1-5 ダンジョンの作り方 3
エヴェリーナは貴族のお嬢様であったが、土に馴染みが深い。花瓶に花を生ける程度のものではなく、畑を耕して作物を育てる本格的なものであった。
誰かにやれと言われたわけではない。日頃食べているものがどうやってできるのか、好奇心からはじめたのである。身につくまではいかなくても、一通り試さないと気が済まないのだ。これらは土いじりだけではなく、魚釣りや手工業、鍛冶全般にまで及んでいた
おかげで父親には泥臭いと敬遠されることもあったが、城内の召使いや雇いの職人たちには評判が良かった。そのためシルミナの妬みを招き、追放の憂き目を見たのだが。
ドラゴンの居室を出ると、陽は高く昇っていた。地下は気温が一定で雨も降らないから過ごしやすいが、時間の感覚がなくなるので不便な面もある。
後ろには数人のコボルドがついてきている。一行のリーダーらしきコボルドは、緑色の鉢巻きを巻いていた。
彼女は地図を広げた。
「ええと、どう作るかは決まっても、どこに作るかは決まってないのよねえ……」
独り言を呟く。横からコボルドのリーダーが覗き込んだ。
彼はしばらく眺めると、なにやら言った。エヴェリーナは首を振る。
「ごめん。言葉分かんない」
「旦那、穴、先、掘る」
コボルドのリーダーが南東の方角を指さした。この先は山のなだらかな斜面であり、そこに入り口を作ろうとの意味だろう。
「旦那って、私は男じゃないけど」
「旦那、行く」
たどたどしい言葉遣いだ。人の言葉に慣れていないのだろうが、こっちはコボルド語がまったく理解できないので仕方ない。
コボルドのリーダーが先に立つ。エヴェリーナはあとをついて歩いた。
「ねえ、あなた名前は」
「……?」
「名前よ、な、ま、え」
「ドルル」
変わった名前だと思ったが、これも向こうからしてみれば、こっちの方がよほど変わっているのだろう。
植物の生えていない。なだらかな斜面に到着した。
場所としては森の中である。だが周囲は土と土ばかりで、草がところどころあるだけだ。このあたりは崖やら巨岩やらで巧みに隠されており、遠目からは視認ができない。
エヴェリーナは感心した。
「こんなところあんのね」
「たくさん、ある。俺たち、知ってる」
どうやらあらかじめ目星だけをつけておき、必要になったらダンジョンの入り口にしているようだ。
ドルルがエヴェリーナのスコップを指し、次に岩肌を示す。
「ああ、はいはい」
スコップの先端を突き立てた。
大きな穴が開く。ほとんど力を使わない。熱したナイフでバターを切るより楽だ。どこで作られたのか知らないが、たいした魔法の力だった。
短時間で人が通れるだけの穴が開いた。真っ直ぐ掘り進める。
ある程度行くと、ドルルが袖を引っ張った。
「待つ」
ドルルは部下になにやら指示を出した。細い紐を持ってきて、ああだこうだやっている。
彼はエヴェリーナに、手のひらを水平にして左右に動かした。
「? あー、通路を水平にしてるのね」
コボルドのリーダーは、うなずいた。
ドルルはさらに、入り口を外に向かって傾斜をつけるよう指示した。雨水が中に流れ込まないようにするとのこと。
「凝ってるのねえ。ここまでする必要ある?」
「慣れない、人間、入れる」
ダンジョン初心者のためらしい。そういえばドラゴンは、ディロックを誘い込むと言っていた。
通路を水平にするため、ドルルが何か所かを指し示す。エヴェリーナは言う通りに掘ったり叩いたりして整えた。
コボルドたちは、半数がドルルと共にダンジョン内の整備をし、もう半分は掘った後の土や砂を捨てにいった。
彼女は図面を確認しながら掘り進める。
「ええと、ここから左右に分かれるのね」
一度右を掘り、引き返して左を掘る。手間がかかった。
それが終わると、次に斜め下へ向けて掘っていく。階段にしようとしたが、ドルルが止めた。コボルドたちがやるらしい。
だいたい一階層下まで到達してから、また水平に掘っていく。今度は小部屋にするため広げていく。
後ろからコボルドたちが木製の扉を持ってきた。部屋への出口に取りつける。
ドルルがなにか命じた。部下たちが宝箱を持ってくる。
「ははあ。それに金貨を入れるわけ」
ドルルは首を振る。古ぼけた鍵を取り出した。奥の扉を指さす。
「え、そこの鍵なの? あそこの鍵が同じ部屋にあるなんて、いくらなんでも単純すぎない?」
エヴェリーナに疑問に、ドルルは答えなかった。理由は知っているようだが、説明できるほど語彙がないのだろう。
それでは意思疎通に困る。あたしもコボルドの言葉を覚えようと彼女は思った。
奥の扉を開け、また通路を作りあげていく。
今度は時間がかかった。というのも、ある程度進んでは小部屋を作ったり、くねらせたりしたのだ。
さらにドルルはあちこちに仕掛けを施していた。大掛かりなものが多く、エヴェリーナは設置するための穴をいくつも穿った。
「ダンジョンって楽しいけど面倒なのね。鍾乳洞や自然の洞窟利用するのも当然か」
そこにあって当然だと思いがちだが、やはり人の手がかかっているのである。それらを仕切っているのがあのドラゴンなのだ。
地図上、真ん中付近まで到達した。ここはある程度大きな部屋にする必要がある。
「設置するのがたくさんあるのね。祭壇と鎧が二つ。石像も二つ。篝火をいくつか。この壺はなんだろ。あと鏡。……鏡?」
首を傾げる。ドルルたちはあらかじめ作っておいた祭壇を運び込み、中央に据える。
祭壇だが宗教的な意味合いはない。「なんだかそれっぽいもの」である。上には宝箱を置き、両脇に槍を持たせた鎧を並べ、離れたところに石像を設置する。
祭壇奥には浅く四角い穴が掘られ、その回りが背の低い石で囲われた。ドルルは壺を担ぐと、穴に中身を注いでいく。
「水……なの? なんだかやけにきらきらしてるけど」
わずかな篝火でも大きく反射する水であった。ドルルが注ぎ終わると、ちょっとした泉のようになった。
そして鏡は部屋の角付近にかけられた。
「あんな離れたところに鏡? なんに使うの?」
ドルルは「これでいい」とばかりに口をもごもごさせた。
ぼんやり見ているだけにもいかないので、エヴェリーナはさらに奥を掘っていく。だが途中で通路は終わり、図面に続きは描かれていなかった。
「あれ、先がない。これで良かったっけ」
「いい、終わり、すんだ」
部屋の奥はコボルドたちが細工を施し、さらに奥があるように見せかけている。しかし実際はすぐに行き止まりである。やけに中途半端なダンジョンとなっていた。
ドルルが部下たちに引き揚げを指示する。エヴェリーナもスコップを手にしたまま、ドラゴンの住居へ戻っていった。
「結構かかったな」
「だって慣れてなかったから。次作るときは、もう少し楽になると思うけど」
エヴェリーナはパンを食べながら答えた。
戻ってすぐ、ドラゴンはシャワーを浴びるよう告げた。といっても高いところから水が噴き出している場所があり、下で浴びるだけである。それでも土だらけになっていた彼女にはありがたく、遠慮なく使った。
ドラゴンはパンと干し肉、牛乳を用意してくれた。エヴェリーナはありがたくいただきながら、作業の内容を伝えた。
「中途半端に終わったのが、なんか収まり悪いんだけど」
「ディロックとやら踏破させないのが目的だからいいんだ。まだ続きがあると思わせ、達成感は与えない」
「あの鏡は?」
「それはじきに分かる」
食事を終えてから、エヴェリーナは自室に引き揚げた。ここもドラゴンにもらったものである。ベッドと簡素な机があるだけだが、寝起きするには十分だ。
壁を眺める。ひっかき傷が縦にいくつかついているが、これは来てから過ぎた日数である。ちょうど明日、ディロックはダンジョン探索を始めるはずだ。
(なにするか見たいな……)
ダンジョンに入ったあの世間知らずがどういう反応を示すか、ちょっと楽しみだ。恐らくは簡単に終わると思っているだろうが、そうはいくものか。
彼女は笑みを浮かべると、ベッドに潜り込んだ。