3-6 フィーリー失職する
「失敗したのはディロックだが、お目付役のお前もまた任を果たさなかった。これ以上城に置いておくわけにはいかない」
グロームにクビを言い渡されたフィーリーは、反論も抵抗もしなかった。そうだろうな、と思っただけである。
気絶していたディロックが、大袈裟なことを言いはじめたときから、怪しいとは感じていた。ただ身分が違うので黙っていたが、結果的にそれが職を失う原因となった。侯爵家の当主から見れば、許しがたい失態なのである。
フィーリーの家族はずっとクララホルト侯爵家に仕えていた。だがしょせんは庶民。替えの利く人材だと認識されている。彼は城のみならず、領内や王国にいたるまで多くの事柄に精通しているのだが、関係なかったらしい。
彼の父と母はすでに亡い。薄暗い部屋にある財産は、貧相な布袋に全て入る。肩にかけると、城から出た。
ただひたすら歩く。行くあてはない。蓄えもそんなにない。どこかで召使いとして雇われるか、いっそ物乞いでもするかと思っていたら、頭上が陰った。
バッサバッサと派手な音がする。見上げてフィーリーは仰天した。巨大な鳥が、まさに下りてくるところだったのである。
「グ、グリフォン!?」
怪鳥グリフォンは高山にしか棲息しないモンスターだ。どうしてこんなところまで飛んできたんだと驚く前に声がした。
「いたいた、フィーリー!」
「……エヴェリーナ様!?」
グリフォンの背にはエヴェリーナが乗っていたのである。
「あなたが城をクビになったって聞いて、探したのよ。見つかって良かった」
「いったいどちらにいたのですか」
「説明するから乗って」
フィーリーはおっかなびっくりグリフォンの背にまたがる。エヴェリーナがグリフォンの首のあたりをポンポン叩くと、ふわりと浮かんだ。
高度を取る。眼下の森や街並みが小さくなった。落ちたらただではすまないのでフィーリーは必死になってしがみつく。エヴェリーナは平然としていた。
「あなたみたいな有能な家令を解雇するなんて、お義父様も人を見る目がないわね」
「どこに行くのですか……」
「職がないんでしょう。世話するわ」
グリフォンは東に向けて飛行する。
フィーリーにとってははじめての経験だ。城の鐘楼に登ってもこんなに高くない。気温も低くて、彼は時々皮膚をさすって温めなければならなかった。
前方に鏖竜山脈が見えてくる。
山の中腹あたりに、大地のような平坦な場所があった。グリフォンが高度を下げ、そこに着地する。
フィーリーは背から滑り降りた。口を開けぽかんとしたまま、周囲を見回す。
「エヴェリーナ様はこんなところに住んでいるのですか……」
「そういうこと。あんたたちがダンジョンに入ったところも見ていたわよ」
木製の扉を開け、エヴェリーナは入っていく。戸惑うフィーリーに、ついてきてと言っていた。
内部はまるで城の中のように、石造りの廊下があって、等間隔に部屋がしつらえられていた。壁は一部岩が露出しているが、表面が加工されてつるつるしている。かなりの職人が手を入れたようだ。
エヴェリーナは「ここがあたしの部屋」と招き入れた。フィーリーを座らせると、手ずからお茶を注ぐ。彼は恐縮して受取った。
飲むのもそこそこに、さっそく質問した。
「僕たちのダンジョン攻略を見ていたというのは、最初から最後までなのですか」
「まあね」
「ディロック様の失敗もですか? 仮にも婚約者だったお方ですよ」
「そのディロックをやり込めるために作ったんだもん」
驚くフィーリーに、エヴェリーナはどうしてここにいるのか、なにをしているのかを全て説明した。
「まあそんなわけで、ドラゴンにここの管理を任されたってわけ」
「騙されてませんか? あとでドラゴンの餌になりませんか?」
「まさか。あたしを食べるつもりならとっくにやってるわよ」
「それはそうですね」
「でね、人間は私一人しかいないから、ちょっと不便なの。それに頭が良くて気の利く人も必要だから、あなたを鏖竜要塞で雇いたいってわけ」
エヴェリーナは「どう?」と訊いた。
フィーリーに選択肢はなかった。というか、断わっても先がなかった。家もなければ財産もない。数日もすれば食うや食わずの状態で行き倒れルのは目に見えている。
ここにいれば雨露をしのげるし、賃金以外にも三食を保証されている。いずれ家庭を持つことも不可能ではあるまい。
それに彼は、エヴェリーナに好感を持っていた。
「分かりました。お世話になります」
承諾に、エヴェリーナは大きく胸を撫で下ろした。
「あー良かった。断わられたらどうしようかって思ってた。第二候補なんていなかったし」
「城と同じような働き方でいいですか?」
「もちろん。そこら辺に地図貼ってあるから、あとで見て回って。それと急ぎの仕事があるんだけど」
エヴェリーナは試作ダンジョンを作ったことと、試す人間が必要だと話した。
「あなたの伝手で、こういう検査の冒険が得意な人いない? ここに住んでもらう必要あるんだけど」
「それならうってつけの人材がいますよ」
フィーリーはすぐに思い当たった。
「ディロック様と一緒にダンジョンに入った冒険者たちが適任です。全員場数を踏んでいますから間違いありません」
「口軽かったらまずいんだけど。鏖竜要塞は知られたくない」
「信用できない冒険者もいますが、彼らは守秘を売りにしていますから大丈夫です」
「じゃあ連れてきてもらえる? さっきのグリフォン使っていいわよ」
彼はたじろいだ。
「え……また乗るんですか」
「だって楽しいわよ?」
エヴェリーナの顔を見ていると嫌とは言えない。フィーリーはぎくしゃくしながらうなずいた。




