3-10 シルミナのうごめき 2
シルミナに調査を命じられた兵士は常々、給金の少なさを嘆いていた。以前はそれなりにもらっていたのだが、雇い主のシルミナは渋ちんで、自分の婚姻に金が掛かると言っては給金を下げ、破綻になったからとまた下げた。腹に据えかねたので、機会を見て職を辞そうと考えているところであった。
兵を辞めたところであてはない。なので冒険者となり一攫千金を目指すかと思っていた。大規模な戦争かモンスター討伐でもない限り兵士に出番はないが、冒険者は多くの小競り合いと戦闘を経験する。だから身の危険はあるがその分実入りはいい。なにより自分の力で切り拓くという生き方が、若い兵にとっては魅力だった。
渋々ながらも鏖竜山脈への調査を請け負ったのは、将来ここでダンジョン探索をする可能性があるからだった。でなければ、このような未開の地、とても行こうとは思えない。
鏖竜山脈へは数日かけて行かねばならない。西へと続く街道は、進むにつれて整備がおざなりになり、荒れていく。そこがまた未開の地へおもむくようで、高揚感と緊張感をもたらせていく。
ふと前を見ると、数名の男女からなるパーティーが街道脇で休息していた。兵士は彼らに話しかけた。
「やあ。あんたら、土地のものか?」
年かさの男が首を振る。全員武装していているから、やはり冒険者だ。
兵士はさらに質問した。
「このあたりで女性を見なかったかな。と言っても、子供のような年で、外見は高貴なお方なんだが」
「高貴な女性ならここにいるけど」
弓を背負った冒険者が自身を指さす。他の二人がどっと笑った。
「私じゃないとしたら見なかったねえ」
「東の方にずっと行くと、城があるだろう。あそこのクララホルト侯爵様のご令嬢なんだが」
「ご令嬢がこんなところにこないだろ」
「シルミナ様じゃなくてエヴェリーナ様なんだ。事情があって、もう城にいないんだが、ここらでグリフォンの背中に乗っていたのを見た人がいるんだよ」
「へえ」
と言ったのは、肉厚の長剣を抱えた若い男だった。先ほどからずっと、木のカップに入れた白湯を飲んでいる。
「グリフォンなんて人里にはいなくても、山奥には結構いるもんだ。人間見かけたら食っちまうぞ。その令嬢とやらも生きちゃいないだろう」
「俺もそう思うんだが……」
兵士は落胆した。この冒険者たちは、はなからエヴェリーナのような少女がいるはずないと信じている。兵士もそうだと思うのだが、シルミナの命令なのだから手がかりくらい持ち帰らないと、また給金が減らされる。
簡単に礼を言うと、冒険者たちから離れ、林の奥へと進む。背中に声がかかった。
「あんまり行くとモンスターと出会うぞ。ほどほどにしておくんだ」
言われなくなっても分かっているが、どうしようもないのだ。
腰の剣に手をやる。大量生産品で兵士として雇われたときに支給されたものだ。ろくに研いでいないからなまくらだろう。それでもないよりはまし。
いつの間にか、空が暗くなりつつある。同時に枝の擦れる音、遠方での狼の遠吠えが聞こえるようになった。
どういうわけか、物音は昼より夜の方がよく聞こえる。だが人間は本来夜動くようにはできていないので、行動を鈍らせつつあった。
兵士の心におびえが浮かぶ。汗が背中を流れる。反対に喉はからからになり、唾液も出なくなった。
不意に眼前が開けた。
「うわっ!」
目の前にひと抱えもあるような、巨大な目玉が浮かんでいた。
噂に聞いたイービルアイだ。そう思う間もなく、兵士は一つ目に吸い込まれる感覚に襲われ、やがて意識が混沌となった。
◇ ◇
「兵士は追い払いました」
フィーリーがイービルアイと共に戻ってくる。エヴェリーナは「ご苦労様」とねぎらった。
イービルアイは催眠を得意とするモンスターだ。シルミナが派遣した兵士を催眠状態にし、鏖竜山脈周辺にはなにもないと思い込ませて戻らせた。これで十分なはずだ。
試作ダンジョンに入っていたオクトバーたちも戻ってきた。
「ダンジョンの中、全部歩いてきた。二、三か所罠を追加した方がいいとろがあった。あと宝箱の種類を増やすべきだと思う。同じ形だけじゃ飽きる」
オクトバーは紙の束をエヴェリーナに渡す。一覧にしてくれたようだ。
「あと、ついでに外のどのあたりにダンジョンの入り口を作った方がいいか、調べていたんだけど」
「あら、ありがと」
「クララホルトの城から来たって兵に会ったぞ」
「その人なら追い払ったわよ」
「君を探しているって言ってたな。とぼけておいたけど」
「探すって……」
そこで誰が命令したのか気づいた。
シルミナだ。あの娘が様子を見に行かせたに違いない。エヴェリーナ追放を一応成功させながらも、確実にしようとしている。ひょっとしたらどこかでエヴェリーナの姿を目撃したのかもしれない。
エヴェリーナは考えた。予感は正しかった。鏖竜要塞の管理者となったが、やはり邪魔が入りそうだ。
「シルミナ相手の対策も進めるか……」
小声で呟く。忘れないようにしようと思った。




