3-1 要塞を見てみよう 1
「冒険者ギルドなんだから、やっぱり本部が必要ね」
「まあそうだな。だが冒険者をここに連れてくるわけにはいかんぞ」
「そういやここの中って、よく知らないわね」
「案内しよう」
ドラゴンはエヴェリーナにそう言うと、ダンジョン内の案内をはじめた。
二人のいるところはダンジョンではあるのだが、誰かに見つけてもらうために存在するのではない。ダンジョン建設のための様々な資材が置かれ、コボルドら技術者が居住し、罠や魔法の開発などをおこなう研究施設まで設置されている。居住のための区画も当然あって、町をまるごと内包していた。
「俺はここを鏖竜要塞と名付けた」
「誰か攻めてくるわけじゃないでしょう」
「要塞って単語に憧れていたんだ」
ドラゴンなのに、照れたような笑みを浮かべていた。
鏖竜要塞は鏖竜山脈の真ん中あたりに位置する。大半は地下にあるが、一部は地上に露出している。ただし人目に付かないよう工夫されており、崖に囲まれた窪地や山頂などに存在していた。
エヴェリーナはドラゴンの案内の元、内部を見て回った。
鏖竜要塞にはオーク、オーガ、コボルド、ゴブリン、トロールなどの亜人たちが多く居住している。彼らのための居住施設も充実し、娯楽施設もあった。
「エルフやドワーフも呼びたかったんだが」
ドラゴンは頭を天井にぶつけないよう低くしながら通路を歩いた。
「あいつら遠くにいるからな。移住を勧めるにも、オークとは嫌だと言いそうだし」
「食べ物はどうしてるの?」
「耕作と交易と落ちたのを拾っている」
「拾うってなに?」
「冒険者がダンジョンに歯が立たなくて撤退するだろう。慌てて逃げる連中もいる。そいつらはだいたい荷物を残していくんだ」
「他人のものじゃない」
「捨てたと判断している」
交易は、山脈内部を掘削する際に出る貴金属を使っているという説明であった。オークやオーガがそのままの姿で人里に出ると大騒ぎになるため、人間に見える魔法をかけていくのだそうだ。
「私以外の人間はいないの?」
「いない……な。いない」
「間があったわね」
「少なくともお前と同じ姿をしている人間はいない。ゴーストやアンデッドはいるが、見かけが似ているだけだ」
「じゃあ亜人の言葉覚えないと話もできないわね」
「ほう。亜人と接することに違和感や嫌悪感はないのか」
「うーん、人間じゃないから大変だけど、あたし虫とか平気だから」
「彼らは虫ではないぞ」
「分かってるって。自分でも不思議だけど、言葉が通じなかったり、見かけが違うのにも抵抗ないっていうか」
エヴェリーナはクララホルト侯爵家に連れてこられた当初、まったく馴染めずに使用人たちが話し相手だったときがあった。さらに遊び相手が昆虫だったので、むしろ人間の方に違和感を感じていたりもした。彼女は姿形が違うものへの忌避感がかなり薄いのであった。
「コボルドやオークたちも、あたし見てもなにもしないから、こっちも別に」
「彼らが好戦的というのは、ほとんどが人間の作りあげた虚像だ。ならずものがいないとは言わんが、比率は人間と同じくらいだ」
「でしょうねえ」
「先の見えない閉塞感こそが、やりきれない不満を溜める原因となる。鏖竜要塞にいれば、衣食住完備で職もあるからな。やることがちゃんあれば、他人に害は成さない」
つまりここは職と治安対策も兼ねているのだなとエヴェリーナは感じた。
ドラゴンは足を止めた。
「あとは一人で回ってくれ」
「えー」
「この姿じゃ入れない」
先の通路は天井が低くなっていた。確かにドラゴンの体格ではくぐり抜けるのは無理だ。
「俺は先に戻っている」
ドラゴンは踵を返す。彼女は先へと進んだ。
居住区を見て回る。多くは地下に穴を掘った部屋にあったが、一部は窪地に建てられており、人間の住居と変わらなかった。
居住区には、人間世界において狂暴と知られるオークやゴブリンもいたが、エヴェリーナが来ても殺意を示さなかった。逆にたどたどしい言葉遣いで、「どこから来たのか」と聞きに来た。
「えーっと、ずっと向こうにある侯爵領から。今はドラゴンのお世話になってる」
ドラゴン、という言葉を聞くだけで彼らは納得した。あの古代竜は、ここの領主みたいな存在なのだ。
さらに歩く。今度は綺麗な化粧石で覆われた建物を見つけた。山の中ではなく外で、崖に囲まれた小さな窪地にある。
建物の周囲は草花が植えられており、咲き誇っていた。見たこともない品種ばかりだ。庭師とも仲が良かったエヴェリーナだが、どの花も知らない。
中に入ろうとしたら、出てきたコボルドと危うくぶつかりそうになった。
「ああごめんなさい。あなたここの人?」
コボルドは一瞬首をかしげると、「違う」と答えた。
「ここ、誰もいない」
「へえ、なにするところなの」
「魔法、調べる、ところ」
コボルドによると、「魔法を研究して実用化するところ」であった。研究所である。
「昔、いた、らしい、そいつ、魔族」
魔族とは、古王朝より昔の妖王朝の時代、大陸の四分の三を支配していた種族の総称である。魔力に長け、向かうところ敵なしであったと言われる。だが猜疑心と嫉視が強いため、大陸支配あと一歩のところで内部から瓦解、漆黒期と呼ばれる混沌の時代になった。
現在大陸でもっとも数が多いのは人間だが、実は魔族の一氏族の子孫と言われている。仲間割れをしない代償として大半の魔法を捨てることを選び、勢力を増して古王朝の基礎を築いた。
「魔族なんてとっくにいなくなったでしょ」
「でも、いた、らしい。自分も、知らない」
「その魔族はどこ行ったの」
「さあ。どこか、遠く。でも、魔法、残った」
つまりコボルドによると、研究所で魔族が魔法の研究をしていたのだが、はるか以前に魔法の術式を残していなくなったようだ。鏖竜要塞で作られる魔具は、残されたものを利用しているのだろう。
コボルドは定期的にここを掃除しているらしい。エヴェリーナは中に入った。
確かに綺麗に掃除されている。魔術書らしきものが壁に並び、机の上には見たこともない道具が揃えられている。もちろん、エヴェリーナにはなにがなんだか分からない。
「ダンジョンの管理人としては、ここももう一度使えるようにしたいわね……。でも魔術師に知り合いいないのよねえ」
誰かを雇う必要が出てきそうだ。あとでじっくり考えよう。
研究所を出ると、コボルドはとっくにいなくなっていた。




