2-4 ダンジョン攻略(ディロック視点) 4
人は一人になると急速に心細くなるものだ。大勢いればそれだけ安心感が増すが、単独では孤独だけか大きくなる。まして前人未踏のダンジョンでは。
ディロックも例外ではない。進むにつれて通路は細くなり、圧迫感が強くなる。時々水音がするのは、結露がしずくとなって、天井から垂れているのだ。これがますます一人ぼっちを意識させていく。
彼は大きな声を出した。
「私はこのダンジョンを踏破するものだ! 行く手になにがあろうと恐れるものではない!」
恐怖を振り払う。一時的になくなるが、すぐに新しい恐怖心が芽生えていく。フィーリーが正しかったのではとの後悔までやってきた。
(いいや、あいつは間違っている。家令だろうと所詮は庶民の出。私と違ってスケルトンすら倒せない男だ)
息を荒くしつつも、前に向かって足を速める。
突然、目の前が開けた。
広い部屋だった。今までとは比べものにならないほどの大きさで、高い天井は幾本もの柱で支えられている。全ての柱に篝火がかけられており、意外なほど明るかった。
「おお……」
ディロックはほっとすると同時に、感嘆の声を上げた。やはり自分は正しかったのだという気分が、体温を上昇させる。
中央には祭壇がある。その上に宝箱。両脇には鎧が飾られており、まるで宝を守護しているように見えた。
「ここが最深部……いや、まだ奥があるな」
奥の壁にぽっかり穴が開いていた。
「だが貴重な宝が収められていそうだ。持ち帰って我が家の宝物庫を飾らせよう」
ディロックは喜びながら祭壇に近寄ると、無造作に宝箱を開けた。
中を確認することはできなかった。ほんの少しだけ蓋を開けた途端、両脇の鎧が動き出したのだ。
「しまった、罠か!」
ディロックは狼狽した。今までならまず冒険者が確認してから開けていた。彼は早く開けろとしか思っていなかったので、引っかかったのである。
「くっ、フィーリー!」
もちろんいない。彼だけではなく、冒険者の姿もなかった。
「肝心なときに役に立たない奴らだ!」
腹を立ててもどうにもならない。宝箱を守護していたのは、いわゆる動く鎧というやつで、中に人は入っておらず、魔法によって動いている。
ディロックは宝剣を抜いた。
「我が秘剣で、鎧ごとき粉砕してやる!」
宝剣を横薙ぎに振るう。鎧の脇腹に当った。
ごん。
鈍い音がして宝剣が跳ね返される。
「ななななんということだ!!」
伝説の宝剣と言えど、いや伝説があるからこそ使い手を選ぶ。だからこそ後世にまで残る宝剣となるのだ。ディロックはその力をまったく発揮できていなかった。
愕然とする。一気に顔が青ざめた。
彼は奇声を上げると、滅茶苦茶に剣を振った。幾度か鎧に当るも、ややへこませるか傷を付けるだけで、なんの意味もなかった。
真後ろからもう一体の鎧が近づいてくる。武器を使わず、ディロックの背中を蹴飛ばした。
彼は床に転がった。仕立てたばかりのマントが汚れる。
「こっ、この化物どもめ!」
かろうじて仰向けになり、半身を起こす。二体の鎧はゆっくりと近づいていた。
ディロックはなんとか立ち上がると、少しでも逃れようと駆け出した。
すぐに石像にぶつかる。
羽の生えたモンスター、ガーゴイルの石像だった。今までは単にそこにあるだけだったのだが、ディロックが激突した途端、目玉がぎろりと動く。
「ひいっ!」
石像も全部で二体。同時に動きはじめると、鋭い鉤爪を剥き出しにしてディロックへと襲いかかった。
「うわああーっ!」
ディロックは文字通り腰を抜かした。もはや宝剣は取り落とし、尻餅をついたまま後ずさっている。頭の中は絶望で占められ、生き残る術などまるで思いつかない。
「くっ、くるな、くるなー!!」
鎧とガーゴイルは恐怖を煽るようにゆっくりと歩いてくる。室内に反響する足音が、死への呼び声にしか聞こえない。ディロックの顔は涙でぐしゃぐしゃになり、口からはかすれた声が漏れていた。
「たっ、助けて……助け……助……」
ディロックは仰向けに伸びた。そのままぴくりとも動かなくなっていた。