終幕
話はムメイがムハマンドと共に地下に落ちてくるほんの数分前まで遡る。
ムメイとムハマンドが交戦中、マリアベルが放った〝雷霆〟による閃光、轟音、そして衝撃により、ムメイが窓の外を見ながら世間話をするようにムハマンドへと話しかけた。
「おーおー、派手にやってんねぇ。なかなかの気配を纏った奴が外にいたようだが、まぁこの様子じゃマリアベル達が勝ったようだな」
「ふざけるな!ディアムは私に劣るとしても、かなり優れた実力を持つ者だぞ?あのような小娘と獣風情にやられるはずが……」
「それは直ぐにでも分かんだろ。それよりもテメェはいつまで這いつくばっているつもりだ?そろそろアルガナムの奴を追いかけてぇんだが」
「貴様は今ここで死ぬ!この私の手によってな!」
「はいはい……そ〜言うならさっさと立ってくれ」
「死ねぃ!」
ムハマンドは歯を食いしばり剣を振るうが、ムメイの刀によって軽々といなされてしまい、無様に倒れ込んだ。
「何故だ……何故……私は……私は神鉄騎士だ……この国でたった五人しかおらぬうちの一人だ……なのに……何故……」
剣を杖代わりにしながら、ぶつぶつとそう呟くムハマンドに対し、ムメイはその切っ先が後ろに来るよう持ち替え、更にひっくり返して峰打ちへと持ち替えながら諭すようにこう言った。
「テメェの剣には信念や、〝誰かの為に〟という想いがねぇんだよ」
「〝誰かの為に〟だと?私は……我が剣は我が主であるアルガナム卿の為にあるのだ!」
「俺が言ってんのはそういう事じゃねぇんだよな。テメェの言う〝主の為に〟ってのは、とどのつまりアルガナムの奴を守らなきゃテメェの立場も危うくなるからだ。それは俺の言う〝誰かの為に〟ってぇのとは違ぇんだよ」
「なん……だと?」
「例え剣が折れようとも、この身が朽ち果てようとも、それでもその誰かを守る……その意思が、信念が、想いがテメェの剣には宿っちゃいねぇ。損得勘定無しに、誰かを守るって想いがねぇテメェの剣なんざ当たりゃしねぇんだよ」
「ふざ……けるなぁァァ!」
そう叫んだムハマンドは最後の力を振り絞り、その全力をもって剣を振り下ろした。
そして放たれた斬撃は床も天井も断ち切り、真っ直ぐにムメイへと向かってゆく。
そして轟音と共に最後には開け放たれたドアから見えていた壁すらも断ち切った。
肩で息をし、視線の先にムメイがいないことを確かめたムハマンドは小さな笑い声を漏らすと、手で顔を覆い高らかに笑い始めた。
「ふふ……ふふふふふ……ふはははははは!どうだ!見たか!これこそが神鉄騎士である私の剣だ!あれだけ軽口を叩き、馬鹿にしていたくせに、今では我が剣を防げずに綺麗に消し飛んでいるではないか!ははは、なんて口だけの小僧だったのだ!ははは……はーっはっはっはっ!!!!」
ムハマンドは笑う────未だかつて巡り会うことの無かった強者に勝った事に……。
ムハマンドは嗤う────あれだけ自身をコケにしていたムメイが、自身の剣に敗北したことに……。
多大な優越感に浸り、笑い続けていたムハマンド……しかしその優越感による笑顔は、自身の真上から聞こえてきた声によって直ぐに絶望へと染まることになる。
「空振りしたのがそんなにも面白いか?」
「ははは………………は?」
真上から聞こえてきた声にムハマンドがその手を離して確認すると、そこには天井に立ち、笑みを浮かべながら見下ろしているムメイの姿があった。
そしてそれを見たムハマンドは驚愕により目が飛び出るほど見開き、恐怖によって身体を震わせ、そして絶望によってその顔は酷く青ざめ、大量の汗を流していた。
「あ……あぁ……あが……はが……はがぁぁぁ!!?」
「どうしたよォ?見てるこっちが申し訳ねぇくれぇに酷く震えっちまってよぉ?」
「な……何故……何故そんな所に立っていられる!?」
ムハマンドがどうにか震える手でムメイを指差しながらそう訊ねると、ムメイはその口角を吊り上げながら答えた。
「それは俺のスキル〝万有引力〟によるもんだな。このスキルはテメェの重力の向きを自在に変えられるもんでな?まぁつまり壁だろうと天井だろうと自由に歩き回れるスキルなんだよ。ただし俺自身にしか効果がねぇんだけどな」
ムメイはそう言いながら〝万有引力〟を解除し、そのまま空中で一回転……そして刀を振り上げムハマンドへと落下する。
「御剣一刀流……」
「くおぉぉあぁぁ!」
勢いよく振り下ろすムメイと、それを自身の剣で防ごうとするムハマンド。
両者の刃はぶつかり合い、激しい火花を散らす────はずだったのだが……。
「〝鉞〟!」
「がっ────」
振り下ろされたムメイの刀はムハマンドの剣を容易くへし折り、そのままムハマンドの頭に直撃した。
「わ、私は……栄光ある……神鉄……騎士……」
「あばよ。せいぜい牢屋の中でも誇ってるがいいさ」
ムメイの攻撃による衝撃でムハマンドが立つ床は抜け落ち、そのまま1階の床までも突き抜け、地下のセツナが囚われている牢屋の中へと落下したのだった。
一方その頃、地下のセツナが囚われている牢屋の中では、彼女を鎖から解放したエレインとアルフォンスが、今まさにアルガナムと対峙していた。
「まさか既に潜り込んでおったとはな……」
「アルガナム卿……残念ですが貴殿の悪行は既に暴かれました。大人しく捕まってくれれば、こちらも痛い目には遭わせません」
アルフォンスが丁寧にそう告げるも、アルガナムは聞く耳を持たない。
「ふっ……殿下ともあろう方がそのような世迷い言を言ってはなりませんぞ?私はこの国の軍事を任されておる身……その私がどのような悪行に手を染めたと?」
「私の暗殺未遂、及び我が親友であるムメイの暗殺を企て、エンペラーフェンリルを奪おうとした。他にも調査すればいくらでも出てきそうだな」
自身の要求が通らないと知ったアルフォンスが普段の口調でそう話す。
しかしアルガナムがたじろぐ様子は無い。
「証拠もなくそれが立証されるとでも?」
「立証されたら困るから、こうしてセツナを攫い監禁したのだろう?そのまま始末する予定だったか?」
「ははははは!そこまで読まれていたとなれば認めざるをえますまい。しかし、後からムハマンドとディアムが合流すれば問題なく殿下達を始末出来る」
「私が姿を消せば、騒ぎになるぞ?」
「この世界はいきなり姿を消す者がいたとしても、それはごく日常的なこと……始末したあと、その遺体を森の中に投げ捨てれば、魔物や魔獣達が綺麗さっぱり消してくれることでしょうしな」
「貴様……相当腐った性根の持ち主だったらしいな」
アルフォンスは怒気を含ませた声でそう言うと、腰に差していた剣を静かに抜き放った。
しかしアルガナムは臆する事無く更に話を続けた。
「何を期待しているか分かりませんが、今頃その友人とやらはムハマンドとディアムによって始末されている事だろう!」
ムハマンドがそう言った時だった。
突然、牢屋の天井が崩れ、そこから気絶したムハマンドと、その上で着地の体勢をとるムメイが現れた。
エレイン、アルフォンス、セツナ、アルガナムの四人は直ぐに回避したので怪我は無かったが、牢屋の中は砂埃で覆い隠される。
そして砂埃が晴れたあと、そこには気を失ったムハマンドの上でアルガナムに切っ先を突きつけているムメイの姿があった。
「よォ……これでやっとテメェを存分にぶっ飛ばせるな?」
「なっ……なっ……!」
頼りにしていたムハマンドの無様な姿に唖然となるアルガナム。
するとその時に彼の背後からマリアベルと人間体のルゥが姿を現す。
「ちょっと!もの凄い音が聞こえて参りましたわよ!?……って、アルガナム!!」
「貴様は確か門前にいた……!で、ディアムはどうした?!」
「ディアム?あぁ……その方なら完膚なきまでに叩きのめして差し上げましたわよ。今頃は部下の方達と共に仲良く首からしたが埋まった状態でおねんねしておりますわ」
「そんな馬鹿なっ!!!!」
アルガナムはとてもでは無いが信じられなかった。
しかしマリアベルとルゥがここにいることがその証明となっている。
前方にはムメイ、エレイン、アルフォンス、セツナの四名が、退路にはマリアベルとルゥの二名が……アルガナムは窮地に立たされていると理解し、悪足掻きとばかりに呪文を唱え始める。
「私はここで終わってはならない人間なのだ!〝風よ!炎よ!我が呼び掛けに対しその力を────ふぎゃっ!!」
呪文を唱え始めたアルガナムだったが、唱え終えることなくその顔をムメイに殴り飛ばされる。
歯が数本折れ、鼻も折れてしまいそこから血が流れ落ちる。
それでも逃げようとするアルガナムに、ムメイはその胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「悪党なら悪党らしく引き際ってもんを弁えやがれ。な?」
「ひ……ひぃぃぃぃ!」
そしてアルガナム邸にてズィルバー・フォン・アルガナムの悲鳴が響き渡った。
その後、駆けつけてきた憲兵隊達によってアルガナムとその部下達は捕らえられ、調査によって様々な悪事が露呈し〝国家転覆罪〟で死刑を宣告されたのだった。
しかしセツナに関しては騙されていた事と利用されていた事……またムメイ達の弁明により罪に問われる事は無かった。
こうして第一皇子及びムメイ・ミツルギ暗殺未遂事件は解決したのであった。




