4-8 新しい人を雇おう 3
ハーネリア城の一室。シルミナは苛立たしげに兵士を呼んだ。
「あのエルフから連絡はないの? ここから姿を消してから、ただの一度も報告がないわ」
「先ほど、この手紙を届けに来ました」
兵士が折り畳まれた手紙を差し出す。シルミナが眉根を寄せる。
「エルフはどこにいるの」
「警備の兵にこれを渡した後、すぐにいなくなったそう。返事をもらうときに、また姿を見せると」
「読みなさい」
「はい。『エヴェリーナ嬢の所在は掴みました……』」
ハイニーレーンは、エヴェリーナの居場所が分かったこと、彼女が護衛も付けずにあちこち移動していることを報告していた。移動にはもっぱらグリフォンを使い、数名の冒険者とは親しげにしていることも併せて書かれていた。
シルミナの顔が歪む。
「内情を探れと言ったけど、この程度のことを知っても仕方ないわ。私が知りたいのはエヴェリーナの弱点。落ちぶれてさせ、のたれ死なせたいの」
「そのことも記されています。もし希望するならば、近日中に、エヴェリーナと冒険者ギルドに大きな損害を与えるそうです」
ようやくシルミナの表情が和らぐ
「本当なのね」
「ですが、追加の報酬が欲しいと」
「なんて図々しい」
「拒絶しましょうか」
「待ちなさい。払うから働くよう伝えるのです。ただし本当に払う必要はありません。あとで適当な理屈をつけて追い払いましょう」
「しかし、あれほどの魔術師との約束を破るのは」
「いいと言ったらいいのです。冒険者ギルドとやらの場所は分かるのよね」
「はい。チラシを手に入れましたので」
「ならば、こうするように」
シルミナが兵士に命じた。
「ただちに」
「今度こそエヴェリーナを落ちぶれさせて、二度と私が名を見ることのないようにしなさい」
兵士は深々と頭を下げた。
◇ ◇
数日後の夜。
カラベルの村の夜は極端で、一晩中騒いでいる日があると思えば、日暮と共に死んだように静かになる日もある。冒険者の数が多いと夜中も酒場が開いており、全員ダンジョンに出かけていると早々に店じまいするためだ。現在のところ、ギルドに隣接している金鳩亭以外に店はなく、ここが閉まると出歩く理由がなくなる。
海堂から離れており、かつまだまだ知られていない村だから、深夜は本当に静まりかえる。今夜は月もなく曇りなので星明かりもない。どうかすると自分の足元すら見えなくなりがちであった。
資材置き場の一角に、うごめく影がある。
正確は廃材の置き場である。建築の最中に出た木屑や端材などをまとめて保管してあるところだ。これらは捨てるわけではなく、業者に売るか焚きつけに使う。
動いているのは人影であった。山と積まれた端材に隠れるかのように、こそこそしている。異様なまでに周囲を警戒しており、足音を立てないようにしていた。
しばらく周囲を観察し、誰もいないことを確認すると、懐から麻の袋を取り出す。
中から金属製の小箱を取り出す。火蓋を開けると赤く揺らめくものが見える。
火種だ。木炭が燃えている。影は炭を端材の真下に置くと、さらにけば立たせた小枝を近づけようとしていた。
不意に、影の真横に別の人物が出現した。
その人物は影に躍りかかり、小枝をはたき落とす。影は反撃しようと懐から短剣を取り出したが間に合わない。それも掴まれ、手をねじられて落とした。
影が不利を悟り逃げだそうとする。その足を蹴られて点灯した。
「動くなーっ!」
カンテラの明かりが煌めく。
「証拠を押さえたわよーっ!」
エヴェリーナだった。先頭切って走ってくる。その後ろからフィーリー、そしてコリーが駆けている。
「毎晩見張ってたかいがあったわ! 火をつけようなんて不届きな! あたしのギルドを失敗させようなんて、シルミナの陰謀でしょう! ハイニーレーン、大人しく降参して……あれ?」
彼女が足を止めた。
目の前にはハイニーレーンがいる。だが彼女は別の男を組み敷いていた。男の下には短剣、手には火種を収めていた小箱が握られている。
つまり男が火を点けようとしており、止めたのがハイニーレーンなのだ。
ハイニーレーンは口の中でなにごとか唱える。男が見えない鎖で縛られたように動かなくなった。
「どうも、エヴェリーナさん」
ハイニーレーンの口調はいつもと変わらない。エヴェリーナは戸惑った。
「どうも……」
「放火しようとした不審者を捕らえました」
「そ、そうなんだ……」
男が犯人なのは見れば分かった。
だが予想と違う。放火犯を捕らえている側が犯人だと思って、現場を押さえようと隠れていたのである。
エヴェリーナはコリーを呼び寄せた。耳元に囁く。
「ハイニーレーンが犯人じゃなかったの?」
「そうだと思ったのですが……」
聞こえたらしく、ハイニーレーンがわずかに笑う。
「コリー、私が放火犯だと思ってました?」
「……実はそうです」
「でしょうね」
彼女は指を動かす。見えない力に操られて、犯人はふわりと浮かんだ。
「とりあえずギルド本部まで行きませんか。ここは暗いです」
ギルド本部に移動した。何故かハイニーレーンが先頭だった。
犯人を使われていない小部屋に放り込む。閉店した酒場に入った。
誰もおらず暗い。いくつかのカンテラに火を入れて、ようやく明るくなった。
「聞きたいことはだいたい分かります」
ハイニーレーンが機先を制するように喋る。
「まず私はシルミナに雇われました。エヴェリーナさんとギルドを調査するためです」
「どこでギルドのこと知ったのよ……あ、チラシか」
「はい。私は通り一遍の報告だけして、シルミナの出方を注意深くうかがっていました。あの方は猜疑心が強く吝嗇です。私のことを全面的に信用することはせず、別の手を使うだろうと考えました」
「最初の放火はあなた?」
「いいえ。あれは本当に薬草を採りに行った帰りに発見したのです。シルミナの手下の誰かだろうと推測しました。もう一度やると考えて、私も見張っていたのです」
毎晩透明になる魔術を使って監視していたため、それなりに疲労したと彼女は語った。
「思った通り、やってきたのでこうして捕らえました。ハーネリア城で見た顔ですから、シルミナの手下に間違いありません」
エヴェリーナはまだ疑問があったので質問した。
「どうしてシルミナを裏切る気になったの」
「というより、はじめから従うつもりはなかったのです」
「なんで」
ハイニーレーンがコリーを見る。
コリーは咳払いをした。
「……呼びましたから、すぐに分かると思います」
「呼んだってなあに?」
酒場の扉が大きく開く。
息を切らした冒険者たちが駆け込んできた。
「エヴェリーナ、村が放火されたって……ハイニーレーン!?」
「久しぶりですね、オクトバー」
ハイニーレーンは淡々とした口調を変えずに返事をした。
◇ ◇
金鳩亭に人が増えたので、レザーラがハチミツを水で薄めて温めた飲み物を出した。
「あなたたち知り合いだったのね。ハイニーレーンが冒険者だったのって、本当だったんだ」
「ええ」
ハイニーレーンは答える。
「私もオクトバーのパーティーにいました」
「どうしていなくなったの」
「先ほど、はじめからシルミナに従うつもりはなかったと言いましたが」
彼女は露骨に話を逸らした。
「オクトバーたちのいるギルドに害をなすつもりはないからです。シルミナの部下を見かけたのは偶然ですが、どうやらエヴェリーナさんと対立している様子でしたので、接触して探ろうと考えました」
「チラシを配りすぎるのも考えものね」
「いいチラシでしたよ。私も入る気になったくらいです」
ハイニーレーンがオクトバーを見つめる。
「あなたがギルド長とは、似合わない役職ではないですか?」
「やってみるとそうでもない。みんなが助けてくれる」
オクトバーが答えた。隣のホグレンもうなずく。
「結構楽しいぞ。冒険ができなくなるわけでもないからな」
「あなたたちが冒険に急ぐ姿は、私にとって眩しいものでした。生き急ぐ人間の姿は、エルフには真似できないものです」
「なにもわしらから離れることはなかったんだ」
「未練がないと言えば嘘になります」
もう一度オクトバーを見る。彼は正面から見返さず、目を逸らした。
エヴェリーナがまた質問した。
「もう一度訊くけど、なんでパーティーからいなくなったのよ」
ハイニーレーンは答えずに、コリーの隣に立つ女性に話しかけた。
「こんばんは、レザーラ」
「…………」
レザーラは飲み物を持ってきて以降はずっと無言だった。ようやく口を開く。
「どうも」
「変わりない?」
「見れば分かるでしょ」
「エルフにとって、あなたの姿を見なくなったのは、ほんの数日前みたいなもの」
「変わったわよ。りんご酒を飲まなくなった」
「おいしいのに」
「飲むとあなたを思い出すから」
ハイニーレーンは黙った。
会話の最中、オクトバーはずっと居心地悪そうにしていた。ホグレンはしきりと斧に指を走らせているが、まるで意味のない行為だ。
仕方ないので、エヴェリーナはコリーに話しかける。
「あの二人仲悪いの?」
「良かったですよ」
「過去形?」
「今も憎み合ってるわけではない……と思います」
ハイニーレーンとレザーラは、もう言葉を交さなかった。
空気が緊張感を帯びてきたので、解消しようとエヴェリーナは咳払いする。
「えーと、とりあえず捕まえた男にはイービルアイで催眠をかけてから、シルミナのとこに戻すわ。またなにかされるかもしれないから、やっぱり見張り立てないと」
「夜に効果を発揮する結界を張りましょう。不審者を感知できるようにします。ひと月に一度、張り直す必要がありますが」
ハイニーレーンが言う。エヴェリーナは驚いた顔。
「あら。じゃあこれからもここにいてくれるのね」
「差し支えなければ」
「人手不足だし、あなたの実力はフィーリーもかってるから歓迎よ。レザーラもいいわよね」
「どうして私に聞くの」
「なんとなく」
「エヴェリーナがいいなら、私は反対しない」
「じゃあこれで決まりね、明日からまたギルドは忙しくなるわよ」
エヴェリーナは強引に締めくくった。
皆が引き揚げようとするとき、彼女はオクトバーを呼んだ。
小声で訊いた。
「あなたが原因なのよね」
「なんのことかな」
「とぼけんじゃないの」
「聞かないで欲しい」
「ダンジョンの管理者として知る必要があるのよ」
「関係あるのかなあ」
「さっさと話しなさい」
「……まあ、いずれ」
オクトバーはそれ以上言わず、酒場から出て行く。エヴェリーナはがっかりしたものの、それ以上聞き出せるはずもなく、今は諦めるしかなかった。




