決着、そしてセツナの事情
いったい何が起こったのだ……。
私、叢雲刹那は揺らぐ視界に移る御剣無銘を見上げながら、先程起こった事を理解しようとしていた。
我が月華叢雲流の剣術は流水が如き剣閃と、神速の如き速さを誇る〝神明流水剣〟を主としている剣術だ。
一度抜けばその速さに相手は為す術なく斬り捨てられ、今目の前にいるムメイでさえもそうなるはずだった。
故に抜こうとしていたのに、気づけば奴は私の眼前にまで迫っており、それに気づいた私は防御しようと動いたのだが……なのに今こうして地に伏している。
額から血が流れるのを感じる。
無理もない、先程私は奴に叩きつけられたのだから。
視界は未だ揺らいでおり、脳でさえもぐらぐらと揺れている感覚に思わず吐き気を催してしまいそうになる。
たった一撃……たった一撃でこんなにも私は大ダメージを負ってしまった。
なるほど……私が神明流水剣の使い手ならば、奴は剛力破壊剣の使い手といったところか。
だが、力技しかない奴に私の技が破られる事は無い!
「月華叢雲流……〝水龍昇瀑〟!」
「────!」
水に住まう龍がとぐろを巻いてから滝を昇るかのように、奴の足元で横凪に一回転してからの斬り上げ……奴はそれを紙一重で躱したようだが、私の攻撃はまだ終わらんぞ!
「月華叢雲流、〝清廉流閃〟!」
空中からのこの流れる水の如し技に、力技しか持たぬ貴様に為す術は無い!
そう思っていたのに、奴は刀を構えるとこう呟いた。
「御剣一刀流、〝乱斬龍〟」
「……は?」
その直後、奴の渦を巻く斬撃が私の斬撃を呑み込み、勢いを増して襲いかかってきた。
「馬鹿なっ────」
奴の放った技は本来ならば為しえぬ〝静動合一〟による技で、神明流水剣のような静の剣に動の剣特有の力を合わせた技である。
本来、力を求めれば技が疎かになり、技を求めれば力が疎かになる……どちらも極めれば良いと人は言うが、いざ双方を極めても、それを合わせるとなるとかなりの鍛錬が必要になるのだ。
しかし鍛錬したとしてもどうしてもどちらかに偏る────だと言うのにこの男はいとも容易くやってのけたのだ。
奴の技で吹き飛ばされた私はそのまま闘技場の壁に激突し、その衝撃で息が吐き出る。
「おいおいおい……あれだけ挑発してきやがったんだからもっと耐えてみせろよ?」
馬鹿なことを言うな!
地面を抉る程の威力で、更に正確無比の貴様の技を受けて無事でいられる奴がいるか!
認めよう……私は奴の事を過小評価していた。
しかしここからは私が攻める番だ!
私は愛刀〝時雨丸〟を構えると、奴に向かって攻撃を繰り出した。
「見よ、これぞ月華叢雲流の真髄にして極み!月華叢雲流奥義、〝殲撃濁流刃〟!押し寄せる濁流の如きこの連撃を、貴様はかわせるか!」
「かわす?かわす必要なんざ、ありゃしねぇな」
「ならばそのまま死ね!」
「残念ながら死ぬ気もねぇんだよ。御剣一刀流奥義……」
奴は刀を構え、私の技を迎撃する。
「〝無限剣戟・乱れ桜〟」
結果だけ言おう────私の奥義は奴の奥義に完膚無きまでに叩き潰された。
奴の連撃は私の連撃を容易く呑み込み、そして私は……。
「そこまで!この勝負、ムメイ・ミツルギの勝利!」
先生のそのような宣言を聞きながら、私は仰向けで地面に倒れていた。
もはや指1本すら動かせないほど満身創痍であり、見れば私の時雨丸は遠くの壁に突き刺さっていた。
そこで私は負けたのだと理解する。
(あぁ……私は負けたのだな……)
理解すると徐々に実感が湧いてきたが、不思議と悔しさではなく清々しさに似た感情が芽生える。
だからこそなのだろう……目の前に立つムメイ・ミツルギが差し伸べてきた手を取ろうと思えるのは。
だが取れない……取る事が出来ない。
何故なら私は彼の手を取る資格や権利など、持つことすら許されない存在なのだから。
「ぐ……く……!」
「おいおい……あんま無茶しねぇ方がいいぞ?」
「うる……さい……」
私はつきたくもない悪態をつくと、彼を背にして闘技場から去ったのだった。
そして闘技場から出て暫くすると、持っていた通信結晶に反応が出た。
私は周囲を確認し、人の姿が無いことを確認すると、そのまま陰に隠れて通信結晶を起動する。
すると映像が現れ、一人の男が口を開いた。
『出るのが遅いな……私からの連絡は直ぐに出ろとあれほど言っていたはずだが?』
「も、申し訳ありません……連絡を取るためにはどうしても人気の無い所に移動してからでないと……」
『くだらん言い訳はいい。それで……無事に始末出来たのかね?』
「それが……」
私が言い淀むと、男は眉をひそめてこう訊ねた。
『まさか失敗したとは言わぬよな?まぁその無様な姿を見れば容易に想像出来るがね』
「くっ……!」
『まったく……ムメイ・ミツルギを始末するという簡単な任務さえ出来ぬのかね?まさか馬鹿正直に真正面から挑んだわけではあるまい?』
「それは……その……」
『はァ……まったく、君の愚かさにはほとほと呆れ果てるな』
「何故そこまで……彼を……?」
『決まっておろう。奴を始末すればかのエンペラーフェンリルが手に入るのだ。あの獣がいれば我が軍は更に強力なものになる』
この男の狙いはムメイ・ミツルギが懐柔したエンペラーフェンリルを奪う事だったらしい。
そして私はその目的を達成させる為の駒という事だ。
最初からそうだった訳では無い……私がこの学園に来た理由は、この男から受けた〝第一皇子の暗殺〟という任務を遂行する為だった。
この男は第二皇子派であるのだが、私が見たところ第二皇子は正直言って碌でも無い人物だった。
皇子と言うだけで威張り散らし、貴族だろうが庶民だろうが自身が気に食わないという理由だけで人を蹴落とす屑である。
この男は第一皇子を暗殺し、第二皇子を支持し祭り上げ、いざ第二皇子が次期皇帝となった場合は裏で操ろうという魂胆だろう。
今になってこの男の手下になった事を後悔している。
この国に来て右も左も分からぬ時に声をかけられ助けられたからといって、この男の本性を見抜けなかった自分が腹立たしい。
だが、もう……何もかもが後の祭りだ……。
『ともかく貴様は一刻も早くムメイ・ミツルギを始末しろ!毒でも何でも使えるものは使え!寝込みを襲うのもいいだろう。こちらで奴が泊まっている宿は調査済みだ。直ぐにその宿と部屋を記した文を送る。さっさと始末してエンペラーフェンリルを連れてこい!』
男はそう言うと一方的に通信を切った。
「はは……もはや畜生に成り果てたか……私は……」
私はそう力無く笑うとそばにあった木にもたれ掛かり、そしてそのまま腰を下ろした。
元は強さを追い求めてこの国に来たはずだった。
この国は世界でも知られるほど強者が集まる国……故にこの国で練磨すれば、かつて憧れていた〝剣聖〟へと至る道が見えてくると、そう思っていた。
しかし現実はこうして悪へと手を染め、飼い犬へと成り果てている。
故にムメイ・ミツルギを初めて見た時、その大きさに驚いたものだ。
後にも先にも決してお目にかかることの無いだろう、悠大に広がる天のように大きな雰囲気を纏った存在に。
(不味い……眠く……なってきた……な……)
先程の決闘でのダメージや疲労が一気に襲いかかってきたのか、私の視界が霞み、えも言えぬ睡魔に抗えなくなっている。
そんな時、誰かに声をかけられた。
「こんな所に居たのニャ!やっぱり無理してるじゃにゃいかニャ!」
見ればそこには心配そうな顔で私を見ているリン・マオの姿があった。
彼女は入学当初から何かと私に話しかけ、様々な世間話をしてきた。
〝うるさい奴だ〟としか思っていなかったが、もし彼女が話しかけてくれなければ、私は今頃独りだったに違いない。
なるほど……私は意外と彼女に助けられていたのかもしれない。
「ほらほら、さっさと医務室に行くのニャ!」
「すまない……肩を貸してくれると……助か……る……」
「仕方ないニャ〜。まぁ、友達として助けるのは当然の事なのニャ♪︎」
彼女はそう言いながら私をゆっくりと起こし、そして医務室へと連れて行ってくれる。
もし……私が悪だと知っても、彼女は友人でいてくれるのだろうか?
もし……今の状況から抜け出せたのなら、私は彼女と本当の意味での友人になれるのだろうか?
その答えは出なかったが、私はそうでありたいと願いながら彼女に連れられるのであった。
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決闘の後、フラフラと闘技場から去ってゆくセツナの事がやはり心配で後をつけたムメイだったが、彼はそこで思いもよらない光景を目の当たりにしていた。
そして、見知らぬ男とセツナの話を聞いたことにより、彼女の目的や男の標的を知る事になる。
その後ムメイはセツナがマオに連れられて医務室へと向かったのを見届けたあと、静かに隠れていた木の陰から身を出した。
「なるほどなぁ……何やら事情ありきとは予測していたが、こいつぁアルに報せねぇとならねぇかな」
ムメイはそう呟くと踵を返し、友人達が待つ闘技場へと引き返したのであった。