救出、そしてその日の夜
オドバンに脅され、言われるがままに倉庫の中へと連れられ、そして拘束された私は何も出来ずにただ目の前にいるオドバンを睨みつけていた。
すると後から二人の男子生徒が見知った三人の女生徒達を連れて倉庫へと入ってくる。
「ここは……?」
「こんな所に連れてきて何をするんですの?」
「あれ?なんでエレン様がここに?しかも縛られてる……」
最悪だ……。
オドバンの考えからしてこの後何をするのか察していた私の表情は青ざめた。
女生徒達はこれから何が行われるのか、どうして私が縛られここにいるのか、そして自分達はどうして連れてこられたのか……その不安に周囲を忙しなく見渡している。
そんな彼女達に向かってオドバンは下卑た笑みでこう言い放った。
「ようこそ御三方。これからとても面白いもんを見せてやる」
オドバンはそう言うといきなり私の胸ぐらを掴み、そして勢いよくボタンを引きちぎった。
するとサラシまで取れたのか私の胸があらわになる。
「「「────っ?!」」」
彼女達は私が男だと信じきっていたのだろう……男性にはあるはずのない私の胸を見て驚愕の表情を浮かべている。
「お前らが男だと思っていたエレン・フォン・ローゼクロイツは実は女だったんだよォ!どうだエレン?今まで隠していた秘密をこうして暴かれる気持ちはよォ!ひゃはははは!」
「くっ……!」
私は屈辱に顔を歪ませ、零れそうな涙を必死に堪えていた。
「そんな……エレン様が女性……?」
「ありえないですわ……でも、確かに胸が……」
「そんな……嘘だと言ってくださいエレン様!」
「………………すまない」
未だに信じられず問いかけてくる女生徒達にそんな謝罪の言葉を述べると、彼女達の表情は絶望に染まった。
「いい気味だなぁおい?女のくせに調子に乗るからこんな目に遭うんだ。まぁ、調子に乗った罰として今から俺らの慰み者になって貰うからよォ」
オドバンはそう言うと私の胸を掴もうとしてくる。
しかしそんな彼を制止する者がいた。
「待てオドバン。お前の言う通り連れてきてやったんだから約束通り俺から楽しませてもらうぞ?」
「あ、申し訳ありません。ブルガスの兄貴……」
オドバンが口にした〝ブルガス〟という名に私の体が強ばる。
というのもブルガス────ブルガス・フォン・カニバリウスと言えばカニバリウス伯爵家の問題児として有名だった。
非常に暴力的な人物で、何かと問題を起こしては父親に揉み消させている危険な男である。
ブルガスは震える私の前へとしゃがみ込むと、その大きくゴツゴツとした手をゆっくりと私の身体へと伸ばしてきた。
「やめろ!」
思わずブルガスに蹴りを放つ………だが、その蹴りは呆気なくブルガスに掴まれてしまった。
そしてブルガスは私の腹部に一発。
私はその衝撃で思わず嘔吐してしまう。
「がっ……うぉぇぇぇぇ……」
「あ〜あ〜汚ねぇなぁ。俺の制服についちまっただろうが!」
「あぐっ……!」
嘔吐した私の顔にブルガスの蹴りが襲う。
腹部と顔へのダメージで私にはもう抵抗する力は残されていなかった。
そして私はこれから起こる事への覚悟を決めた。
こんな事で私の夢が潰えるのは悔しいけれど、でも……もう……。
そうして覚悟を決めて目を閉じた時だった。
突然、私の頭上で衝撃が起こり、目を開けて見上げてみるとそこには頭から壁に突き刺さっているブルガスの姿があった。
死んだのだろうか……ブルガスは見事な直立不動の姿勢で腰辺りまで壁に突き刺さっている。
そして前を見ると、そこにはブルガスを殴り飛ばしたであろう姿勢のムメイの姿があった。
彼とは今日初めて会って、たった数時間話しただけの間柄ではあるけれど、それでも今まで見たことの無いくらいの憤怒の表情であった。
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
エレインの前に立っていた男をぶっ飛ばした俺はエレインに目を向ける。
彼女は殴られたのか、腹部と顔が赤く腫れていた。
俺はそんな彼女を縛っているロープを解き、そして自身の制服の上着をかけてやると、残り二人を睨みつけながら口を開く。
「ジジイが言ってたんだよな……罪もない他人には優しくしてやれ。女子供は特に優しくしろってよ」
「い、いったい何の話だよ?」
今朝方エレインに倒された男が恐る恐るそう訊ねてきたので、俺はそいつの顔面に飛び蹴りをくらわせてからこう言い放った。
「テメェらを叩きのめす理由には十分だって話したんだよクズ野郎共!」
「ムメイ、後ろ!」
エレインの声で振り返ると、ナイフを弄んでいた男が直ぐそこまで迫っていた。
ボキッ────
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
男のナイフは俺には当たらず、代わりにソイツの腕がへし折れる。
この一連の流れを説明すると、先ず俺は男のナイフが当たるか当たらないかの距離で躱し、そのまま通り過ぎた奴の腕を掴み、そしてその肘を狙って膝蹴りでへし折ったという感じである。
最後に折れた腕を抑え悶絶する男の顔面を踏み抜き意識を奪った俺は、顔を抑えてのたうち回っている最後の一人の前に立った。
「ぐ……ぐぞ……俺は……俺はダルディーノ男爵家のオドバン様だぞ!」
「知らねぇよ。誰がどう見ても下衆野郎の何者でもねぇだろうが」
「俺が親父に言いつければ、テメェなんか……!」
「男なら親に頼ってねぇで自分で何とかしろよ」
「なん────……くくっ、そんな事を言えるのも今のうちだぞ?」
「は?」
何かを言いかけようとして直ぐにおかしな事を言い始めるオドバンという下衆野郎。
その直後に俺の頭に重い衝撃がのしかかった。
「ムメイ!」
「「「きゃあぁぁぁ!」」」
エレインと女生徒達の悲鳴が重なる。
しかし俺は何事もなく、ただただ足元に何かの欠片がいくつも落ちていった。
「あん?」
「なっ……?!」
振り返れば瓦礫の欠片を手に唖然としている大柄な男の姿。
ここに来たと同時に俺が殴り飛ばした男だった。
どうやら意識を取り戻したらしい。
そして俺の頭を壁の瓦礫で殴りつけたらしいが、残念ながら俺は何故か身体が頑丈で、その程度では傷一つつくことは無い。
だが背後から殴るという卑怯な手を使った男への怒りが一気に最高点まで達し、俺は男の顔面を掴んでいた。
「うぐぉあぁぁぁぁ!」
俺のアイアンクローに男が悶絶する。
俺はそんな男の事を気にかけることなく、そのまま壁に叩きつけた。
何度も何度も叩きつけ、壁が崩落した時には男は白目を向いた状態だった。
「そんな……ブルガスの兄貴が……」
「あ〜……もう……限界だわ。怒り心頭ってやつだわ」
「ひっ……!」
怒りに血走った目で睨みつけると、オドバンは小さな悲鳴を漏らす。
そして俺はそんなオドバンの胸ぐらを掴むと、ゆっくりと拳を握りしめた。
「金輪際、二度とエレイン達に危害を加えねぇよう教育してやるよ。エレインの顔を見た途端に、これから起こる事が脳裏にチラつくようにな」
そして俺は拳を振り下ろし、オドバンの悲鳴が響き渡るのであった。
その後、オドバンと他の二人を引きずって教員室へと連行し、事の顛末を説明した。
明らかにやり過ぎである事に対して注意を受けたが、それ以上のお咎めは無しとの判定を受ける。
ちなみにオドバンと他二人については停学処分……しかもオドバンの父親はこれがきっかけで過去の悪事も明るみになり爵位を取り上げられお家取り潰しとなったらしい。
よってオドバンはそのまま退学し、他の二人も同様に退学となった。
エレインについては初等部から性別を偽って通っていた事がバレてしまい、あわや退学処分を受けそうになっていた。
なので俺が教師達に土下座をして処分を与えないよう頼み込むと、理事長とやらがそれを承諾してくれた。
よってエレインは何のお咎めもなく学園に通い続ける事になったのだが、その日の夜のうちに〝女子寮への移動を終わらせる〟という罰を受ける事になった。
俺もそれを手伝う事を言い渡され、あの時居た女生徒達も手伝う事に。
「重いもんは任せろ。そっちは衣服類を頼むわ」
俺は指示を出しながら本棚やら食器類が入った箱を運び出す。
エレイン達も彼女の衣類が入った箱を外へと出し、荷車へと積んでいった。
女性という事で荷物が多く何回かに分けて運んでゆくのだか、全員で行くと野郎共に盗まれたりしそうなので俺が荷物番をする事になった。
暫く待っているとエレイン達が帰ってきたのだが、新たにもう一人見知らぬ人物も同行してくる。
俺はその人物を見て思わず固まってしまう………ゴリラと見間違うぐらいの大柄の女生徒だった。
いや……人間の女性では毛深過ぎており、体つきも全く違う。
どうにかその胸で女性と分かるが筋肉の付き方が異常だ。
俺はその時点で彼女が獣人種である事を理解する。
「失礼ね。人を見て固まるなんて」
「あぁ、いや……猿型の獣人種を見たのは初めてでして」
「あら?私が剛猿人族だと見抜くなんて凄いわね」
「人族の女性の筋肉の付き方ではないっスからね」
どうやら正解したようだ……しかも〝剛猿人族〟とはな。
剛猿人族は猿人族の中でも希少で、男女問わずその力を重宝されて兵士や戦士に雇用されている。
背中に背負った金属製の棍棒……つまり金棒を見るに兵士学科か、それとも冒険者学科の生徒だろう。
「冒険者学科所属の二年、ゴリエ・グラディウスよ。よろしくね」
「グラディウス!あの常勝無敗で有名な帝国軍将軍のグラディウス……まさか先輩は親族の方っスか?」
「よく知ってるわねぇ。そうよ、将軍のゴリアス・グラディウスは私の祖父なのよ」
帝国軍将軍ゴリアス・グラディウスの武勇伝は帝国内どころか他国でも有名だ。
軍を襲った砕牙虎を殴り殺したとか、まだ新兵だった頃に殿を自ら請け負い、敵軍の足止めどころかたった一人で壊滅させたなど、今の子供達が聞いたら興奮するような逸話ばかりである。
まさかその親族に会えるとは……。
「本日入学しました剣士学科所属一年、ムメイ・ミツルギです。こちらとしてもよろしくお願いします」
「礼儀正しい子ねぇ。そうそう貴方聞いたわよォ?なんでもクズな連中からエレインちゃんを助けたんだってねぇ?」
「教えたのか?」
「まぁ……女性とバレた以上、偽名を使う必要も無くなったから」
エレインはそう言って苦笑する。
「それにあのクソッタレなブルガスを壁に突き刺したんだって?その話を聞いた時、私達はとてもスカッとしたわぁ」
「あ〜……あん時ゃ無我夢中だったもんで」
「他の人族の男性とは一線を画した膂力を持ってるのねぇ。もし良かったらこちらに遊びに来てもいいのよォ」
「いや……それは遠慮しときます。流石に校則を自ら破るのは気が進まないんで」
「真面目なのねぇ」
「ゴリエ先輩。ムメイは寮住まいじゃなくて宿に住んでるそうですよ」
「あら、そうだったの」
エレインの説明にゴリエ先輩は〝残念ねぇ〟と呟いていた。
その時の獲物を狙うかのような視線に思わず背筋に冷たい汗が流れた。
そして話題は俺の持つ刀へと変わる。
「そういえば珍しい剣を持ってるそうね?良かったら見せて貰えないかしら?」
「別にいいッスけど……重いっスよ?」
「あら、私は剛猿人族でしかもゴリアス将軍の孫よォ?そんな心配しなくても大丈夫────って、重ぉっ?!」
軽口を叩きながら俺が差し出した鬼正を手にしたゴリエ先輩の手が一気に真下へ落下する。
なんとかもう片方の手で掴み地面ギリギリで持ち堪えたが、それ以上は持ち上げられないようだった。
「ちょっ……いったい何で出来てるのこの剣?!」
力自慢のゴリエ先輩のありえない姿にエレインや女生徒達も目を見開いていた。
当のゴリエ先輩はブルブルと震えながら俺に向かってそんな質問をしてくる。
「え〜と、確かヒヒイロカネ、玉鋼、オルハリコンにミスリル……あぁ、あと龍神の爪、角、牙に、その鱗をすり潰して粉にしたものを混ぜ合わせたってジジイから聞いてるっスね」
「…………?!」
鬼正に使われた素材を聞いたゴリエ先輩は絶句していた。
そして震えながらも俺に鬼正を返したあと、手を差し出してこう提案してくる。
「ちょっと私の手を軽く握ってみて貰えないかしら?」
「軽くって……何割くらいっスか?」
「そうねぇ………三割程で」
言われるがままに三割程度の力でゴリエ先輩の手を握る。
するとその瞬間、ゴリエ先輩がその場で悲鳴を上げ始めた。
「いたたたたた!もういいわ!もう離しても結構よ!」
俺が手を離すと、ゴリエ先輩は握られた方の手を振ったり、息をふきかけたりしていた。
そして俺を見て一言……。
「貴方……化け物ね」
俺の精神を抉るには十分過ぎる一言だった。
ちなみにアルカトラム帝国総合学園に入試は無い