5 訪問
京都から大阪、そして兵庫。二時間以上かけて訪ねた町は平凡な田園都市にあった。
昭和の小さな城下町は、一九八〇年代頃から大阪のベッドタウンとして開発を進め人口を倍増しているらしい。
川口の説明によると、川畑はこの町で喫茶店を営んでいるらしい。
(あの人が喫茶店のマスターなのか)
案外似合っているのかもしれないな、と谷口は思った。大学や寮の近くにある店には、川畑ぐらいの年格好のマスターがいるところもあったと思う。用がないので自腹で行くことはほとんどなかったが。
駅からタクシーで向かった先にあったのは想像していたのとは少しばかり違っていた。ちょっとしたファミレス並みの大きさで駐車場も広い立派な店舗だったのだ。
入ってみると大きなショーケースがあり、谷口には初めて見るようなケーキが並んでいる。テーブルに陣取る客たちはほとんどがケーキを食べている。もちろん九割がたは女性客だ。
「なんや谷口君甘いもん嫌いか。ちょと小腹減ったやろ、なんか食べようや」
川口は立ちすくむ谷口の背中を軽く押して空いているテーブルに向かった。
メニューにはランチや軽食類も普通に載っていた。川口はケーキと紅茶のセットを、谷口は鳥の照り焼きランチを注文した。
「すいません、私東京から来ました川口と申します。オーナーの川畑さんにお会いしたいんですが」
注文を確認したウェイトレスは「川口様ですね」と確認したうえで去っていった。
「イメージと違うなあ、て思ってるやろ」
「はあ、そうですね。カウンターの中でコーヒー作ってはるんやったらわかるんですけどね」
「ケーキやなんやは似合わんか」
厨房でフライパンを振っているというのも違うような気がする。
谷口の前にランチが置かれ、川口がワゴンで提供されたケーキから一つ選んだところへ白い調理服を着た男性が現れた。
「すいません、お待たせしました」
川口は立ち上がり名刺を出した。谷口も立ち上がったが手に箸を持ったままである。
川畑と名乗り名刺交換を済ませた男性は川口と同年代に見えた。
「よろしければごゆっくり食事をお済ませください」
そう言いおいて川畑は去っていった。少し油の香りが残った。
名刺をテーブルの脇に置き、二人は食事を続けることにした。名刺には店の名前と男性の名前が印字されていたがありがちな肩書はなかった。
「父にお会いになりたいということですね」
「そうなんです、今後のスケジュールのご相談をしたかったのですが、御父上からご連絡をいただけなかったので」
川口がこの間の出来事を簡単に説明した。男性は川畑の息子でこの店のシェフという立場らしい「女房と一緒に預かってます」という言い方なのでオーナーは父親であるということなのだろう。
「Aさんから事情は伺っております」というのは県大会や日本選手権出場の世話をした県の陸連職員ののことだった。
「なにやら大変なことになっておりますようで」
一番下のランクとはいえ、オリンピックの強化選手に選ばれ海外遠征の予定が提供されるというのは大変な事態ではある。A職員は選手権以降何回かここまで通って川畑と相談しようとしたのだが本人と会う事も出来ていなかったのだ。
「最近は山から下りてくることも少なくて……」
「山からって、川畑さんはここにいらっしゃるんじゃないんですか」
「そうやねん。仙人暮らししてはんねん、お山で」
川口もそのことを知ってはいたようだ。
「そやから君にきてもろたんや」
「ただいま!間にあったんかな」
自動ドアが開き制服姿の女の子が入ってきた。
「こら、お店から入ってきたらあかんやろ」
「ごめんなさい、でも間に合わんかったらあかんし」
「しゃあないな、まったく。まずお客さんに挨拶しなさい」
女の子は肩にかけていたバッグを床におろし、手を前で組むと一礼した。
「川畑美鈴です。✕✕高校三年生です。今日は祖父をよろしくお願いします」
谷口は思わず立ち上がり気を付けの姿勢になった。
「谷口公平と申します。突然押しかけまして申し訳ありません」
そして美鈴に向かって深く頭を下げた。




