1-4 ダンジョンの作り方 2
しばらくののち、エヴェリーナは泥だらけになって戻ってきた。
「作ったわよ!」
「早かったな」
「意外性と簡潔さを両立させたダンジョンができたわ。我ながら見事ね」
紙とペンを借りると、ドラゴンの前で図を描いた。
「入り口はここね。分かりやすく、通りやすいようになってるの。ちょっと歩くと床全部が落とし穴になってて、全員ここに落ちるってわけ。下には丸太を並べて先を尖らせておいたから、一人残らず串刺しよ!」
「他には?」
「これだけ」
「…………」
ドラゴンはため息をつく。
「落としてどうするんだ。人間たちが全滅するだろう」
「だってそのための罠だもん。ディロックはここに落ちりゃいいのよ」
「作法に反する! ダンジョンは人間の墓場でないんだぞ」
「違うの?」
「踏破できるかどうかぎりぎりにしなければならんのだ。それが達成感を生む。初心者向けは極端に簡単なものにする。さもないと、誰もダンジョンに来なくなるだろうが。需要と供給だぞ」
「つまんない」
「そういう問題ではない。ちゃんと教えてやるから、作ったのは埋めてこい」
「一人くらい引っかかるのが見たい」
「早く行け!」
エヴェリーナはぶつぶつ言いながらも従った。杭を引っこ抜き、入り口そのものを土で埋める。
戻ってくると、ドラゴンは大きな机の前に座っており、何枚もの地図を出していた。
「これは俺が最初に作ったダンジョンだ」
「ずいぶん簡単ね」
エヴェリーナが覗き込む。入り口の先は曲がりくねった道になっており、行き止まりが小部屋になっていた。
「一本道なの?」
「初心者どころか、そのへんの子供が潜り込んでも踏破できるようにしてある。なにも人生最初のダンジョンで、命を落とすこともないだろう」
「小部屋のこれなに? 宝箱?」
「そうだ。中は金貨」
「罠とかは?」
「小部屋の直前でモンスターに遭遇する。スケルトンが一体。突くと砕ける程度のものだがな」
ドラゴンは地図をくるくる巻いた。
「ダンジョンの基本は欲だ。踏破しているうちにあらがえなくなり、ダンジョンそのものが魅力となる。やがて繰り返し探索するようになるのだ。そう感じさせるためにも、まずは簡単なものからやらせる」
「あまり簡単なものだと飽きそうだけど」
「鋭いな。そのへんはうまく釣り合いを取らねばならん」
なるほどと彼女は思った。適当に設置しているのではなく、ちゃんと理由があった。
「でもあたしは、ディロックを痛い目にあわせたいんだけど」
「こつこつやった方が結果的には近道だぞ」
「もうすぐディロックが、ダンジョン探索をはじめんの。これ逃したら機会なくなるんだから」
「ふーむ、なら仕方ない」
ドラゴンはやれやれと言わんばかりに息を吐いた。身体が大きいものだから、突風のように感じる。
「それをさっさと片づけることにするか。ディロックとやらはいつやって来る」
「ええと、最短で3日後かしら」
そのあたりがディロックの誕生日なのである。ダンジョン探索を誕生祝いの余興にするだろうから間違いない。
「ダンジョンには詳しいのか?」
「ダンジョン踏破は貴族のたしなみだけど、ディロックははじめてのはず」
「一人か?」
「パーティー組むでしょ。腕利きが補助に就くと思う」
「ふむ。目的は失敗させることでいいのだな」
「うん。できればシルミナも一緒にやり込めたいけど、あの娘ダンジョンは入らなそう」
裁縫から陰謀まで、自分の手は動かさない娘だ。必ず誰かにやらせ、自分は成果だけいただくだろう。
ドラゴンは新しい紙を広げた。
「ならばある程度誘い込む構造がよかろう。補助のやつらと引き離したいな。ディロックは他人からああだこうだと指図されるのが嫌な性格か?」
「わりと」
「よしよし。ならば俺の言う通りに図面を引け」
「え。どうやんの」
「この紙は方眼紙と呼ばれるものだ」
ドラゴンの広げた紙は大きく、薄い縦線と横線がいくつも引かれていて編み目になっていた。
「数をかぞえながら線を引けば恰好がつく」
「へー。はじめて見る」
城には各国の貴族が多く訪れ、手土産を持ってくる。だから珍品には馴染みがあるが、これは初見だった。
「こんなのどこにあるの」
「印刷させた」
「へええ」
侯爵領内には印刷屋があるし、彼女も印刷され製本された歴史書を見たことがある。しかしこれは知らなかった。
よく見ると紙は薄くてつやつやしてるし、描かれた編み目は薄いがかすれてはいない。かなりの技術であった。
「簡単なものだけどすごいわね」
「そこにペンがある。言う通りに書いて見ろ」
エヴェリーナは素直に従った。慣れない手つきであったものの、やがて紙の上にダンジョンの地図ができあがった。
「複雑なような、そうでないようなダンジョンね」
彼女はしみじみと眺める。
「最初は楽だけど、進むにつれて難しくなるのこれ」
「そんな感じだな。いきなり難しくして、引き返されたら困るだろう」
「腕利き連れて行くから、結局踏破されちゃうんじゃない」
「このあたりに仕掛けがある」
ドラゴンは前足の爪で、地図の中央あたりをこつこつ叩く。エヴェリーナはその場所を見つめた。
「いまいち分かんない」
「実際に作ってみればわかる」
「私一人だけじゃ時間かかりそう」
「コボルドたちに手助けするよう頼んでおく」
「じゃ、さっそく行ってくるわ」
彼女は魔法のスコップを担いだ。