聖女ルナマリア・セントフィリア
私、ルナマリア・セントフィリアは祖国の神聖エルサレム法国から、大国のアルカトラム帝国へと留学することになりました。
留学する理由としましては、神聖魔法と治癒魔法の更なる成長を目的としておりまして、その為に優秀な方達が集まると有名なアルカトラム帝国総合学園へと留学することになったのです。
実は祖国の教会関係者達からは留学などせずに自国で訓練すれば良いという声が多く上がっていたのですが、今の法王様と女性教皇であるフランチェスカ女教皇様、そしてラファエル枢機卿とアズリエル枢機卿が〝他国へ渡り、様々な知識を得るのも大切〟と仰ってくれて、こうして私の留学の話を進められました。
ちなみに私は今代の〝聖女〟らしく、その事で恥ずかしながらあまり外の事を知らずに育って参りました。
私が聖女と認定されたのは、まだ10歳の頃で、それからは聖女に関することや神聖魔法などといった内容の事を学ぶのに時間を費やしていたのです。
でも、ちっとも嫌だとは思っておりませんでしたし、こうして外の世界の事を知る機会を与えてくださったフランチェスカ女教皇様達には感謝の言葉しかありません。
そうして私はまだ見ぬ国や、これから送るであろう学園生活に心躍らせながら馬車に揺られておりました。
馬車の中では私の従者をして下さるフレアとガウェインもおりまして、移動中は彼女達と楽しくお喋りしていたので退屈ではありませんでした。
お二人共、私を〝聖女様〟、もしくは〝ルナマリア様〟と呼ぶので、少し距離を感じておりますが、それでも私が話しかけると気兼ねなく接してくれるので大好きです。
しかもフレアに関してはアルカトラム帝国の事を少なからず知っていらっしゃるようで、その国で一番有名な景色や美味しい食べ物を教えてくれました。
ガウェインはそんなフレアを戒めるようにお小言を言っていましたが、お二人の仲は険悪では無いので心配はないですね。
「他の国の学園には、どのような方がいるか楽しみです」
「留学先がアルカトラム帝国なのは僥倖でしたね。かの国は多種族共生国家……また優れた実力者が多く、それでいて比較的平和な国ですので、安全面からも申し分ありません」
「しかも噂では若いながらもS級討伐師もいるらしい……是非とも手合わせ願いたいと思っております」
S級討伐師は冒険者に比べて数が少ないそうです。
そんな方もおられるなんて、魔物や魔獣の心配は無さそうですね。
そうして休憩を挟みつつ馬車に揺られること10日……遂にアルカトラム帝国の帝都へと到着しました。
ここに来るまでの道中に出会った帝国の方々は本当に優しい方ばかりで、しかも〝聖女〟と打ち明けても変わらずに接してくれたりもしてくださいました。
ガウェインはそれが気に入らなさそうでしたが、しかし彼にもこの国の方々の優しさは伝わっていると思っています。
そうして門を抜けようとガウェインが衛兵さんに入国許可証と身分証を見せます。
すると衛兵さんはそれを確認したあと、ふと小声でこんな事を訊ねてきました。
「このまま学園へと向かいますか?それとも観光していきますか?」
「いえ、挨拶があるのでこのまま学園に向かおうと思っています」
「そうですか。ならこのまま進み、突き当たりを右に曲がると学園ですので」
「案内ありがとうございます」
「いえいえ」
衛兵さんとの会話を終えたガウェインが合図を出し、馬車は再び動き出します。
道の整備もしっかりと行われているのか、驚く程に揺れを感じませんでした。
「この国の街道整備の技術は目を見張るものがありますね……是非とも我が国にも取り入れたいと思うほどに」
「そうですね。そうすれば国の皆さんも腰を痛める事がなくなりますね」
「本当に聖女様はお優しい」
当たり前のことを言っただけですのに、ガウェインったら涙を流して感動するものですから正直恥ずかしいです。
まぁこれもガウェインの可愛いところの一つなのですけれど♪︎
衛兵さんの案内通りに進んでゆくと、そこには立派な建物がありました。
どうやらここが学園らしいです。
「凄く立派な佇まいですね……この国の威光を象徴してるかのようです」
「そう言って頂けるのは大変恐縮です。ですがこれは授業に必要な施設を集めたらこのようになってしまったんですよ」
ガウェインの感想にそんな返答をする人物……その人は女神様のような笑みを浮かべた女性の方でした。
「初めまして聖女様、そしてそのお付の方々。私はこの学園の理事長兼学園長をしております、クラウディア・エル・フォレスティアと申します」
耳が長い……どうやらこの学園長先生はエルフの方のようですね。
「そうですよ聖女様。私はハイエルフ族の者でして、出身はフォレスティア森林国です」
「────!?」
私の心を読んだのでしょう、学園長先生にそれ言われた私は思わず驚いてしまいました。
「あっ、申し訳ありません。いつも会う人に同じようなことを質問されてしまうのでつい……」
「いえいえ。こちらこそずっと見てしまい申し訳ありません。不快では無かったですか?」
「そんな事ありませんよ。ハイエルフ族はどこに行っても注目の的ですから」
怒ることなくそう言って下さる学園長先生。
すると隣にいたガウェインがこんな事を質問します。
「失礼……もしや貴方はフォレスティア王家と縁のある方ではありませんか?」
確かに!
学園長先生のお名前は国の名前と同じです。
ガウェインにそう訊ねられた学園長先生は、ニッコリしながら頷いておりました。
「はい。私は先代国王の娘で、今の国王の姉になります。ですが10年ほど前にこの国から来た方と恋に落ちまして、それで結婚を機にこの国に移住したのです。夫はこの国で宰相をしているのですよ」
学園長先生の話に思わず感動してしまいました。
とてもロマンチックで、私もそのような恋をしてみたいとさえ思ってしまいます。
けれど私は聖女……そのような恋なんて夢のまた夢ですね。
「さて、それでは学園長室で話しましょうか。何せこの学園は広いので、初めて来た人はどうしても迷ってしまうんですよ」
「それは仕方の無い事でしょうね。では行きましょうか聖女様」
ガウェインに促され、学園長先生に引率されて中へと入った私でしたが、気がつけば一人、学園の中に取り残されていました。
理由は明白です。
学園長室へと向かっている最中にとても綺麗な蝶々を見かけ、それを追いかけてしまったからですね。
今頃ガウェイン達が私を探し回ってることでしょう。
彼らには悪い事をしました。
せめて直ぐに会えるようにと、私もあちらこちらへ行きますがなかなか合流出来ません。
それに歩き回っていたせいか少々疲れてしまいました。
なので偶然見かけたお庭のベンチに座り休憩をしていましたら、誰かに声をかけられました。
振り返るとそこには〝黒〟という字が似合う方が私を見ており、私もいきなり声をかけられたものですから言葉に詰まってしまいました。
「いや、キョトンとされても困るんだが……お前、どこの生徒だよ?」
そんな事を言われましても、今日来たばかりなのでなんとお答えすればいいのか分かりません。
とりあえず正直にお答えしましたが、彼はちゃんと分かってくれたようで安心しました。
すると彼は驚くことに私を学園長室へと案内してくれるらしく、困っていた私はお言葉に甘えることにしました。
しかし知らない間柄とはいえ、いきなり〝お前〟と呼ばれた時には思わずドキッとしてしまいました。
何せそう呼ばれるのは初めてなもので……。
祖国では会うことの無い感じの人ですね。
このような方に会うのも、こうして他国へ渡った故の事なのでしょうか。
暫くそんな彼の隣を歩いておりましたが、ふと目を向けるとそこには可愛らしい猫さんが……。
(可愛い猫さん……)
そう思っていた瞬間、突然肩を捕まれ体の向きを変えられてしまいました。
そこには彼が困った表情で私を見ています。
どうやら私は、また無意識に猫さんを追いかけていたようですね……。
「頼むから大人しく俺に付いてきてくんねぇかなぁ?また道に迷われて探す羽目になりたくねぇからよぉ」
ごもっともです。
でも、可愛いものを追いかけたくなるのは人の性ですよ……ね?
あっ、はい、違いますね。
それは私だけのようですね。
申し訳ありません、ちゃんとついて行きます。
なんて事を思うも、その後も私はフラフラとどこかへ行こうとしていたらしく、その度に彼が引き止めてくださいました。
そして数分後、彼は疲れたのかその場でしゃがみ込んでしまいました。
「申し訳ありません……それ程までにお疲れになるような事をさせてしまって……」
「疲れてる理由は全く別の事なんだがな」
そうですね。
私が主な原因ですね、本当に申し訳ありません。
そう言えば昔からガウェインや育ての親であるエリオル神父様からも、よく〝いつもフラフラしているから気をつけた方がいい〟と忠告されていました。
(あうぅ〜……まさかここでもそれが起こってしまうなんて)
心の中で深く反省する私。
その隣では彼が何かに気づいたようでして、不意に立ち上がるとこんな事を言ってきました。
「あとはここで待ってりゃ大丈夫だ」
どうしてなのか分からなかったが、とりあえず言われた通りに待ってみようと思います。
ですが彼は私にそう言ったあと、どこかへ行こうとしていました。
どこへ行くのが訊ねると、なんとお昼寝をしに行くと言うではありませんか!
とても自由な方……。
最後にお礼を言うと〝お礼を言われるほどの事じゃない〟と返され、せめて名前を聞こうとしても彼は名乗らずに去って行ってしまいました。
名前を聞けなかったのは残念でしたが、ともかく言われた通りに待っていると、数秒で曲がり角からフレアとガウェインが私を呼びながら姿を現しました。
そして私を見つけると、凄い勢いで駆け寄ってきます。
「大丈夫ですか聖女様!急にいなくなるから心配でしたよ!」
「申し訳ありません。綺麗な蝶々を追いかけてしまいまして……」
「はぁ……ルナマリア様らしいですね」
フレア、それは褒めてませんね?
怒ってますよね?
はい、申し訳ありません。
「しかし学園長室の近くにいらっしゃったのは僥倖でした……これが学園の奥とかであれば更に時間がかかりましたよ」
「それはここまで案内してくださった優しい方のお陰です」
「そうなのですか?ならば是非ともお礼をしたいですね。それで……その方の名前は?」
「それがですね……」
私は迷ってから今し方までの事を全てガウェインとフレアに話しました。
二人はあの方にとても感謝していましたが、やはり名乗らなかった事で少し困ってもいました。
「どのような方でしたか?」
ガウェインにそう訊ねられたので、私は彼の第一印象や雰囲気などを述べました。
「黒かったですね。でも、太陽のような優しく温かく、それでいて風や雲のように何にも囚われず自由な方でした」
「「……」」
私の説明に二人は困惑していました。
私、何かおかしな事を言ってしまったのでしょうか?
「聖女様の〝目〟の事は存じております……しかしそれでは少々分かりにくいですね」
ガウェインの言う〝目〟とは、私のスキルである〝真理眼〟というものです。
これは人でも物でも、対象の本質を見抜くスキルらしく、それによって相手の性格や、嘘をついているかどうかも分かります。
けれど流石にその方の名前などは分からないのですけれど……。
「まぁその人物については追々探すとして、今は直ぐにでも学園長室へと向かうのが先ですね」
「そうですね。迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません」
「いえいえ、私達も学園長殿との会話に夢中で気にかけなかったのも悪いのですからお気になさらずに」
大変な苦労がありましたが、こうして無事に合流出来た私達は、改めて学園長室へと向かうのでした。
その後、学園長室にて学園長先生にもその話をしたのですが、残念ながら学園長先生も心当たりが無いようでした。
けれどその代わりと言っては何ですが、とても興味深いお話を聞くことが出来ました。
それはこの学園で起こった事件に関することで、一人の生徒のおかげで最悪の事態は防げたというお話でした。
「我が校恒例の野外訓練合宿で、魔獣ギガンウルブスが紛れ込むという事件が起こりましてね」
「ギガンウルブスとは、それはまた凶悪な魔獣ですね」
「えぇ、そのせいで生徒数名が亡くなってしまい、あわや壊滅、もしくは全滅の危機という事態でした」
「亡くなってしまった方達のご冥福をお祈りします」
「ありがとうございます。しかし、ある一人の生徒のおかげでそれは免れました」
「一人の生徒のおかげですか……」
「えぇ、彼は勇敢にもギガンウルブスに挑み、そして勝ってしまったのです!」
学園長先生は少し興奮気味でした。
それ程までに凄いことなのでしょうね。
「しかも彼のおかげで面白い発見も出来ましたしね」
「面白い発見とは?」
「それはですね……」
学園長先生は少し溜めたあと、笑みを浮かべながらこう言いました。
「なんと、ギガンウルブスがエンペラーフェンリルに進化したのです!」
「何ですって?!」
学園長先生の言葉にガウェインが驚きのあまりその場に勢いよく立ち上がります。
「驚きでしょう?分かります。私も聞いた当初は信じられませんでした」
「魔獣であるギガンウルブスが神獣エンペラーフェンリルに進化するなんてありえない事では無かったのですか?!」
「私もそう思っていました。ですが現実に起こっております。これはその場にいた複数人の生徒達も目撃しております」
「進化した理由については分かっているのですか?」
「見ていた生徒の話によれば、その生徒に追い詰められたギガンウルブスが突然光り、そして進化していたと……これは私の推測なのですが、強い生存本能が引き金になったようです」
「本当に信じられませんね……」
「まだまだ魔獣や神獣に関しては分からない事ばかりですので、仕方ないかと」
むむむ……小難しい話は苦手です。
とりあえず簡単に言えば、その強い生存本能とやらで魔獣が神獣に進化した、という事でしょうか?
それよりも、そんな危険な魔獣をたったお一人で追い詰めたという生徒の事は気になりますね。
「その方のお名前は何と言うのでしょうか?」
「えっと……確かムメイ・ミツルギという生徒でしたね」
私の質問に学園長先生は直ぐ答えてくれました。
この学園の生徒であるのならば、いつか会えるのでしょうか?
「しかし、入学当初は〝問題児〟とされていた彼が、今では〝学園の英雄〟なんて陰で呼ばれてるのですから驚きですね」
「問題児さんだったのですか?」
「えぇ、そうですよ。入学式の日に生徒を医務室送りにし、まぁその生徒は大きな問題を起こして退学になりましたが……その後はクラス選別テストで体育館ごと的を斬ったり、上級生数人を病院送りにしたりして、問題ばかり起こしてたのですよ」
「それはなんと言うか……凄いですね……」
「あはは……あぁ、そう言えば!聖女様を案内してくれた生徒に心当たりがありましたね」
「え?」
ムメイ・ミツルギという生徒の話の最中に何故かその話題を出す学園長先生。
私達がキョトンとしている中、学園長先生はその生徒とやらについて話し始めました。
「聖女様を案内してくれた生徒……それはもしかしたらそのミツルギ君でしょうね」
「何故そう思うのですか?」
「それは彼が魔力0だからですよ」
「……?」
関連性が分からず思わず首を傾げてしまいます。
確かに魔力が無いのは珍しいですが、それが何の関係があるのでしょうか?
「彼は魔力を持たないので、魔法関係の授業は免除されています。学んだところで使えないんですから意味無いという事でね。確か彼のいる騎士・剣士学科はその時、魔導師学科の生徒達と合同で授業を行っていたはず……その時間に授業に出ずに一人でほっつき歩いていたとなれば彼以外に誰もいないでしょう」
学園長先生の推測に思わず拍手してしまいそうになる私。
そうですか……あの時助けてくれた方はそのムメイ・ミツルギさんですか……。
「聖女様、この後に改めてその生徒にお礼を言いに行きますか?」
「いいえ。彼自身がそれを望んでいないので、行ったところで逆にご迷惑になるでしょう。また顔を合わせた時にお礼を述べればいいのです」
「分かりました」
少しの間会話した程度でしたが、ミツルギさんはそういった事は面倒だと思う性格だと、私はそう思っていました。
なのでまた会った時に言う程度でいいと判断します。
ガウェインもそれを了承してくれて、この話はここで終わることにしました。
その後、私は魔導師学科のSクラスへの留学が決まり、以降は荷解き等の為に学園の寮へと向かいました。
そこで大きな大きな女性の先輩に会ったのですが、この世にはあれほど大きな女性の方もいらっしゃるんですね。
私、とても驚いて腰を抜かしそうになってしまいました。
でもとても優しかったので〝人は見た目に限らない〟って本当だったんですね。
その日の夜は同じ部屋にして貰えたフレアと私は、私達が来るまで一人で部屋を使っていた生徒さんと直ぐに打ち解け合い、楽しい時間を過ごします。
そしてベッドに入り今日、私を助けてくれたあのムメイ・ミツルギさんについて考えながら目を瞑ります。
(ムメイ・ミツルギさん……ムメイさん?ミツルギさん?あぁ、なんとお呼びすれば良いのでしょうか……)
再び会えた際に呼び方で迷ってしまうなんて事は避けたいところ……しかし今悩んでも仕方ありませんね。
再び会えたら、その時にどのようにお呼びすれば良いのか訊ねれば良いのです。
(いつか、また会えるといいのですけれど……)
出来れば早い内に会いたいと願いながら、私はそのまま眠りにつきました。
しかし、その〝いつか〟が、まさか翌日になろうとは……。
そんな事を知らない私は、心地良いお布団の感触を堪能しながら、楽しい夢を見るのでした。




