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7 隠し砦の老人

 ここまで上がってきた道を挟むように小屋が二棟並んでいた。それぞれの大きさはガレージサイズの平屋だが屋根が木の皮で葺かれる桧皮葺になっている。ところどころ色が違っているのは傷んだところを補修したということだろう。

 美鈴は小屋と小屋の間を早足で通り過ぎていく。車が通れない間隔ではないが、ここからは家の敷地内ということのようだ。

 抜けると左右に別の小屋があった。その先にもあり、都合六棟が間隔を開けて建っていた。丸太を組み合わせた壁で作られている。構造としてはログハウスと同じなのだろうがより素朴な印象を公平は受けていた。

 小屋の向こうには畑があった。

 山中を切り開いた緩やかな斜面を区切って様々な野菜が植えられていた。また、栗や柿などの果樹が並ぶところもあった。

 方形に作られておらず草も多いので農家の畑とはずいぶんと印象が違った。

 「すごいでしょ。おじいちゃんが一人で作っているんですよ」戻ってきた美鈴が自慢するように言った。


畑は合計すればサッカーコートぐらいは有るだろう。小さいながら建物も複数ある。しかしふもとから山を見上げた時にはこんなものがあるとはまったく気が付かなかった。

 反対にここからは雑木林の間からではあるが、市街地が一望できた。


 「谷口さん、いらっしゃい。こんなところまで」

 気が付けば老人がいつの間にかあらわれていた。


 老人の案内で畑を巡りながら何も植えられていない一角に向かった。

 「ここで練習しています」

 なるほど直径二メートルばかりのサークルが出来ている。単に土が踏み固められているだけではあったが、草一つ生えておらず、まるで表面は簡易舗装でもされたかのようだった。

 そばには雨除けのついた棚があり石やくず鉄、ボーリングの球までが並べられている。

 「砲丸がないもので…」代わりに重さの近い物をさがして投げてみていると吾郎は説明した。

 「私が学校から借りてきたものではちょっと軽かったんです」

 高校生用の砲丸は一キログラムばかり軽い。だからと言ってボウリングの球まで。

 「今のところそれが一番しっくりきます」

 試しに公平は持ってみた。なるほど重さは ほぼ同じぐらいな気がする。

 ことわってから試しに投げてみることにした。さすがに回転投げは出来ない。最初から正面を向いてワンステップで投げた。目測で十メートルほど投げたのだが球は止まらずそのまま転がっていく。

 「あれが欠点です」そういって老人が球を取りに走って行った。公平は呆然としてそれを見送った。

 「斜面に向かって投てきするようにしたらどうですか」ボウリングの球なら転がって戻ってくるのではないか。ボウリング場のレーンを思い出しながら公平は提案した。

 「あ、そうか」

 美鈴はすぐに適当な場所を選び「おじいちゃんここから向こうに投げてみようよ」と老人に伝えた。

 「なるほど、こりゃ便利や」

 楽しそうに投てきを繰り返す。美鈴は球がうまく返ってくるだろうをと思われる落下地点を老人に指示している。なかなか楽しそうだな、と公平は見ていたが、すぐにそんな場合ではないと気が付いた。

 「川口さん!練習用の砲丸を何とかしてください。それからシューズも」

 老人の息子である川畑勇となにやら相談をしていた川口に声をかけた。

 かりにも日本記録を争う選手の練習場にちゃんとした砲丸がないなんて。おまけに日本歴代二位の記録保持者である川畑吾郎選手の履いているのはどう見ても普通のランニングシューズだ。

 「どうなっているんですか、強化選手ですよね」

 「いやあ、まだこれからなんだよ」

 具体的な事はなにもしていないそうだ。

 「何事もまず予算の確保からだよ、谷口君」


 「ここはね、元は隠し砦やったんですよ」

 市街地が一望に見下ろせる場所にテーブルとベンチが作られていた。四隅に柱が建てられていて「夏場は屋根をかける」そうだ。

 勇がお茶を用意し、吾郎が漬物の盛り合わせを出した。どちらもこの山でとれたものを吾郎が加工したのだそうだ。

 美鈴は解説役を買って出たようだ。

 「江戸時代にはここに侍たちが常駐していざという時に備えていたそうです」

 旧藩の軍事施設だったらしい。

 そんなタイトルの時代劇映画があったような。学祭で映研が上映していたような記憶がある、と吾郎は思った。有料だったので見てはいないのだが。


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