思い出の味は甘露の味。たとえ高級なものを口にしても、敵うものなどあるはずがない。
今日も暑かった。夏は過ぎたものの、秋になるかと思えばそうでもなく。行ったり来たりする気温に右往左往している。
お陰様で服装に困る。
あと体調も崩す。
寒暖差は私の敵である。
こんな時恋しくなるのは、私の中では最上級のご褒美だった『桃の天然水』という飲み物である。
別になんてことはない、ただの桃果汁入りの水なのだが。私には思い出の味である。
幼少期大変体の弱かった私はとにかくばかすか床に臥せっては、ばかすか点滴を打つ人間だった。点滴は好きだ、ラクになるから。
怖いとかいう思いも消えた。
打っていれば慣れるので。
寝てる間に終わるし、具合は良くなるし。
とはいえ、普通はそうはならないのだろう。点滴打つ程度には具合が悪いので、すぐに食事は食べられなかったりもした。
だから、頑張ったご褒美に。
点滴を打った日は何か一つ、病院の売店で買ってもらえるのが定番だった。
売店に、大したものなど売ってはいない。けれど家の方針でジュースもあまり飲まなかったので、私はその時間が結構好きだった。
その時必ず桃の天然水ーー桃天を選んだ。酸味の強いものは胃にきてしまう事があったし、何より美味しくて優しい香りが好きだった。
あのペットボトル500ミリの一本は、子供にはとっても多い。
コップ三杯分くらいあるそれは、宝の山のように魅力的だった。キャップを開けるとふわっと薫る、柔らかく芳しい香りも好きだった。
桃天の桃果汁は10%以下で、今考えるとどう考えても香料である。
でも私にはこれだった。
これじゃなきゃダメだった。
もうあれだ、ファンタグレープみたいな。
ファンタも美味しいでしょ? あのグレープの味じゃなきゃなんか違う。生のグレープの香りや味だけじゃないけど、アレが好きーーそんな感じ。
そんな私のご褒美は、健康になるにつれて飲む機会が減った。うん、いい事なんだけども。
でもまぁ、思い出の味なので。
美味しいものが自分で買える社会人になった今も、飲みたくなる時がある。ジュースじゃなくて。桃天が。値段じゃなくて、思い出で。
しかしこの桃天。消えたり復活したりを繰り返しながら、2019年くらいから消息不明である。うん、消えたよねこれは。
それなりに人気もあったけれど……まぁ時代のニーズもあるんだろうし。あと呪われたCMとか言われてたので、色々あったんだろう。
でも今も桃天が飲みたい。
が、飲めない。
存在しないものはどう頑張っても無理だ。
せめて香りだけでも……! と思うものの。
桃天の香りは白桃の香り(私の勘と鼻を信じるなら)。香料は黄桃が多く、白桃そのものを感じる香水もあまりない。ノートが分かれる香水は、好きな香りのままでいてくれない。
よって私は、今日も思い出を噛み締めるしかない。
思い出の美化はある。しかしそれを作ったものほどーー大枚叩いても買えない思い出の品ほど、美味に感じるものもまたないのだろう。