6-5 ドラゴンと戦おう 5
フジタは大きく羽ばたくと、前方に向かって突っ走る。荘厳な城が、どんどん大きくなってきた。
「城でどうする!?」
「真ん中あたりに大きいバルコニーがあるから、そこから中に入って! 広間に繋がってるの!」
「俺の身体じゃ無理だろう!」
「平気! 私が火薬いじってて壁壊したから!」
「危ないな!」
「あんなに爆発するなんて思わなかったんだもん!」
大きなバルコニーが目に入る。確かに不自然に巨大な開口部で、仕方なく大きくしたようにしか見えない。
フジタは滑り込むようにバルコニーから城内へ飛び込んだ。
「逃げて!」
飛び降りたエヴェリーナは広間に向かって叫ぶ。
「ドラゴンがやってくるから早く逃げ……いない!」
城は無人であった。使用人たちどころか、義父のグロームの姿もない。とっくに脱出したらしく無人だった。
「なによ、せっかくお嬢様が帰還したってのに」
「逃げて欲しいのか欲しくないのか、どっちなんだ」
フジタが呆れた。
オクトバー、コリーも背から降りた。ほぼ同時に、ハーネリア城が震えた。
「赤竜が来たな……」
オクトバーが天井を見ながら呟く。当然、そこから上空の様子はうかがえない。だがタナカが到達したことは疑いようがなかった。
「ここでどうする。この程度の天井じゃ攻撃を防げないぞ」
広間はクララホルト侯爵が軍の謁見にすら使うため、非常に大きくて天井も高い。それでもドラゴンの火炎に耐えられるとは思えなかった。
「コリー、あなたの魔術で火炎をどれくらい防げる?」
「私の精神力次第ですが、まあそこそこ。ただし火炎に集中すると瓦礫などは無理です」
「そっちはオクトバーがなんとかして。いい、私たちは広間の中央で……」
エヴェリーナは指示を飛ばした。時間が無いから一度しか言えない。皆が理解してくれるのを祈るのみだ。
また城が振動する。今度はもっと大きかった。
「来たわね。みんな用意して!」
エヴェリーナ自身は中央に陣取り、両脇にオクトバーとコリーが立つ。
さらに激しい振動。今度は立つのも困難になり、漆喰が降ってきた。
天井にひびが入る。ひびは徐々に大きくなり、裂け目となって広がった。
目が見える。横に細長く、殺意に満ちた眼光。赤竜のものだ。ハーネリア城の尖塔を突き破り、滋養総会を破壊し、天井を穿ったのだ。
タナカが吼えた。
「そこの人間! あいつはどうした」
エヴェリーナはなにも言わない。
「無言か。あいつの背中に乗っていた奴だな。教えればよし、さもなくば消し炭にしてやる」
「……あなた、なんで町を破壊したの?」
エヴェリーナは問う。
「フジタ……古代竜は町を壊したりしないわ。でもあなたは破壊して、人々を恐れさせている。どうして」
「ドラゴンとはそういうものだからだ」
タナカは答える。
「俺とフジタは元々世界を創造する側だった。だからここに転移させられたとき、フジタはおなじことをしようと、ダンジョンを作った。俺も同じことをしていたが、ふと思ったのだ。それではフジタに勝てない、以前と同じだとな」
ドラゴンの口から、ちらちらと炎がのぞいた。
「そんなことに意味はない。だから破壊する側に回ろうとしたんだ。そうしたらフジタのやつが冒険者をけしかけた。おかげで岩の中だ!」
「岩ったって5年もいなかったんじゃない? あなた人よりずっと長生きするでしょう!」
「3日だって耐えられん!」
口の炎が徐々に大きくなる。今にも吹き出しそうだ。
「だから俺はフジタごと、この地を葬ることに決めたんだ!」
「私たちだって生きてるのよ! 迷惑じゃない!」
「お前らはしょせんMMOのモブだ! くらえ!」
炎が放たれる。
広間が熱に満たされ、焼き尽くされていく。
エヴェリーナたちは無事だ。コリーが魔術を発動して、半透明の傘で守っている。石片や木片はオクトバーが防いだ。
「小癪な!」
タナカの赤い炎が威力を増す。
コリーの顔色が急速に悪くなった。精神力を消耗しているのだ。長くもたない。
エヴェリーナはポケットの中の水晶を握りしめた。コリーが疲労で膝をつく。
赤竜が天井から下に首を突き出し、さらに威力を強める。
「人はそれが限界だな!」
「……フジタ!」
エヴェリーナが叫んだ。
広間の横、奥まったところから古代竜が飛び出した。斜め上に飛び、タナカの首に食らいつく。
「くっ……フジタ!」
「お前はやることが下手すぎる! そんなだからバランス調整が悪いとクレームが入るんだ!」
フジタは噛みついたまま、タナカを床に叩きつけた。赤竜が口を開けたまま広間に押さえつけられる。
エヴェリーナは走った。まだ熱気が残っているがここしか機会はない。精一杯走ると水晶を投げた。
タナカは慌てて口を閉じたが、水晶は喉から奥に転がった。
そして。
いきなり赤竜の全身が輝く。灯りに照らされているのではなく、体の内側から光が放射されているのだ。タナカはしばらくジタバタしたが、光はどんどん大きくなって包まれていく。
「これ、どうなるの……?」
思わず呟いたエヴェリーナの身体を、オクトバーが抱えた。
「こいつはまずい、逃げるぞ!」
「えっと、あなたが封印したときはどうなったの」
「爆発した」
「早く言ってよ!」
急いでフジタの背中に飛び乗る。フジタは入ってきたバルコニーから外に抜け出した。
高空まで羽ばたく。同時にハーネリア城全体が光った。
轟音と衝撃。
城が煙に包まれ、土台から吹き飛んだ。衝撃波でフジタの体も揺さぶられ、三人は必死でしがみついた。
そしてエヴェリーナの眼前には、水晶が浮かんでいた。彼女の顔は、淡い光で照らされていた。
「これが……赤竜を封印した証ね」
オクトバーが呟く。
「封印した人の元に来るんだ。俺の場合は岩で、動かせなかったから、ダンジョンの奥に置きっぱなしにした」
「じゃあ私は、もっと誰の目にも触れないところに隠しておくわ」
彼女は水晶を、大事にポケットへしまった。
「これでようやく、赤竜が暴れるのを止められたわね。また冒険者ギルドの経営に戻れるわ」
「他にもやることありそうですね」
コリーが眼下を眺めていた。
ハーネリア城の城下町は四分の一ほどが破壊されていた。狙ったように新冒険者ギルドがあったところ一帯が瓦礫となっている。一部では火災が発生していたのだが、爆発の時の突風で消えていた。避難指示が早かったため、人的被害はほとんどない。
「そうね。町の復興に冒険者ギルドも手伝わなきゃ」
城下町の復興に亜人も加われば、住民の偏見もぐっと少なくなるだろう。人間と亜人が混在して暮らす町ができるのだ。そのための資金は、鏖竜要塞が出すことになる。
シルミナとディロック、そしてグロームは、財産の全てを失った。エヴェリーナはあとから教えられたのだが、ハーネリア城から財宝を持ち出す余裕がなく、爆発でなにもかも無くなったらしい。この騒動でディロックは大公家から跡継ぎの地位を剥奪され、同じように文無しになった。三人はついてくる召使いや兵士もなく、着の身着のままで王室領に向かったらしい。
「ハーネリア城は再建することないわね。さすがにお金がかかりすぎるわ」
「跡地に石碑でも建てたらどうだ。それくらいならいいだろう」
フジタが言う。エヴェリーナはうなずきながらも、ハーネリア城があったところを見た。
「いいんだけど……あれをまず調査しなきゃ」
爆発によって消失したハーネリア城。そこには地を貫くような深さをともなった大穴が空いていた。
そして一番下には緑色の大地があった。間違いない、地上とほとんど変わらない世界だ。木々が生い茂り、動物らしきものが駆け回り、草を食んでいる。
地底には別の世界があったのだ。ならばそこを調べ、分類しなければならない。
それは当然、冒険者ギルドの役目であった。




