プロローグ
あれから数日が経ち、俺達は平穏な日常を迎えた。
今は魔導師学科との合同で魔法に関する授業が行われているのだが、魔力が無い俺には関係がなく、なので一人ぶらぶらと学園内を歩いていた。
すると中庭に置かれたベンチに目が止まり、心地よさそうな風も吹いているという事で昼寝にでも勤しもうと向かう。
しかしいざ中庭に着いた時に、ボーッと空を眺めている一人の少女がそのベンチに座っていた。
先客がいたのでベンチで寝ることを諦め、その場から立ち去ろうとする。
しかし、どうにも気になって気づけば俺はその少女に声をかけていた。
「お前、何してんだこんなとこで?授業はとっくに始まってんぞ?」
俺に声をかけられ少女がこちらに顔を向ける。
綺麗な装飾が施されたヴェールでよく見えなかったが、少女は灰銀色の長い髪に、瞳も同じ灰銀色で、誰が見ても絶世の美少女という容姿だった。
少女は俺に顔を向けてもキョトンとした顔をするだけで何も言わず、なので俺も反応に困った。
「いやキョトンとされても困るんだが……お前、どこの生徒だよ?」
「どこと言われましても……今日、この学園に来たばかりなので」
「今日来たばかり?するってぇと留学生か?」
「そうなりますね」
この少女はアレだ……いわゆる〝天然〟ってやつだ。
俺は少女がここにいるあらゆる理由を推測し、最も可能性が高い理由を彼女に訊ねてみる事にした。
「もしかして……迷子か?」
「そうだと思います」
少女は他人事のようにそう返すが、雰囲気からその理由で間違いないと断定する。
俺は面倒そうに頭をかくと、仕方なく少女が目指す場所へ案内してやることにした。
「まぁ、この学園は広いからな、迷うこともあるさ。ンで、どこに行こうとしてたんだ?」
「案内してくれるのですか?」
「まぁ、こうして話しかけっちまった以上、見て見ぬふりってのもな。それに俺はどこに何があるか記憶してるしよ」
「まぁ!こんなに広い所を憶えているのですか!?それは凄いですね!」
これ程までに素直に褒められると照れ恥ずかしいな。
まぁともかくさっさと案内して昼寝に勤しむとしよう。
「それじゃあ目的の場所を教えてくれ」
「はい。それでは学園長室までお願いします」
学園長室か……留学してきた事の挨拶に行こうとしてたってところか。
俺はエスコートするように少女に手を差し伸べ少女が立ち上がったあと、彼女を学園長室への案内を始めたのだった。
その道中、俺は世間話の代わりになぜ迷ったのか理由を訊ねてみる。
「そういやどうして迷ったんだ?誰か付き人はいなかったのか?」
「実は従者の方達と学園長室へ向かっていたのですけれど、途中で綺麗な蝶々を見かけまして……それを追いかけてたら迷ってしまっていました」
まるで猫か犬のような理由だな……。
少女が迷った理由に思わずズッコケそうになるのを堪えながら、俺は学園長室を目指して歩く。
すると暫く少女を横目に歩いていたのだが、隣で歩いていた彼女の姿が徐々に視界から外れてゆく。
〝まさか〟と思い振り返ると、少女はフラフラと猫を追いかけ始めていた。
慌てて駆け寄り肩を掴むと、少女の向きを俺に向けて彼女を戒める。
「頼むから大人しく俺に付いてきてくんねぇかなぁ?また道に迷われて探す羽目になりたくねぇからよぉ」
「それは申し訳ありませんでした。とっても可愛らしい猫だったもので」
「今は猫が目的じゃねぇよな?学園長室に行かなきゃならねぇンだよな?」
「そうですね」
ヤバい……頭が痛くなってきた。
少女はフワフワとした感じで、マジでこっちが注意しとかねぇとどっかに行っちまいそうだ。
「次にフラフラとどっかへ行こうとしたら、縄でふん縛ってでも連れてくからな」
「分かりました」
なんて忠告も意味を成さず、少女はそれからもフラフラとどっかへ行こうとしていた。
その度に捕まえ、注意し、また捕まえを繰り返していた俺は、ジジイの修行の時以上の疲労感を覚えるのだった。
数分後、俺は疲労により少し休憩をとることにした。
グッタリしながらしゃがみ込む俺に、少女が申し訳なさそうな顔で声をかけてくる。
「申し訳ありません……それ程までにお疲れになるような事をさせてしまって……」
「疲れてる理由は全く別の事なんだがな」
ボソッとそうツッコミを入れる俺。
その時、微かに遠くから男性が誰かの名前を呼び続ける声が聞こえてくる。
女性名のようだが、もしかしなくても今、隣にいる少女を探しているようだ。
このままなら一分もせずにこちらに来るだろう。
俺は腰を上げると、少女に向けてこう言った。
「あとはここで待ってりゃ大丈夫だ」
「そうなのですか?」
「そうだ。あっ、くれぐれもどっかに行くんじゃねぇぞ?それじゃあな」
「えっ、いったいどちらへ?」
「ぶっちゃけ今やってる授業は俺には全く関係ねぇやつなんでな。昼寝しに行くんだよ」
「でもお礼をしたいのですが……」
「別に礼を言われるほどの事でも、される程の事でもねぇよ。気にすんな」
「ならお名前だけでも……」
「名乗るほどのもんでもねぇよ。ここに通うってんならどっかでまた会えんだろうしな。じゃあな」
「あっ……」
少女はまだ何か言いたそうだったが、俺が縮地でその場から消えた為、その先を聞くことは無かった。
そして俺は中庭へと戻り、ベンチに寝っ転がり昼寝を始めたのだった。
それから数十分後、俺は体を揺さぶられ目を覚ます。
そこには微笑みながらこちらを見下ろしているエレインの姿があった。
「おはよう、ムメイ。魔法の授業終わったよ?次は剣術訓練だから訓練場に移動だって」
「そうなんか。ふあぁ……あ〜よく寝た」
「ムメイも受ければいいのに〜」
「魔力0で魔法が使えない俺が受けた所で何の意味もねぇよ。そういやルゥは?」
「ルゥちゃんはマリアと一緒にいるよ。なんか魔法の事で色々と聞いてたな〜」
「まぁルゥも魔法を使えるし、聞くところによるとマリアベルの技と似通ったスキルも持ってるみてぇだから知りたい事が多いんだろ。俺じゃああんまし教えてやれねぇ分、助かるっちゃ助かるがな」
「そうだね。でも、ルゥちゃんもムメイと一緒に授業を受けたがってたよ?」
「ん〜……まぁ、前向きに検討してみるわ」
俺は最後にそう言うとベンチから立ち上がり、背伸びをしてエレインと共に訓練場へと向かうのだった。
平穏な毎日……しかしその平穏は、先程出会った少女と、そして他の二人の留学生達により虚しくも終わりを迎える事になる。
しかし今はまだそんな事を知らない俺は、エレインと共に呑気に世間話をするのであった。
ムメイ「そういやエレインよォ……道案内って存外疲れるもんなんだぜ……」
エレイン「……はい?」




