5-3 シルミナのうごめき 3
「ふふふ……エヴェリーナの唖然とする顔が見えるようね」
ハーネリア城の自室で、シルミナは独りごちていた。
妨害が失敗した後の彼女は、大幅に方針を変更した。直接エヴェリーナを倒すのは止め、情報を集めたのだ。
さすがに以前おこなったような、ファブの森やカラベルの村へ兵を送る真似はしなかった。その代わり城下や王都に派遣し、冒険者ギルドの評判を集めた。
集まってきた情報は、どれもシルミナを苛立たせるものだった。曰く、「ギルドのお薦めダンジョンは攻略しやすい」「ギルドの装備は使いやすい」「効果的な魔術を教えてもらった」「酒場の料理が全部うまい」等々。
エヴェリーナのやっていることが成功するのは、シルミナにとって屈辱的なのだ。特に料理の質の高さが怒りをよりかき立てていた。料理人のイーレイを解雇してからというもの、城の食事は低下の一途をたどっているのである。
腹を立てた彼女は冒険者ギルドに軍隊を送ろうとした。が、それはさすがに反対意見が出た。冒険者ギルドはクララホルト侯爵領にも王国にも害をなしていない。いきなり軍で鎮圧させるのは領民や他の貴族から反発されてしまう。特にクララホルト侯爵家を快く思っていない貴族は、好機とばかり王へ讒訴するに違いない。そうしたら王と貴族が懲罰の軍を送ってくる可能性すら出てくる。
そこまで言われてはシルミナも断念せざるを得なかった。悔しさの余り夜も寝られなくなった彼女だったが、心の中に別の計略が芽生えることになる。
それが「新しい冒険者ギルドを作る」ことであった。
商売敵を作って客を奪えば、エヴェリーナの冒険者ギルドは立ち行かなくなる。なにも切ったはったをする必要はない。冒険者さえいなくなれば、カラベルの村は自然と寂れて元の廃村同然の場所になるだろう。生き甲斐と収入源を失ったエヴェリーナは、今度こそ野垂れ死ぬ。
以上のことを思いついたシルミナは得意の絶頂だった。さっそく城の兵士に命じて新冒険者ギルドを作ろうとしたが、肝心の兵たちがうんと言わない。自分たちは戦うことが使命であって、経営ではないと答えたのだ。
激怒したシルミナは兵士たちの多くを解雇したものの、人材が不足しているのは確かだ。城内の召使いを使おうとしたが、こっちも辞める人間が多くてどうにもならない。新しく雇用したものたちは、そもそも腹の内が分からなかった。
「だったら僕の部下を使って欲しい」
そう言ってきたのは、なんといなくなったはずの婚約者、ディロックであった。
「僕は再び、君にふさわしい男となるために帰ってきたんだ」
ハーネリア嬢の広間で面会したシルミナに、ディロックはそう告げた。
「さきほどここの召使いから、新しいギルドを作りたがっていると聞いた。我が家の財は全て君のためにある。遠慮なく使ってくれないか」
「まあ……ディロック。そんなことを言って下さるなんて」
とっさに顔を伏せたのは、驚いた顔を隠すためである。ただ驚いたのではなく、のこのこ戻ってきた厚顔さにも呆れたのだ。
父グロームは、ディロックが戻ってきた理由について話した。
「あれからディロックは強い婚約者となるべく武芸に励み、生まれ変わったと聞いた。ハウベ大公からもよしなにと頼まれている」
必要なのは商才であって武ではないのだが、部下と金が使えるのだから悪い話ではない。さらにシルミナは知らなかったことなのだが、事前にハウベ大公からクララホルト侯爵家に多大な贈り物がされていた。シルミナの無駄遣いで財政に余裕がなくなりつつあった侯爵家にとって、ありがたい申し出でもあるのだ。
シルミナはなんとか平静を装うと、かつてディロックを虜にした笑みを作った。
「ディロックの申し出には本当に感謝します。ですがこれは私のわがまま。あなたとハウベ家に負担をかけるわけにはいきません」
「そんなことを言わないで欲しい。どれだけのわがままだろうと、婚約者のことなら実現させるのが僕の務めだ」
婚約は破棄されたのではと思ったが、もちろん口にはしない。
シルミナは小走りに駆け寄ると、ディロックの手を取った。それからはっとした仕草を見せる。
「まあ、私ったらはしたない……つい嬉しくなってしまいました」
「君の気持ちは十分伝わっている。さあ、共に冒険者ギルドを作りあげようじゃないか」
こうして新冒険者ギルド計画ははじまった。
豊富な財力を生かし、城下の一角を立ち退かせて大きな建物を築いた。そこを新冒険者ギルドの本部とし、人を雇い入れる。今度はハウベ大公家という後ろ盾があるのだから、費用も心配しなくていい。贅をこらした建物とし、高い給金を四方に知らせた。特に王都にはチラシを大量に撒き、耳目を引いた。
目論見通り、新冒険者ギルドは多くの人間を引きつけた。押し寄せる人の群れで、周辺はいっぱいになっている。シルミナは馬車を仕立てると街中に繰り出し、窓からその様子を眺めていた。
「どうやら今度こそ私の勝ちのようね。お姉様、今度こそ地に這いつくばらせて差し上げますわ……おほほほほ!」
一人で凱歌をあげるシルミナ。だがその様子は、他ならぬエヴェリーナにも見られていた。




