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悪役令嬢は冒険者ギルドを作る【第一部完】  作者: サクラくだり
第二幕 相手側から見たダンジョン
8/60

2-1 ダンジョン攻略(ディロック視点) 1

 ディロックは朝目覚めると同時に緊張感を覚えた。言うまでもなく、ダンジョン探索のためである。

 王国の貴族は婚姻前のたしなみとして、ダンジョンを踏破して自らの勇を示さなくてはならない。長く続く伝統とは言え面倒くさいと思うのだが、クララホルト侯爵家の子息として文句は言えなかった。


「ディロック……どうかご無事で」


 出発前、シルミナは目に涙を浮かべていた。


「もしも怪我をなさいましたら、すぐにお戻りくださいませ」

「大丈夫だから、安心して」


 おしとやかな美人が自分を案じている。ディロックの心を刺激するのに十分だった。


「ダンジョンと言ったって、たいしたものじゃない。部下もたくさんいるから戦闘は彼らに任せればいい。僕の危険はない」

「でも、なにかあったらと思うと心配で……」

「すぐに戻ってくるから。そうしたら派手な結婚式をやろう」


 心配ないと言わんばかりに、シルミナの手を握った。


「どうしても不安なら、僕のパーティーについてくるかい?」

「いえ……私がいては足を引っ張ってしまいます」

「なら、城で待っていて欲しい。僕たちの将来は不変だ」

「はい……」


 シルミナはディロックにすがりついた。

 もちろんディロックに彼女の本心は分からない。そもそもシルミナは危なっかしいダンジョンにおもむくつもりはさらさらなく、こんなのさっさとすませて欲しいということ。婚姻前に死なれると財産を相続できなくなるので、絶対に戻ってきて欲しいこと。ただし怪我をするくらいなら問題なく、執務ができなくなるほどの重傷なら、むしろ大歓迎だということ。

 そしてシルミナは、こういう気持ちを表に出すような女ではない。悲しげに目を伏せ、「ご無事でありますよう」と信じてもいない神に祈っているだけだ。

 なにも知らないディロックは、ただ己の婚約者に、いいところを見せねばとの気持ちに満ちていた。


「では出発します。王国とハウベ家、そして愛するシルミナのクララホルト侯爵家に、幸運が訪れんことを」


 ディロックは見送りに来たグロームの前で高らかに言う。彼のために編成されたパーテイーは、物音を立てながら出発した。


 ダンジョン踏破のためのパーティーは、ディロック他数名の冒険者を雇用しておこなわれることになった。冒険者は全部で4名、他に炊事役が1名と荷運びが5名。さらにはクララホルト侯爵家の家令、フィーリーがついてきていた。

 荷運びの数が多いが、水と食料、調理器具、野営用のテントが必要だからだ。これらは全てディロックのために父親が用意した。さらに体力を温存するためと称し、入り口まで馬で移動する。冒険者たちは食糧を自前で用意し、地べたに寝なければならない。


「これだけいれば、鏖竜山脈のダンジョンなどたやすく攻略できるぞ」


 威勢のいい言葉に、冒険者たちがうんざりしたような顔を見せる。むろん高額の報酬を払う雇い主にケチはつけない。

 代わりに仲間内で囁きあっていた。


「今度のダンジョン、聞いたことあるか?」

「さあ。酒場でいきなり噂になったらしい」

「今まで発見されてなかったのも妙だよな」

「簡単なのか? お前、先行して潜ってみたんだろ」

「たいしたことなかったけど、ほんの少し覗いただけだからなあ」


 冒険者たちは慎重だ。生き残って宝を得るためには、事前の情報収集と入念な準備が不可欠となる。多額の報酬にあらがえず雇われたが、近づくにつれ不安は増すばかりであった。


「なんの心配もない」


 ディロックは馬上で言い放った。


「我々のために存在するダンジョンなのだろう。むしろ攻略のし甲斐があるというものだ」


 父のグロームが息子のためにこのダンジョンを選んだのは、まだ誰にも踏破されていない、いわば処女地だからである。

 婚姻前のダンジョン攻略で手垢のついたものを選んでは、貴族の間で「つまらない家」とケチがつく。それだけならまだしも、国王との晩餐会で席次が下げられる羽目になりかねない。そんなことになったら、ゆうに三世代は日陰者だ。

 かといって本当に危険なダンジョンに入り、全滅したら目も当てられない。そのため貴族の家は真新しいダンジョンを発見したら、まず冒険者を送って少しだけ捜索させ安全を確保する。その後、悠々と子息の本隊を潜らせるのだ。「まっさらな地」であることを担保するため入り口の封鎖は当然で、資産のある家になると周辺の土地を買い上げ立ち入り禁止にするいう。

 婚姻間近の子息を抱える貴族たちは、未踏破のダンジョンを押さえておくため、噂の収集をおこたらない。ディロックが潜るところも、クララホルト家の使用人が聞きつけてきたものであった。


「ハウベ家とクララホルト家は代々ダンジョンの攻略を失敗したことはない。それらは全て神と我が家の威光のおかげである。安心して進め」


 婚姻の予定とダンジョン攻略の興奮で、ディロックは上気している。

 もう冒険者たちは返事もしなかった。ただ「最近になって出現した謎のダンジョン」への対処で頭がいっぱいになっていた。

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