表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は冒険者ギルドを作る【第一部完】  作者: サクラくだり
第二幕 相手側から見たダンジョン
12/60

2-5 後始末

「うわあ、みっともない」


 エヴェリーナはドルルたちの工作室で、鏡に映るディロックの悪戦苦闘ぶりを眺めていた。これはダンジョンの片隅に設置した鏡と対になっており、鮮明な映像を映し出す魔法のアイテムである。

 彼女は最初ダンジョンの外に出て、ディロックたちを観察していた。入ってからはコボルドたちの報告で様子を知り、最後の部屋は鏡を通して見ていたのだ。

 冒険者たちとフィーリーが手際よく進んでいくのには感心すると同時に、「ダンジョンの作り方を間違った」と思った。さすがに焦ったが、ディロックが無謀さを発揮したことで心配はなくなった。一人で宝箱を開けようとしたところなどは、安心しきって寝転がりながら見ていたほどである。

 ディロックが鎧とガーゴイルに追い回されたところは、喜劇以上の喜劇だと手を叩き笑っていた。だが徐々にうんざりしてきた。なんで自分はこいつと婚約などしたのだろうか。経験不足で弱いのは別にいい。だったら慎重さで補うべきだ。それか他者の忠告に従うとか。驕り高ぶるだけでは結婚生活など知れたものだ。

 とはいえ、自分の知る貴族の子弟などこんなものである。もちろん立派な人物もいるが、大半は外れクジ扱いなのだ。

 鏡越しに、室内で伸びているディロックを見ながらドラゴンに訊いた。


「これ、どうすんの」

「放っておいてもいいが、お前の婚約者だろう。好きにするといい」

「元婚約者」


 訂正してから、最後の戦いの場になった部屋へ向かう。

 鎧とガーゴイルはその場で動きを止めていた。エヴェリーナは気を失っているディロックの元へ寄った。

 顔をしみじみと眺めた。

 いい男ではある。貴族の気品を感じさせた。だが母を貶めたことは許しがたい。


「これ、フィーリーたちのところに送りたいんだけど」


 ついてきたドルルは宝剣をディロックの腰に戻しながら、なにやら叫ぶ。鎧が動きだし、ディロックを抱えると、祭壇裏の水たまりに放り込んだ。

 水たまりを見ると、ディロックの姿がない。


「どこ行ったの!?」


 ドルルは工作室に帰る。エヴェリーナは急いでついていく。

 工作室の鏡には、フィーリーたちが映し出されていた。いつのまにかそこにも鏡が設置されていたらしい。

 フィーリーたちの足元には、気絶したディロックがいた。あの水たまりは、魔力によって任意の場所に転移させる装置のようだ。

 フィーリーも冒険者も、突然ディロックが出現したので仰天している。なんとか目を覚まさせようと四苦八苦していた。


「これ、音聞こえる?」


 ドルルが鏡の下側をいじった。ややくぐもってはいるが、はっきりした音声が聞こえた。


『なんでいきなり出てきたんだ?』

『奥はどうなっているんだろう』

『怪我はないんだよな』


 最後のはフィーリーだ。まずディロックの心配をするところが彼らしい。


『なんとか起こしてくれ』


 薬師がいくつか薬を取り出し、順番に鼻の下に持っていく。三つ目でディロックが咳きこんだ。


『ごほごほ……ここは……どこだ?』

『ディロック様、お目覚めになりましたか』

『おおフィーリー……ということは、私は戻されたのか』

『心配していました。奥はどのような様子なのですか』

『奥はな……』


 そこでディロックははっとした。不安げに周囲をきょろきょろする。


『……私のあとには誰も来なかったのか?』

『はい。怪我人の治療が遅れてしまいまして』


 フィーリーの言葉を聞き、あからさまにほっとしている。

 ディロックはいきなり重々しい口調になった。


『実は……奥は大変なところだった。数多くのモンスターに無数の罠、一歩進むのにも苦労するところだ。それら全て打ち倒したが、私でなければとうてい無理だっただろう』


 聞いていたエヴェリーナは呆れた。この男はなに言ってんのよ。


『もう駄目だと思った瞬間、目の前がぱっと開けた』


 ディロックは遠くを見るような目つきになる。


『そこは明るく、美しい場所だった。地下なのに陽が差し、見たこともない花が咲き誇っている。中央には泉があり、清水がこんこんと湧き出ていた』

『はあ』

『私はふらふらと泉に近づき、一心不乱に飲み続けた。王国中の美酒を集めてもあの水には及ばない。それほどのうまさだ。恐らく滋養もあるのだろう。疲労した身体に染み入り、私は見る見るうちに回復した』


 合いの手を入れるフィーリーはともかく、冒険者たちは黙って聞いている。


『ふと顔を上げると、そこには宝箱があった。水を飲むことに霧中で気づかなかったのだ。これこそが私が求めるもの。我がハウベ家と妻シルミナのクララホルト家の栄誉となるものだ。私は慎重に蓋を開けた』


 いったん言葉を句切り、ぐるっと見回す。


『するとどうだろう。突然鎧とガーゴイルが現われた。宝箱を守る番犬どもだ。私は宝剣を抜き、遮二無二斬りかかった』


 言いながら宝剣があるか確認している。きちんとあった。むろんドルルが戻していたため。

 ディロックは安心して話を続ける。


『鎧もガーゴイルも手強かったが、しょせん私の敵ではない。斬り合うこと何合か、全体倒すことができた。改めて宝箱を覗いたら……なにが入っていたと思う?』

『さあ……』

『なにもなかった』


 ディロックはにやりとした。


『空だったんだ。私は悟った。つまりこういうことだ。このダンジョン内での成長こそが宝であると。頼りになるのは己のみ。己の力でたどり着いたものだけが、宝箱を開け、真実を得るのだと。金銀だけか宝ではない。このような経験こそが、最も尊く、美しいのだ』


 エヴェリーナはもはや開いた口が塞がらなかった。いったいどうすればこんな図々しい考えにたどりつくのだろうか。

 そんな気持ちはディロックに届かない。


『私は無言で宝箱を閉じた。次の瞬間気を失い、ここにいるというわけだ』


 彼は得意満面で全員を眺めていた。

 フィーリーはなにも言わない。彼は感情を表に表わさないのが得意だ。家令として必要な技能である。冒険者はあからさまに胡散臭そうな顔をしていた。

 自らの言葉に酔っているディロックは気づかない。


『これでこのダンジョンは踏破したと言っていいだろう』

『じゃあ私らが行って確認しますか?』


 冒険者が嫌みったらしく言う。ディロックは急いで首を振った。


『いやいや、そんなことはしなくていい。する必要はない。あとは帰って、シルミナとクララホルト伯爵に報告するだけだ。さあ、引き揚げだ』


 ディロックは他の人間の言葉を待たず、元来た道を引き返した。

 エヴェリーナはうんざりして手を振る。


「面の皮が厚すぎる。よくあそこまで言葉が出てくるもんね」

「貴族の子弟でも、ここまでのはそういないな」


 さすがのドラゴンも呆れていた。


「どうする。あのまま放っておくか?」

「それもしゃくねえ。どうしよう」


 ふと、鏡が目に入った。今はなにも映っておらず、普通にエヴェリーナたちの姿を反射している。


「ひょっとしたらこれって」

「全部言わなくていい。もちろんある」


 ドラゴンの返答に、エヴェリーナはにやっとした。


「じゃああたしのやりたいこと分かるわね。運ぼう」


 意図を察したドラゴンは楽しそうに笑った。はじめて聞く、ドラゴンの笑い声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ