Sクラス・その1
長くなりそうなので2つに分けます
翌朝────早朝から俺は学園の正門前に立っていた。
理由は昨日エレインと約束していた朝稽古を行う為、ここで彼女を待っているというわけだ。
暫くしてエレインが姿を現す。
「ごめん、支度に手間取っちゃって」
「いいって。稽古で大切なのはどれだけ時間をかけたかじゃなくて、限られた時間内で効率良くやれるかだからよ」
ただダラダラと稽古をした所で得れるものは限りなく少ない。
例え短い時間の中であっても効率良くやれば、長時間かけてやるよりも大きな効果を得られるのである。
俺はジジイの元でその事を十分実感していた。
「さて、何からやる?」
「先ずは軽いジョギングで体を温めるところからだな。その後は体操と柔軟。これを怠ると怪我をする確率が一気に上がる」
「分かった」
「ところでよォ……」
「なに?」
「それ、どうにかならんかったのか?」
俺が指し示す〝それ〟とは、エレインの頭に付いている菫の花飾りのついた髪留めの事である。
エレインはその事を指摘されると、それに触れながら顔を赤らめてこう言った。
「実は女子寮に移った後、あの時の三人と同じ部屋になったんだ。その時にこれを貰っちゃって……嬉しくてつい」
「すげぇ似合ってるけど、稽古中に壊れたりすると仕方ねぇから亜空間に仕舞っとくぞ?」
「似合ってるって……ホントに?えへへ……うん、お願いしよっかな」
褒められて嬉しいのかニコニコしながら髪留めを俺に手渡すエレイン。
ジジイから〝女が飾りをつけていたら先ず褒めろ〟と言われていたから、自然と言葉が出てきただけなのだが……。
俺は髪留めを亜空間の中へと丁寧に仕舞うと、エレインと共にジョギングを始めたのだった。
まぁ、そこで放り込むのも失礼だしな。
その後、体操と柔軟を行ってからエレインと軽く打ち込みを始める。
「踏み込みが甘い。そんなんじゃ力が上手く伝わらなくて簡単に弾かれるぞ」
「はい!」
「それから腰の回し方も甘い。刺突や斬り払いは上半身じゃねぇ下半身だ。下半身がしっかりしてりゃあ……」
ヒュッ────
「うぐっ……!」
「このように鋭い攻撃を放つ事が出来るんだぜ?」
「分かった。本当にムメイの動きは勉強になるよ」
傍から見れば俺がエレインに稽古をつけてやってるように見えるが、実はこうしていることで俺自身も動きの確認に繋がるので両者共にプラスなのである。
俺から見たエレインの動きはなかなかのものだが、やはり僅かに足りない所が多い。
例えば先程のように踏み込みの甘さや腰の使い方……他には技を放つ際に僅かにモーションが大きくなるなど……ほんの些細な事だが、その些細な事が勝敗に大きく繋がるのである。
「ここまで、だな」
「参りました……」
突きを放とうとしたエレインの懐に潜り込み、鬼正の刃を彼女の首元で寸止めする。
負けを認めた彼女は両手を上げて敗北宣言をした。
「距離が空いたと思ったのに……突きを放とうとした瞬間に目の前にいた」
「刺突を放つ時は相手の体勢を崩してからの方がいいな。でないと今みたいに簡単に潜り込まれるからよ」
「そうだとしてもムメイは速すぎるよ。どうしてあんな一瞬で潜り込めるの?」
「ん?あぁ、それは歩法……つまり足運びによるものだ」
「足運び?」
どうやらエレインはピンと来て無いらしい。
俺は彼女から少し離れると、地面を蹴りあげ一瞬にして彼女の目の前に立った。
「み、見えなかった……」
「こいつァ〝縮地法〟って言ってな、主に相手との距離を詰める時に使う独特の歩法だ。意外と難しく、俺でも極めるのに半年はかかった」
「ムメイでも半年……なら、私だったら一年はかかっちゃうね!」
「いやいやいや、規格外な彼の言葉を鵜呑みにしてどうするんですの……」
エレインの言葉に誰かのツッコミが入る。
見ればそこには縦ロールが特徴的な緑銀色の髪の女生徒が立っていた。
彼女は確か────
「……誰だっけ?」
「剣士・騎士学科所属一年、マリアベル・フォン・レッドフィールドですわよ!もう!同期となるのですから覚えておいて下さいまし!」
あ〜そうだったそうだった……マリアベルは昨日あの場にいた三人組の一人で、エレインの家と並ぶレッドフィールド公爵家のご令嬢だったな。
学園から支給された運動着姿を見るに、彼女もまた朝稽古をしていたのだろう。
片手には見事な斧槍が握られている。
「日課のトレーニングの最中に剣が合わさる音が聞こえたかと思ったら……やはり貴方達でしたのね」
「マリアも混ざる?」
「遠慮しておきますわ……私の自尊心とか自信とか、諸々砕かれてしまいそうですもの……」
勿体無い……長物を使う相手との勝負はした事が無いので、是非ともお手合わせ願いたかったのだが。
「そのような手合わせを欲しがるような顔をされても、するつもりは毛頭ありませんわよ?」
マリアベルはそう言うと呆れた顔でため息をつくのであった。
その後宿へと戻った俺は汗を流し、支度を整えて学園へと向かう。
本当はもう少し稽古をしていたかったのだが、マリアベルが〝乙女の支度は殿方よりも時間がかかるんですのよ〟と言ってエレインを連れて行ってしまったので、やむなく断念する事になった。
学園へと到着すると、掲示板にクラス分けが張り出されていたのでその中の〝剣士・騎士学科〟の欄を確認。
俺は剣士・騎士学科Sクラスに配属されていた。
ちなみにエレインとマリアベルとも同じSクラスだったのも確認し、意気揚々と教室へと歩き出す。
すると一人の男子生徒と肩がぶつかってしまった。
「すまん。大丈夫だったか?」
直ぐに謝罪し相手の安否を確認すると、直後に何故か周囲がザワめき始める。
俺、何かしたか?
俺と肩がぶつかった男子生徒は、その肩を手で数回払うと、俺を見てからニッコリと笑った。
「こちらこそすまない。余所見をしていたものだから私の方に落ち度があった」
見れば男子は好青年といった感じで、その中で高貴なオーラを放っていた。
その男子生徒はクラス分け表に目を向けると、再度微笑んで俺に握手を求めてきた。
「ここで会ったのも何かの縁だろう。私の名はアルフォンス・ルーカス・フォン・アルカトラム。長いので〝アル〟とでも呼んでくれ。ちなみにこの国の第一皇子だ」
「あぁ、どうりで周囲の反応がおかしかったのか。俺はムメイ。ムメイ・ミツルギ。ムメイって呼んでくれ」
「私が第一皇子と知っても態度を変えないのだな?」
「〝相手が皇子だから〟って理由で態度を変えんのは媚び売ってるようで嫌いなんだよ。それともやっぱ態度を改めた方が良かったか?」
「いや、いい。私と同じ歳の者は距離を置いてしまってね……昔から対等に接してくれる友人が欲しかった所だ。だから態度を改めなくていいさ」
俺とアルフォンス……アルは互いに握手を交わしたのだが、その間も周囲の生徒達は有り得ないものを見るような目で俺達を見ていたのだった。
ちなみにアルも俺と同じクラスだったらしい。
一緒に教室へと入ると、これまた今日から一緒に学園生活を共にするであろう生徒達がギョッとした顔でこちらに注目している。
「ムメイ……もしかして私の顔に何かついてるのだろうか?」
アルは真面目な顔で何を言っているのだろうか?
クラスの奴らが驚いているのはこの国の皇子であるアルと俺が一緒に教室に入ってきたことに対してなのだが……もしやこれが〝天然〟というやつなのだろうか?
「違うぞアル。お前の顔に何かついてるんじゃなくて、俺とお前が一緒にいることに驚いてんだ」
「それは何故だ?」
俺とアルがこうしてやり取りしている間にも、クラスの奴らから〝殿下にタメ口?!しかも愛称で?!〟とか、〝今、殿下に向かってお前って言ったぞ?!〟という声が聞こえてくる。
しかし当のアルは未だによく理解していないようだった。
そんな俺とアルを見兼ねたのか、マリアベルが静かに歩み寄り、小声でアルに忠告をする。
「アルフォンス殿下。第一皇子ともあろう御方がそのように市民に愛称で呼ばせたりタメ口で話させたりするものではありませんわよ」
「これはレッドフィールド嬢。しかしだな、ムメイは私の友人なのだから別に構わないだろう?」
「へ?ゆ、友人?それはどういう……」
「む?友人というのは自身が心を許し、もっとも信頼を置ける相手の事を指す言葉だ。更に信頼が高い者は〝親友〟と言って────」
「いえ、友人という言葉の意味を問うたわけではなく……」
俺とアルが友人同士という点に対しての質問をしたマリアベルだったが、アルがその天然による返しをしたことにより困惑しながらツッコミを入れた。
そのツッコミにもアルは疑問符を浮かべていたのだが、ここは助け舟を出した方が良いのだろうか?
「ムメイ様、少しよろしくて?」
助け舟を出すか否かで迷っていたらマリアベルの方から説明を求められる。
俺が教室へ来るまでのことを説明すると彼女は大きくため息をついた。
そして勢いよくアルに顔を向けると、俺を指さしながらアルとの問答を始めた。
「殿下!今日会ったばかりの方を友人関係を結ぶとはどういうおつもりですか!」
「会ったばかりでも意気投合したのだ。普通だろう?」
「この規格外の人外でなくてもよろしいでしょう!」
「規格外の人外って俺の事か?」
「貴方は黙ってて下さいまし!」
「ほう?レッドフィールド嬢がそこまで言うのなら、更に興味が湧いてきた」
「湧かないで下さいまし!殿下には友人にふさわしい立場や階級の者がおりますでしょう!」
「彼らは揃って私と距離を置いてしまうんだ。その点、ムメイは私と同等の立場で接してくれる」
「周囲が距離を置くのは殿下がこの国の皇子だからです!殿下に対してムメイのような態度を取るのは無礼に当たるんですのよ!」
「そのせいで私は今の今まで友人と呼べる者がいなかった」
「しんみりしないでくださいまし!」
いつ終わるか分からない問答に俺はこれ以上の介入をやめて席へとつこうとした。
するとマリアベルが俺の肩を掴んで圧のある笑みでこう言った。
「何を他人事のように席へとつこうとしてるんですの?」
「えぇ……」
それから俺とアルは教師が来るまでマリアベルの説教を受けたのだった。
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「初めまして皆さん!私は本日よりこのクラスの担任となったミオ・フォン・アリストテレスです。私は例え皆さんが優秀であろうと、そしてどのような立場であっても厳しく評価します。もちろん……この国の皇子であってもです」
今日から俺達の担任となったアリストテレス先生が挨拶の最後にアルを見てそう言った。
するとアルは数回頷き、その言葉に賛同する。
「それでこそアルカトラム帝国総合学園の教師だ。逆にそうでなければ困る」
アルの言葉にアリストテレス先生は〝よろしい〟と頷き、そして咳払いをして話を続けた。
「早速ですが皆さん。授業を始める前にご報告とご紹介をせねばならない事があります」
アリストテレス先生の言葉に教室内がザワつく。
そんな生徒達を前にアリストテレス先生は自身の向かって左側にある扉に向かって〝入ってください〟と誰かに指示を出す。
すると扉からは騎士学科の男子生徒用の制服を着たエレインが入ってきた。
女子なのに男子生徒の制服を着ているエレインに俺とマリアベル以外の生徒が再度ザワついた。
「このクラスの中にも彼……いえ、彼女を知っている者はいるでしょう。その者は今、非常に困惑していると思います。何故なら彼女、エレイン・フォン・ローゼクロイツは〝エレン・フォン・ローゼクロイツ〟という男子生徒を装って初等部と中等部に通っていたのですから」
「その事に関しては本当に申し訳ないと思っている」
「エレインさんが男だと偽っていた理由は、彼女の家庭の事情によるものです。なので皆さん、変な勘繰りは決してしないように!」
嘘である。
エレインが男子生徒と偽っていたのは彼女自身が自ら望んだ事で、そこに家の事情は介入していない。
なのにそんな理由にしたのは、事情を知らない生徒達でも納得出来るように考えたからだろう。
まぁ……彼女を男だと思い狙っていた女子達はショックだろうが……。
逆に野郎達はエレインが女であると知って狙い始めたな。
「そのような理由で男子生徒として通っていたエレインさんですが、本日からは女子として通うことになりました。ですが長年の男装生活のせいでスカートに違和感があるという事で、制服は男子生徒用のものを使っています」
確かにエレインと初等部の頃から通っていた奴らからしてみればスカートを履いてる彼女の姿は違和感だろうな。
しかしだな……女性特有の胸の膨らみを隠さず、そのまま男子生徒の制服を着ているのも違和感だと俺は思うぞ?
「さて、以上で報告と紹介については終わりとします。エレインさんは席についていいですよ」
「はい、わかりました」
「では、本日は学園内の案内があるので、先ずはその前の説明へと入ります」
そう言って学園地図を黒板へと貼っていくアリストテレス先生を背に、エレインは当たり前のように俺の左隣の席へと座った。
そして俺に声をかけようとして、その先に座るアルを見て動きが固まった。
それに気づいたアルは笑顔で手をヒラヒラとさせているだけで何も発しない。
はぁ……仕方ない、ここは俺が受け持つとしようじゃねぇか。
「まさか男子生徒の制服で来るとは思わんかった」
「え?あ……うん。どうにもスカートはスースーして……」
そう話すエレインだったが、その目は〝どうして殿下が?!〟という疑問に染まっていた。
なので俺は彼女にも事の顛末を説明したのだった。
そしてそれを聞いたエレインが更に困惑したのは言うまでもない。
ちなみに各クラスの人数は
S→10人
A→20人
B→30人
C→40人
D→50人
E→50人
となっております