生徒会室にて
エレイン、マリアベルの二人と共に騒ぎの現場へと駆けつけた俺は、そこで複数人の男子生徒に絡まれている一人の女生徒の姿を見つけた。
「いや!離してください!」
「そんなに嫌がんなって〜。別に怖がらなくても、俺達と遊んでくれればいいだけだからさ」
「そうそう。でもそんなに嫌がられたら力づくでも連れてっちゃうかもね?」
「そうやって……レイラちゃんも無理矢理犯したんですか!」
「チッ……ンだよ、あの女の友達かよ。めんどくせぇなぁ」
どうやら連中はあの女生徒の友達にも手を出したようだ。
〝犯された〟って事は、その友達は相当怖い体験をしたに違いないだろう。
「あの下衆共を成敗しますわよ」
おぉっと……女生徒の話を聞いていたマリアベルが相当殺る気のようだ。
見ればエレインも同じ様子である。
しかし二人にはあの女生徒の方を頼みたいところなので、俺は両手で二人を制した。
「野郎共は俺に任せろ。二人はあの女生徒の方を頼む」
「私、あの人達の粗末なアレを刺し貫いてやりたいんだけど」
「奇遇ですわね。それとあの口も、下顎ごと削り取ってやりたいですわ」
いやいや怖い怖い。
まぁ二人共、騎士を目指す貴族の令嬢……同じ女性に危害を加える奴らに対しては心底許せないのだろう。
だからと言って流石にその発言は過激だ。
マリアベル、人は下顎を削り取ってしまったら死ぬ。
そしてエレイン……流石にアレを刺し貫いたら同じ男として可哀想だし、何よりも俺にも精神的ダメージが来る。
「とにかく俺が飛び出したら直ぐにあの女生徒を保護。巻き込まれない所まで退避しろ」
「分かった」
「分かりましたわ」
「んじゃあ行くぞ?3…2…1…今!」
俺はその直後に縮地で男子生徒達の一人へと距離を詰めるとその場で飛び上がり右手でそいつの顔を掴む。
そして空中で横に回転し、そのまま体勢を変えて回転の勢いをもってそいつの頭を壁に打ち付けた。
激しい音と共に壁には放射状に亀裂が入り、男子生徒の頭はその中心に僅かにめり込んだ。
「なんですの?!今の動きは……」
「ムメイ凄い……」
今の俺の動きに目を見開くマリアベルと、その隣で尊敬の眼差しを向けるエレイン。
「別に?大した事じゃねぇよ。重心の位置さえ把握してれば誰だって出来る」
「誰にでも出来ることなのなら、今頃世界は恐ろしい世界になってますわね!」
マリアベルはなんで怒り口調でツッコミを入れてんだ?
ジジイなんて空中で縮地を使えるというのに……。
「なんなんだテメェら……」
「通りすがりの新入生?」
「「どうしてそこで疑問形なの(なんですの)?」」
首を傾げて答える俺に二人からツッコミが入る。
まぁ通りすがりだし、新入生だし、その事を自慢げに名乗りに使うのはちょいとばかりカッコ悪いと思っての疑問形だったのだが。
「新入生かよ。テメェら、悪ぃ事は言わねぇから痛い目に遭わないうちにどっか行けや」
「おい待てよ。よく見りゃあの二人、めちゃくちゃ美人じゃねぇか」
「片方は男の制服着てるけど、それがまた良いなぁ……ぐふふ」
「「……」」
怒りを通り越して呆れてるのか、それとも気持ち悪く思っているのか、二人はなんとも言えない表情で男子生徒達を見ていた。
というか一人倒れてるのに今更〝痛い目に遭う〟とか言われてもよ……その地べたに倒れてる奴が今まさに痛い目に遭ったのだが?
「おいガキ。この二人を置いて帰るんだな。そうすりゃ痛い目に遭わなくて済むぜ?」
「残念だが置いてく気はねぇし帰る気もねぇ。それに、痛い目に遭うのはお前らだろ?」
「ンだとコラ!」
脅しをかけてきた男子生徒が、俺の煽り文句にキレて殴りかかってくる。
あーヤダヤダ……どうしてこの手の奴らは沸点が低いんだ。
俺は殴りかかってきた男子生徒の拳を躱すと、その腕を掴んで思いっきり壁に叩きつけた。
「はぐぁっ?!」
良かったな、俺が本気だったら今頃体が弾け飛んでたぞ?
せっかく全身の骨を砕く程度に手加減したのだから感謝して欲しい。
「ちょっと……今の……全身から嫌な音が聞こえてきましたけど?」
「気にするな。全身の骨が砕けただけだ」
「普通に死にますわよそれ」
「鍛えてるようだから大丈夫だろ」
「その根拠はどこにございますのよまったく……」
ジジイの修行中に全身の骨が砕けた時があったが生きてたぞ俺は?
「貴方と他の方を一緒にしないでくださいまし」
失礼である。
面倒くさそうに頬をかいた俺が他の奴らを見ると、残り二人は蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
しかしそのタイミングでアルと教師達が駆けつけ、二人は呆気なく御用となる。
「喧嘩があったと聞いたが無事か!」
「全員無事っスよ」
「壁に頭を打ち付けられて倒れてる方と、全身の骨を砕かれた方がいるのに〝全員無事〟は無いでしょうに」
「なんだと?!」
マリアベルの言葉に教師達が倒れている二人に駆け寄り様子を確認する。
そして誰がやったのかを問うようにこちらに顔を向けると、エレインとマリアベルが同時に俺を指さした。
まさかの裏切りである。
その後、俺は一人だけ生徒指導室へと連れていかれ事情聴取を受けたのだった。
だが、やり過ぎた事を咎められた以外は不問とされ解放されたのだが、アリストテレス先生からトイレ掃除の罰を追加されてしまった。
流石に全てのトイレを一人で掃除するのはキツいと抗議すると、〝反省しろ〟とキッパリ言われてしまい、俺は泣く泣くトイレ掃除の罰を受け入れたのだった。
トホホ……。
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
翌朝、宿から教室へと到着すると、アルに呼ばれどこかに連れていかれる。
朝のホームルームには参加しなくていいのかと訊ねたら、どうやらアリストテレス先生には許可を貰っているらしい。
そうして到着したのは何故か生徒会室であった。
「失礼する」
ノックも無しに生徒会室の扉を開け中へと入ってゆくアル。
流石に皇子と言えど、ノックもせずに扉を開けるのは非常識ではないか?
そう小言を言うとアルは〝すまないな〟とだけ返してきた。
まぁ、そんな自由な言動もアルをアルたらしめる要素の一つなのだろうが……。
中へと入ると、そこには三人の女生徒が俺達を待ち受けていた。
その内の一人……立派な椅子に腰掛け、これまた立派なテーブルに両肘をついていた女生徒が立ち上がり、一礼をしてから口を開いた。
「お待ちしておりましたよアルフォンス殿下。しかしながらノックもせずに中へ入ろうとするのは控えて欲しい」
「ははは!ムメイにも同じ事を言われてしまったよ。うむ、以後気をつけることにしよう」
「是非ともそうして貰いたい。ところでそっちの彼が例のムメイ君かな?」
「ムメイ・ミツルギっス」
名を問われたので思わず一礼しながらそう名乗る。
すると女生徒は手を振ってそれを制しようとしていた。
「堅苦しい挨拶はしなくていいよ。なにせ君は私の妹の恩人だ」
顔を上げてしっかりと女生徒を見る。
髪は腰よりも長く、パッと見では黒に見えるが綺麗な紺色であり、鋭い目付きだがそれがまた彼女の美しさを際立たせていた。
そんな彼女は俺の前へと立つと、綺麗な動作で手を差し出してきた。
「初めましてムメイ君。私はこのアルカトラム帝国総合学園生徒会長をしているルシア・フォン・ウォルターだ。魔導師学科所属の三年生ではあるが、これからも機会があれば話したいものだ」
「これはどうもご丁寧に」
そう言ってルシア先輩と握手を交わすと、彼女は次にソファーに座っている二人の人物を紹介する。
「彼女はこの学園の風紀委員長のウェンディ・フォン・フラメルだ。今回の件について話を聞きたいらしい。」
「初めまして」
「そしてこちらが私の妹で、君に助けられたルミリアだ。是非ともお礼がしたいそうでね」
「は、初めまして!その節は本当にありがとうございました!」
ルシア先輩の妹、ルミリア先輩は確かにあの時に男子生徒達に絡まれていた女生徒だった。
ちなみにウェンディ先輩は騎士学科の三年、ルミリア先輩は姉と同じく魔導師学科の二年である。
騎士学科と剣士学科が統合されたのは今年からなので、一つ上の学年はまだ剣士学科とは別らしい。
互いに挨拶を終えたところで扉がノックされ、よく聞く声が扉の外から聞こえてきた。
「騎士・剣士学科一年、マリアベル・フォン・レッドフィールドとエレイン・フォン・ローゼクロイツ、ただいま馳せ参じましたわ」
「入ってきていいよ」
「失礼します────って……いましたのね」
マリアベルは入ってくるなりそんな事を口にする。
しかし俺が静かに左手を握る動作をすると直ぐに自身の手で口を覆った。
「さて、これで揃ったね。それじゃあ昨日の事について話を聞かせてもらおうかな」
ルシア先輩はそう言いながら椅子へと戻り、話を聞く体勢をとる。
俺、エレイン、マリアベル、アルの四人はそれぞれに昨日の事について説明し始めた。
「あん時は飲み物を買いに行く最中で、そん時に妹さんとアイツらが言い争う声が聞こえてきたんスよ」
「私はマリアと一緒にムメイを追いかけ、そして男子の先輩達からルミリア先輩を守っていました」
「先輩方を倒したのは全てムメイでしたわ」
「私はムメイに頼まれて先生方を呼びに行ったんだ」
「なるほど……ルミリアから聞いた話と違いはありませんね。しかしガイゼル達には困ったものです」
「ガイゼル?」
ウェンディ先輩が口にした名前に片眉を上げる。
彼女曰くガイゼルとやらは入学式の日にエレインを襲っていたブルガスのクラスメイトで、ブルガスが退学になってからは自分がクラスの番長的な存在として傍若無人っぷりを発揮していたらしい。
そしてルミリア先輩の友人であるレイラ先輩という女生徒を無理矢理犯し不登校に追いやったのだとか。
生徒会も風紀委員会も奴には頭を悩まされていたらしいが、ガイゼルの家であるシュナイダー家はかなりの武闘派らしく、手がつけられなかった状態だったらしい。
しかも父親のアドソン伯爵も悪人で、レイラ先輩の件も圧力をかけて揉み消したのだとか……。
しかし今回ばかりはウォルター公爵家の娘に手を出したとあって、レイラ先輩の件も含めて処罰されるとの事だった。
まぁ状況証拠が揃いすぎてるし、そもそも現行犯逮捕のようなものだったからな……その伯爵とやらはここで年貢の納め時ってところだろうな。
「ガイゼル達がムメイ君に病院送りにされたと聞いた時には驚いたが、同時に気分爽快でもあった」
「そうですね。私は思わず心の底から喜んでしまいました」
そう言って恥ずかしそうに僅かに頬を赤らめるウェンディ先輩……クールなその見た目だが、意外にも感情豊かなようだ。
「そういう訳で生徒会としても風紀委員会としても、そしてルミリアの姉としても君にはとても感謝しているんだ。それに君個人についても非常に興味深い……なんでも魔力を持ってはいないんだって?」
ルシア先輩の言葉にウェンディ先輩とルミリア先輩が同時に目を見開いてルシア先輩を見る。
ここで誤魔化したり隠したりしても直ぐにバレる事だし、何より今の俺は魔力0である事を気にしてはいなかったので、素直にその言葉を肯定した。
「そうっスね。まぁ魔力が無いからって生きていけねぇわけでもねぇんで気にしてねぇんスよ」
「ははは、そうか。君は予想以上に強い心を持っているのだな。しかしながら私は未だに信じられないのだよ」
「はぁ?信じるも何も事実なんスけど」
「まぁ確かに生徒資料にも記載されているので事実なのだろうが……しかし魔力0ながらその一太刀で体育館を斬ったというのがどうにも疑わしいものでね。まさかとは思うがスキルを使ったわけではあるまい?」
これは後から聞いた話なのだが、クラス選別試験においてスキルの使用は違反案件であったそうだ。
過去に生徒がスキルを使用してSクラス入りを果たし、野外訓練中に命を落としたという事件があり、それ以降スキルの使用は禁じられているのだという。
「この世界は私達の知らない事がまだまだ多い……中には入った途端に魔法もスキルも使えなくなったという魔窟もあったという報告が上がっている。なので素の実力を正確に把握せねばならないのだよ」
魔窟────魔物や魔獣が蔓延る施設で、洞窟であったり城であったり巨大な迷宮であったりと、その形は様々。
唯一共通している点は、いつ、誰が、どのような理由で作られたのかは未だ不明だということ。
中には村、もしくは街だと思ったら魔窟であったなんて話も聞く。
確かその魔窟は〝死へと誘うお菓子の街〟だったかな?
今は攻略されて消滅したが、街の全てがお菓子で出来ており、迷い込んできた者がお菓子に夢中になっている間にヤスデのような魔獣に貪り食われるというものだったと記憶している。
…………話が逸れたが、スキル使用によるSクラス入りが原因で学園側は試験の際はスキルを使用しないという規則を決めたのだという。
「その生徒の死因となった魔窟は〝絶望の祠〟……その特性により今では白金級の冒険者しか立ち入れない魔窟さ」
血が出る勢いで拳を握るルシア先輩の姿に、場の空気は重くなっていった。
「スキルを使わずとも実力があれば生き延びる確率が上がる。故に学園では基礎訓練を重要としているんだ。おっと……空気が重くなってしまったね?話題を少し変えようか」
場の空気を変えるように両手を振るルシア先輩。
それでも俺達は魔窟の恐ろしさを改めて心に刻んだのであった。
エレイン「魔窟って怖いんだね」
マリアベル「そうですわね。今後、魔窟に挑む時には準備を怠らないようにしませんと……」
アルフォンス「私達も気をつけなければな、ムメイ」
ムメイ「そ、そうだな……」
ムメイ(討伐依頼中に踏破してしまった時の事は黙っていよう……)