5-12 シルミナのうごめき 4
なにゆえディロックはダンジョンへ出発したのか。話は少しさかのぼる。
シルミナの元へもたらされる報告は、悪夢みたいなものばかりであった。
まず膨大な費用を注ぎ込んでいた新冒険者ギルドがとうとう長期閉鎖に追い込まれた。金の問題もさることながら、ならずものを呼び込んだ仕組みが問題視されたのである。暴動と鎮圧、結果としての荒廃は新冒険者ギルドに端を発しており、言い訳のしようがなかった。
「うまくいくはずだったのに……! きっとエヴェリーナの仕業ですわ!」
シルミナは父親とハウベ大公の前で泣きながら訴えた。これは正しかったのだが、財布の紐を握っている側にとっては意味がない。長時間の説諭と共に、新冒険者ギルド本部には封鎖された。ハウベ大公家の担保物件になるというおまけ付きである。
クララホルト侯爵家は、これからも城下の再建費用等で支出が予定されていた。だが財政にはまったく余裕がない。そんな中、ディロックがシルミナに結婚を申し込んだのは、天からの恵みと言うべき慶事であった。
「実にめでたい。我が家の危機はこれで脱した」
父グロームは手放しで喜んだが、シルミナはそうでもない。彼女が承諾したのは他に選択肢がなくなっていたからであった。
「もっと他にいい男がいたかもしれないのに……!」
零落しつつあるものに貴族は冷たい。シルミナはディロックとハウベ大公家によって生かされることになるのだ。
改めて決定された婚姻だが、ディロックはまたもダンジョンを攻略しなければならない。これだけはどうあっても変更しようがない。シルミナは不安に襲われていた。
反対にディロックは自信に満ちていた。
「僕は以前の僕ではない。あれから研鑽を繰り返して大きな自信を得た。どのようなダンジョンでも攻略してみせる」
「頼もしいですわ、ディロック」
心中はどうあれ、シルミナとしてはそう言うしかない。
ディロックは婚姻よりも、ダンジョン攻略の準備に熱心だった。
「結婚式は他のものでも準備できるけど、ダンジョンは僕がやらないと」
フィーリーに任せっきりだった前回に比べれば、確かに進歩と言える。もっともまた頼ろうにもフィーリーはいないのだが。
同行する冒険者たちは大金を積み、ハウベ大公領から連れてきた。そこらのならずものではない、本物の冒険者である。
食料、宿泊用具などの準備も怠らない。武器と防具は予備も用意した。以前とはまったく違う周到さに、シルミナは少し見直した。
「おや……これはなんですの?」
シルミナが見つけたのは、ディロック専用の武器だった。
細く長い筒で、一方の先端に穴が開いている。もう一方には湾曲した台座のようなものがついていて、下部には指で引っ張る掛金のような金属がのぞいていた。
ディロックは自慢げに説明した。
「これは魔炮銃というんだ」
「マホウジュウ……?」
「後ろのここの部分に魔力を封印した水晶を入れる。穴の開いた方を敵に向けて引き金を引くと、魔力の火球が発射されるんだ。どんな強大な敵でも倒せる」
彼は筒の下側を片手で支え、もう片手で引き金を引き、見えない敵に向かって撃つ真似をした。
「はじめて聞きました」
「妖王朝時代に作られたんだ。今は誰にも作ることができない。それほど貴重で、強力なんだ」
「以前の剣はどうなさったのです。あの宝剣は」
「あれは売った。他にも家宝をたくさん売って、その金で買ったんだ」
「そこまでなさらなくても……」
「君のためだからね」
ディロックは言い切った。
「これさえあれば恐れるものはない。婚姻前の儀式として、ダンジョンに赴こうと思う」
「どちらに向かわれるのですか」
「鏖竜山脈の北だ。そこにまだ誰も攻略していないダンジョンがある」
「難しいのでしょうか」
「かなり難しい。冒険者ギルドがプラチナ1に認定したほどだ。王国でも三指に入る」
冒険者ギルド、つまりエヴェリーナの決めごとに乗っているようで、シルミナには面白くない。顔が屈辱に染まるのをかろうじて堪えた。
「……そ、そんな危険なところではなく、もっと別なところがありますわ」
「僕は前に醜態をさらした。あれよりもっと困難で危険なところを攻略しなければ、面目が立たない。貴族たちも王室も認めてくれないだろう。だから行くんだ」
「冒険者ギルドとやらが認定したダンジョンでしたら、ギルドに加入していなければ、攻略できないのではありませんか?」
また失敗されていらない恥をかかされたくない。シルミナの本音はこうだった。
表向きはディロックを心配しているように見える。そのためか、彼は何度も安心するように告げた。
「ギルドに入っていなくても、攻略はできる。ギルドも止められない」
「……そこまでおっしゃるのでしたら……」
「あと、実は極秘の情報を得た。すでに何組かも冒険者が挑戦して失敗している。プラチナ1だから当然だろう。そのうちのひと組が、ダンジョン内にはそこにしかない泉があるって言うんだ」
「泉……ですか」
「ああ。『ともしびの泉』と言うらしい。古王朝時代の伝承本に書いてあるんだけど、婚姻前の汚れなき男女が、泉の燭台に蝋燭を乗せて火をつける。すると二人には永遠の繁栄と目も眩む財宝が手に入ると言われている」
「本当でしょうか……」
「ただの伝説だとおもわれていた。でもついに見つかったんだ。ダンジョンを攻略して火をともせば、僕たちは王国で一番の夫婦になれる」
ディロックは目を輝かせながら、シルミナの手を握った。
「僕と一緒にダンジョンに入ってくれ」
「ええ……ええっ!?」
シルミナはおしとやかさを忘れ、大声を出した。
「わたくしにもダンジョンを攻略しろと!?」
「二人でだよ。同行して欲しい。先頭や罠の解除は僕と冒険者でやる。君はただいればいいんだ」
「いっ、嫌ですわ! そんな愚かなこと……」
「二人で火をともさないと意味がない。王国中に婚姻を認めさせるには、こうするしかないんだ」
ディロックは必死で懇願していた。
シルミナにも理屈は分かる。一度失敗しているのでもっと上回ることをしないと、帳消しにできないのだ。プラチナ1のダンジョンをはじめて攻略し、泉の燭台に二人で火をともせば、誰にも否定できない功績となるだろう。王国の貴族史にも必ず記される。
だからと言って自分も行くべきだろうか。だが泉の伝承が本当なら、二人でともせば、名誉と財宝が手に入る。
「……分かりましたわ」
シルミナは熟考の末、承諾した。
「わたくしも同行します。足手まといになるかも知れませんけど……」
「平気だ。君がいてくれるだけで勇気百倍だ。これでプラチナ1だろうと攻略したも同然、僕たちの未来は明るい」
安心して欲しいとディロックは繰り返した。
ディロックのパーティーはシルミナを加えて、ダンジョン攻略に出発した。むろん彼らのことは、エヴェリーナによってしっかりと追跡されていた。




