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4 見学

 記者会見を終えると、川口は二人を別室に連れて行った。パイプ椅子ではなくソファーが置かれた部屋だった。勧められるままに腰をおろすと現れた事務員らしき女性がお茶をサービスしてくれた。もちろんペットボトルではない。

 こんな所もあるんだ、さすが国立競技場だな。谷口は感心してとりあえず一服しようとしたところに川口が切りだした。

 「どうですかお二人さん。海外遠征しませんか」

 谷口は返事に詰まってしまった。展開が早すぎる。

 川畑の方は「海外ですか」と首をかしげている。

 二人の鈍い反応を全く気にすることもなく川口は資料を書類入れから取り出した。記者会見でのものとは違い結構枚数が多い。

 「なんとかグランプリに出場出来るようにしたいんですよ、そのためにも実績を積まなきゃね」

 資料のほとんどは海外大会のものだった。


 谷口は岡山生まれで高校まで地元で育った。京都に進学のために出てきたときには人の多さに驚いたものだった。

クラブ活動で各地を転戦することもあって、東京を筆頭に都市をいくつも巡って来てはいるが、大抵は仲間が周りにいた。そういえば先日の国立競技場の時だってマネージャー役が同行してくれてはいたのだ。ずっとスタンドにいたらしくて、谷口が川口達と別れて一人になったところでようやく再会したのだが「遅かったね」と言って帰り支度を始める始末だった。スタンドではあまり競技を観ることもなく勉強をしていたらしい。谷口の身に何があったのかなど知る由もなかったのだ。真面目な奴なのだ学問に対しては。

 谷口自身も学問と砲丸投げ以外には興味がなかったので、そんな環境で生活することに不自由を感じてはいなかった。そもそも京都以外に一人で出かけることは、ほとんどと言っていいほどなかったのだ。だから今自分が大阪の繁華街で一人で立っているという事態に茫然自失していた。

 (なんてところで待ち合わせさせるんだ)

 しかも約束の時刻を五分も過ぎているというのに相手は現れない。というか近くにいても判らないんじゃないか、この人込みでは。

 「いやあお疲れさん!」

 突然背中側から待ち人は現われた。

 声の主は川口である。


 突然連絡があったのは昨日の事だった。

 大学のグラウンドで練習中の谷口のもとに監督が現れて「君に電話や」と言われたのだ。

 「谷口君スケジュール見せてもらったよ。なかなか濃密なプログラム組んでるね。さすがやな……」

 なかなか長電話体質の人やな。というのが谷口の感想である。要は川畑氏の練習を見学に行かないか、というお誘いだった。

 「君もケータイぐらいなんとかしいや、日本チャンピオン」

 監督はそう言って去っていった。川口は谷口に連絡をするために監督の電話を利用したわけだ。いくらOBとはいっても普通は知らないよな。

 「すいません、ご迷惑かけます」とりあえず感謝しておこうと谷口は監督の帰っていた方向に頭をさげた。

 もちろん見学そのものに否やはない。ついさっき、電話に出る前も気にはなっていたのだ。どうやってあの人はあの体力を維持出来ているのか。いや、その前にどうやってあの力を作り上げたのか。

 (間違いなくあの人は自分より力がある)先日の試技で川畑が一投目以上の記録をだせなかったのは彼の気まぐれの所為に他ならない。なにしろ二投目から彼は投法そのものを変えてしまったのだ。谷口の試技を見ていきなりそのまねを始めてしまったのだ。そんなものが通用するわけもなく川畑の投てき距離は一投目を超えることが出来なかった。

 競技中の選手に第三者が手を貸すことはできない。だがあの場所にいた役員や他の選手全員が思っていたに違いなかった。

 「頼むから一回目のようにグライド投法でやってください」と。谷口などは回転投法のやり方を聞いてくる川畑に直接告げもしていた。

 「ここでは何も言えませんからさっきのやり方でお願いします」そうすれば僕の記録を抜けますから。

 だが川畑は頑なに回転投げこだわった。

 「美しいなこれは」と。


 日本語では砲丸投げと称するこの競技は、名称からして誤訳といっていいのかもしれない。

 英語ではshot put。どこにも投げるという表現はない。だいたいあんな鉄の塊を肩を振りかぶって投げていたら肩の関節が持たないだろう。

 とにかく、あの鉄の塊りをより遠くに飛ばそうと思うと肩の上にかかえて腕の力で押し出すのが一番合理的だったのだ。

 十九世紀の終わり頃に競技としてのルールが整うと、そのルールのなかで試行錯誤が始まり新しい工夫が生まれる。最初は正面を向いて構えていたものが徐々に身体を捻るようになり、ついには完全に後ろ向きの構えから跳ねるように身体を捻る選手が現れた。数十年後、打ち出された砲丸は二十三メートルを超えるところまでになった。

 そして投法に大変化がもたらされた。

 回転投法である。

 世界のトップ選手たちはこの精緻な投法を身に着け飛距離を競いだした。谷口が大学生になってから安定して記録を伸ばしてきたのも、この投法の習熟度が進んで来たからと言ってもいいだろう。

 だが欠点もある。何と言っても力のロスなく投げるのに、回転を使うというのは格段に難しいのだ。

 そして回転力の生むトップスピードを直線に変え真っすぐに打ち出すのは、川畑の言うように美しいのだ。

 それが上手くいった場合にかぎり。

 谷口にして国立競技場での二投目以降は記録が伸びなかった。一投目のような「美しいフォーム」が再現出来なかった。

 海外遠征の話にすぐに飛びつけなかった原因もこのあたりにあった。

 (こんなことで世界に通用するものか)

 そういう思いが頭から離れなかった。

 自分より力のある人の練習ぶりを見てみたい。

 それは谷口の渇望であったのだ。

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