが、それでも瑞菜は俺との心の距離を家族のそれまで近づけようとしているのではないかと思う。
昨日まで他人だった人間が、今日からいきなり家族ですと言われてはいそうですかというわけにはいかない。
しかしこれから兄妹として、家族として生活を共にしていく訳なのだから、親密になることに越したことはない。
瑞菜は俺との親密度を上げようとして来てくれている。
それに何となく気づいたからか、瑞菜が俺の妹となることが現実感を増した。
義妹ができたことが二次元的にうれしくてこれからの展開に勝手に期待していた俺だが、そうか。
瑞菜は俺に対して、二次元の何かを重ねるでなく、一人の人間として接してきてくれている。
「ありがとな、瑞菜」
俺は気が付くとそんなことを口にしていた。
瑞菜は口を開いたままぽかーんとしている。
「やっぱりお兄ちゃんって呼んでもらおうかな」
「いいの!?やったね、これからも紅茶淹れてねお兄ちゃん!」
「ああ」
こうして、俺に妹ができた。
妹は健気で気遣いができて、天使みたいに可愛い。
そんな妹と俺が送る、今では創作の定番となってしまった「義妹」と「義兄」のラブコメ(?)が今始まる。
♢
「どうしてこうなった」
義妹と距離をだんだん縮め、いずれは恋仲に……
なんてほのかに期待していた俺だが、初日にしてその希望が崩れる危機に陥っている。
というのも、遡ること一時間ほど前。
「じゃあ仲良しの印に今日は一緒に寝ようよお兄ちゃん!」
瑞菜が言い出したのはそんなことだった。
いやいや意味分からんでしょ。
例えばこれが姉妹なら許される展開かもしれないが、俺たちは年頃の男女なのだ。
血縁の兄妹であればよほどのことでもない限り、普通に一緒に寝て終わりだと思う。それはそうであってほしい。
しかし俺たち兄妹はさっき会ったばかりなのだ。
出会い系でももう少し会話を重ねてからホテルに向かうだろう。
やったことないから知らないけど。
「さすがにそれは」
そして童貞俺、もちのろんで妹の要望を断る。
寝たいよ?寝れることなら一緒に寝たいけど、俺だって普通に思春期の男子。
こんな可愛い女の子と床を同じくして、何もないとは言い切れないわけで。
俺だってやるときはヤるし、やらないときはやれない。
万が一俺のばきばき童貞パワーが凄まじいものであったとして、相手はどう思うのだろうか。
まさか瑞菜に限って初夜から初夜を望んでいるとは到底思えないが、万が一もある。
天然ふわふわ系を気取ってはいるが、夜になると何か別の人格が現れたり。
ギャップもいいところだが、さすがにそんなエロゲみたいな男にばっか都合のいい展開はないだろう。
しかし万が一、万が一にも瑞菜が俺を誘っていた場合、今日俺が襲わなかったら切り捨てられてしまうかもしれない。
『お兄ちゃんの意気地なし。それでも本当に男かよ。しょうもな。』
うん死ねる。
せっかく待望の妹ができたのに、初日にしてヘイトを食らうようでは俺の精神が持たない。
結構豆腐なメンタルしてるんだよ俺。
「えぇ~兄妹なんだから、そのぐらいいいじゃん~」
「もう少しお互いを知ってからな」
「知ってからだったらいいの?」
「考える」
本音は一緒に寝たい。しかしそれを表面に出しては、変態お兄ちゃんになってしまうのでそれは大変よろしくない。
先程瑞菜が俺を誘っている可能性を考えたが、単純に親睦を深めることを目的として一緒に寝ようとしている可能性の方が高い。
そして第三の可能性として、俺を試しているというのもある。
妹に発情してしまうような気持ちの悪い変態兄なのか見極める、それが目的かもしれない。
その三つの可能性が混在している以上、俺は初日の夜、ここで迂闊な行動はとれない。
とにかく瑞菜の真意を読み取って、それから最適解を選択すればよい。
そのためにはさらに会話を重ねて……
ああもう訳が分からなくなってきた。
とりあえず今日は一緒に寝ない。それで万事解決。
「じゃあその第一歩として、共通点ゲームやろ!」
「共通点ゲーム?」
「そう!ただの自己紹介じゃ味気ないから、お互いの共通点が10個見つかるまで自分を曝け出すの!」
なにその陽キャなゲーム。
確かに今更自己紹介だなんてこっぱずかしいとは思ってたけど!
「共通点って結構踏み込まないと見つからなかったりするから、相手のことを知るにはちょうどいいんだよ」
「なるほどな」
なるほど筋が通っている。
共通点を探すまでの過程で相手がどんな人なのかを掴むことができるし、共通点を見つけたらそこからどんな方向にも話は広がる。
「じゃあ私から聞いていくから、お兄ちゃんも質問があったらすぐに言ってね」
いまだお兄ちゃんと呼ばれると少し反応してしまうのは内緒のことで。
「じゃあ行くよ、私は甘党なんだけどお兄ちゃんは?」
「どちらかというと辛い物の方が好きだな」
「むぅ、じゃあ好きな教科は国語!」
「理系だし数学か理科だな」
「誕生日は6月10日!」
「12月20日」
「野球よりサッカー!」
「よく見るのは野球」
「好きな色は水色!」
「好きな色か、強いて言うならオレンジ?」
「朝はパン!」
「ご飯」
「猫より犬派!」
「猫」
「恋人がいる!!!」
「……えっ?」
面白いくらいに一つも揃わない共通点ゲーム。
そろそろやめにしようかと思い始めていたところで、瑞菜が突拍子もないことを突っ込んできた。
恋人だって?
そんなもの俺にいるはずがないのだが、まさか。
ゲームの趣旨が変わってしまって今や瑞菜が自分のことを紹介して、俺がそれに共感を示す形になっている。
つまり、瑞菜の発言からすると瑞菜には彼氏がいる、そういうことになる。
「お兄ちゃんの番だよ、お兄ちゃんは恋人、いるの……?」
答えに詰まっていると、瑞菜が急に心配そうな目をむけつつ催促してくる。
そうか、まあこれだけ可愛くて無邪気で優しい子がいれば世の中の男子が放っておく筈がないか。
何を一人で盛り上がってたんだ俺は。
「瑞菜には彼氏がいるのか……?」
「お兄ちゃんが答える番だよ」
それでもちゃんと本人からいることを聞くまで信じたくない。
しかし瑞菜はそれを許さない。
どうやら俺の義妹青春はここで砕け散ったらしい。
「いない」
「いないの!?」
「なんだよ悪いか?」
「お兄ちゃんかっこいいからいるかと思った」
「───っっ!?」
一瞬瑞菜が何を言っているのか理解できなかったが、さすがは俺の脳。
0カンマ数秒の処理時間を経て瑞菜の言葉の意味を理解した。
それと同時に言われなれない言葉に顔が熱くなるのが分かる。
生まれてこの方女子にそんなことを言われた経験はない。
「生まれて初めて」が天使のように可愛い妹なのだ。
顔がここまで紅潮するのも仕方がないことではないか。
「どうしたのお兄ちゃん!?耳まで真っ赤だよ?」
俺が照れていることを知ってか否か、瑞菜は心配するように声をかけてくる。
これは無自覚か、だとしたら相当ツワモノだぞ……
「いいや、瑞菜にかっこいいといわれて少し照れた」
「あっ……」
真意を確かめるためにも俺は自分の気持ちを正直に伝えた。
俺たちは兄妹なのだから、感情を正直に伝えあってもおかしいということはないだろう、きっと。
そして二人の間に沈黙が流れる。
気まずい。感情を正直にっていうのは特異的だっただろうか?
「へ、変なこと言わないでよ。こっちまで恥ずかしくなるじゃん」
「先に言ってきたのは瑞菜の方だけど…」
「ん!?なんか言った!?」
「いいえなにも」
頬を赤く染めながらジト目で瑞菜が睨んでくる。可愛い。
自分で言って自分で照れてるし、俺へのかっこいい発言は天然だったのか。
これはあれだ、男子キラーELだ。
「俺は答えたんだ。次は瑞菜が答えてくれ」
「ううん、もうこのゲームおしまい!お兄ちゃんが変なこと言ったからお兄ちゃんの反則負けです!」
「なんだそのルール。というか先に変なことを言ったのはみz……」
「追加ルールです!それ以上変なこと言ったら罰ゲーム追加するよ!?」
「罰ゲーム?そんなの聞いてないが?」
「追加ルールです!異論は認めません!」
「はぁ……?」
自由奔放な妹に溜息なんて出してはいるが、この男──俺は限界まで悶えるのを我慢している。
なんてたってめちゃめちゃに可愛いのだ。
一つ一つの仕草が女の子らしく、それでもってぶりっ子とは言われない絶妙なライン。
なるほどこれが小動物系女子か。
俺がひとりでに納得したところで瑞菜が口を開く。
「罰ゲームです!今日は一緒に寝てください!」
「……は?」
「聞こえなかった?今日は私と一緒に寝てください!」
「何言ってんだこの娘は。まだそれ言うか」
「そういうのは心の中でつぶやくものでは?」
「声出てた?」
「うん、音楽の先生くらい口開いてた」
では改めて、何言ってんだこの娘は。
罰ゲームを追加してまで、俺が一番回避したいことを押し付けてくる。
どんだけ一緒に寝たいんだ……
ちょっと俺には理解できないにぇ。
「それ以外なら何でもする。許してください」
「あのね、正直なことを言うと、いつもおっきなぬいぐるみと一緒に寝てるんだけど、今日はそれがないから。モッフ……こほん、そのぬいぐるみがないと寝れなくてさ」
えへへと照れながら目線を泳がしているが、そんな可愛い仕草なんかに俺が騙されるとでも思ったか。
「それで今日は俺がそのぬいぐるみの代わりになれと」
「そう!モッフ……そのぬいぐるみより大きしもふもふしてないけど、ないよりは寝れると思うんだ」
「さっきからそのモッフっていうのは何なんだ?」
「聞こえちゃってた……?ぬいぐるみの名前だよ、もふもふだからモッフっていうの」
「だいぶ安直だな」
別にいいじゃん!と言いながら頬を膨らませている瑞菜。可愛い。
「一回一人で寝てみてから考えよう。もしかしたら今日は寝れるかもしれない」
「むぅ、お兄ちゃんのいじわる!」
「ぐはっ!!」
ここで瑞菜選手によるダイレクトアターーック!!
『お兄ちゃんのいじわる!!』が拓哉を襲う~~!!
それをもろに喰らった拓哉選手!立っていられるか~?
「分かった、瑞菜がいいなら今日は一緒に寝よう」
一発KOだ~~!!!
拓哉選手、妹攻撃がもろに入った~~!!
「やったー-!!ありがとっお兄ちゃん」
瑞菜やめて!彼のライフはもうZEROよ!
『ありがとっお兄ちゃん』は全男子の夢!希望!そして弱点なのだ!!!
♢
かくかくしかじか。そんなことが一時間前に起きてから、俺は今瑞菜とともにベッドに入っている。
こうなると先にわかっていたから体の隅々まで洗ってきた。
シャンプーなんて3回もした。
変な意味はないし、変な思想もない、多分。
そのおかげか、
「お兄ちゃんいい匂いする~」
なんて瑞菜が隣で甘えるような声を出している。
しかし一人なら十分だが二人で寝るとなると手狭に感じるシングルベッドだ。
匂いだけではなく色々なものが感じられる。
一般的に女子高生が隣で寝ていたら男ならどう思うのだろうか。恋愛対象に女子高生が含まれていなければその男は平然とそこで眠りにつけるのだろうか。そもそもそんな男はいるのだろうか。いるにはいるか。多様性の時代だしそれもまた一つの性の形か。じゃあそんな男がなぜ女子高生と隣り合って寝ているのだろうか。なにがあったら女子高生を隣において爆睡をかませるのだろうか。
意味の分からないことを考えに考えまくって意識を逸らそうとしたが、やはり女子が隣で寝てると意識せずにはいられない。
ほぼ初対面の女子を妹だ、なんて言われて素直に妹として認識できるやつがいれば、それ多分洗脳の類の能力者が関わってきてる。
部屋の電気が消えているから、視覚からは殆ど情報を得ることができない。
視覚が奪われることでそれ以外の五感が鋭利になる。
つまり瑞菜の甘い匂いの嗅覚、真横から聞こえる呼吸音の聴覚、左肩に触れる華奢な身体の触覚。
味覚はない。流石に食べてない。
その視覚と味覚以外の三感から得られる情報に敏感になりすぎて寝れる未来が見えない。
「ねね、お兄ちゃん、もう寝た?」
「寝れるわけないだろ」
俺がどうしたものかと、暗闇を彷徨っているところに瑞菜が声をかけてきた。
気分はさながら修学旅行の夜といったところか。
「じゃあ恋バナしよ恋バナ」
「本当に修学旅行の夜テンションなのか」
「お兄ちゃん彼女いないって言ってたよね、好きな人とかいるの?」
「まあ過去にいたことはあったが今はいないかな」
過去のことはあまり思い出したくはないが、そろそろ俺も立ち直らないといけない頃だ。
といっても好きな人ができる兆しは一向に見えないのだが。
「瑞菜は彼氏がいるんだろ?」
「えへへ、内緒!」
「彼氏とは今どのくらい続いて───」
「お兄ちゃんは私のことどう思う?」
「───は?」
俺の質問を遮って瑞菜が訪ねてきた。
驚いて横を見てみたが瑞菜は反対側を向いてしまっていて顔の様子は窺えない。
「恋愛対象としてあり?なし?」
「おまっ、無しに決まってんだろ!俺たちは仮にも兄妹なんだぞ?」
もしかしてこの子エスパー?
俺がこの子のこと気になってるのばれてる?
「そっかー、それは残念」
「残念って、彼氏が可哀そうだぞ」
「さっきなんでいきなりゲームやめたと思う?」
「合致することがなさ過ぎて嫌になったんだと思ってるが」
「ぶっぶー!正解は、共通点が一つ見つかったからです!」
「は?」
「は?じゃないよ!お兄ちゃんには恋人がいない、私にもいない」
「嫌瑞菜は彼氏いるって……」
「そんなこと一言も言ってませーん」
思い返してみればいつも答えをはぐらかされて、確かに明確にいるとは言われていない。
まさか、瑞菜は俺をおちょくっていた……?
「お兄ちゃん私に彼氏がいるかもって思ってあからさまに残念な顔してたような……?」
「し、してねぇよ!いきなり恋バナになったから驚いただけで」
「本当かな~?実は私に一目惚れしちゃってたりして?」
「兄を煽って楽しいか?もういいから早く寝るぞ」
「あ!逃げた!もう!お兄ちゃんの意気地なし!」
「うるさい!妹に一目惚れする兄がどこにいるか!」
「へ~、もう一つ共通点が見つかると思ったのにな」
「今なんて……?」
「知らない!おやすみなさい」
ほえ?
いやいやまてまて。
俺はラブコメ特有鈍感主人公じゃないから、聞き返したけど今のセリフばっちり聞こえてたぞ?
俺が瑞菜に一目惚れしていれば共通点が増える。
──つまり瑞菜は俺に一目惚れしている?
いや待て俺。早まるな。冷静に話の文脈を考えろ。現代文は得意だろう?
……いやはや、これは確定ですって。
どう考えてもその結論にしか至らない。
俺にできた天使のように可愛い妹は、兄となった俺に一目惚れしている。
これは隣に眠る瑞菜の呼吸が、少し乱れていることからも伺えるだろう。
なんだこいつ、自分で言って自分で照れてるのか。可愛いやつめ。
「瑞菜、お前俺に一目惚れしたのか?」
そう考えているとなんだか妹が愛おしく思えて。
この天使のように可愛い妹に、気付けば俺はそんなことを口にしていた。
野暮なことを聞いたな、と一蹴してしまうのは簡単なことかもしれない。今からでも遅くはないだろう。
でも聞かずにはいられない。
だって俺たちは兄妹なのだから。
「……わからない。でもお兄ちゃんと話してると、なんだか胸がドキドキするの」
暫くの沈黙の後、寝たふりも限界になった瑞菜がそう呟いた。
その呟きを俺は脳内で何度も何度も咀嚼する。
兄妹なのに異性として意識してしまう。
それは許されることなのか?
「お兄ちゃん。私お兄ちゃんのこと好きになっちゃったのかもしれない」
きっとそれは許されない。
俺には印税で暮らしている未来しか見えない。
某中央大学なんてやめてやる。くそが。