決闘─VS叢雲刹那─
ガランとしたSクラス教室内……。
俺は子犬の状態となり机の上で欠伸をしているルゥを撫でながらその教室内を眺め、エレインはその日の授業の予習をしていたが、やはり気になるようでチラチラと教室内に目を向けている。
その隣ではマリアベルがこの状況にため息をついており、アルは何やら書類のようなものに目を通していた。
『とても静かだねー、ご主人ー?』
「そうだな……」
無理も無い……あれだけの事があったのだ、人が減るのも仕方の無い事だと言えるだろう。
何となく重い空気の中で俺に頭を撫でられ嬉しそうにそれを受け入れているルゥが唯一の癒しとなっていた。
するとそんな空気に耐えられなかったのか、リン・マオが俺達の座る席に来て、この空気を払おうとするようにルゥを話題に出してきた。
「未だにあのエンペラーフェンリルがこんにゃ愛くるしい姿ににゃれるなんて信じられないニャ〜」
「まぁ神獣らしいからな。俺達が思いもしない能力なんて持ってて当然だろうよ」
「しかし、そのエンペラーフェンリルをよく手懐けられたもんだニャ〜?」
「まぁ……色々とあったんだよ」
「なんで顔を背けながら言ってるのニャ?」
言えねぇ……ルゥが元は魔獣ギガンウルブスで、しかも四肢と下顎を斬り飛ばし、死にかけていた時に進化したなんて、とてもじゃないが言えない。
しかも当のルゥはその事がかなりトラウマになってしまっているらしく、昨日の夜に宿でやり過ぎたことを謝ろうとした際、地震を起こせるのではないかというレベルで震え始めてしまっていた。
なので気を利かせてはぐらかしたのだが、残念なことにこの席には空気の読めない馬鹿がいたらしく、マリアベルがため息混じりにこう口走った。
「はぐらかさずに言えばよろしいではありませんの?〝ルゥは元はギガンウルブスで、下顎と四肢を斬られて追い詰められた時に進化した〟と……」
マリアベルの言葉に俺とエレインは〝あ……〟という顔になり、アルは顔に手を当てて首を振っていた。
その様子に戸惑い始めるマリアベル。
「え?何ですの、皆さんそんな顔をして……────つて、ルゥが凄いことになってますわよ!?」
困惑しながら俺達の顔を見渡していたマリアベルだったが、その瞳がルゥを捉えた時、〝震えている〟と言うよりも〝振動している〟と言った方が良いレベルで震え出していたルゥに驚愕の声をあげた。
俺は直ぐにルゥを宥め落ち着かせる事に集中し、代わりにエレインが小声でマリアベルに耳打ちしていた。
「昨日、マリアは席を外してたから知らなかったんだろうけれど……ルゥちゃん、その時の事がトラウマらしくて、私と殿下はムメイから言われてたから知ってたんだけど……だからルゥちゃんの前ではその時の話をするのはダメなんだよね」
「事前に言って欲しかったですわ……」
「なんか……ゴメン……」
「別にいいですわよ。つまりルゥの前ではその事を言わないようにすれば良いのでしょう?」
「うん、お願いね」
「はァ……まぁそのトラウマとやらを与えた張本人に懐いてるというのもおかしな話なのですけれど……」
おいコラ、三人して一斉に俺を見るんじゃねぇ!
あの時は仕方ねぇだろうがよ……やらなきゃこっちが殺られていたんだしよ。
「まぁともかくだ……我が国に神獣が来たという事は喜ばしい事だ。例えその過程が過程であってもな。本来は祀られ、城で保護されるべき存在ではあるが、ムメイのそばであるなら安心出来よう」
アルが目を通していた書類を整えながらそう締めくくる。
「仕事の方は終わったのか?」
「今しがたな」
「一体何の書類だったんだか」
「他でも無い、君とルゥに関する意見書が大半だな」
「俺とルゥの?」
よほど頭の痛い内容の意見書だったのか、アルがこめかみを抑えながらその内容を簡単に述べる。
「〝神獣は城で保護するべき〟だの〝何処の馬の骨とも分からぬ輩に任せるのは不安だ〟だのという内容がほとんどだな。まったく……何を根拠に自分達なら制御できると思っているんだろうか……」
「死傷者こそ出ましたが、それでも学園の窮地を救ったのはムメイでしてよ?それを〝何処の馬の骨〟などと言うのは、いささか失礼だと思いますわね」
「その通りだマリアベル嬢。それに言う通り城で保護したとしても、国の生物兵器として利用されるのが目に見えているのでな……父上もそれはそれは激怒していたよ」
「普段は温和で有名な皇帝陛下を怒らせるなんてよっぽどだね」
俺はこの国の人間では無いので城の連中の事は知らないが、それでも確かに〝何処の馬の骨〟と言われると腹が立つ。
するとそんな俺の感情を読み取ったのか、ルゥが顔を上げてこんな事を聞いてくる。
『ご主人ー、ルゥがその人達の事分からせてあげようか?』
「どこでそんな言葉を覚えたか分からねぇが、やめときなさい」
『え〜』
うちのルゥは可愛いが時折危なっかしい事を言う神獣だったらしい。
俺がその言動を窘めると、ルゥは不満そうに撫で撫でを受けていたのだった。
その後アリストテレス先生が来て、クラスの生徒数名が他の学校へ行ったり、自主退学をしたり、他のクラスへと移動した事を告げた。
今回の事がトラウマになったり、自信を失ったりした為であるらしいが、それも致し方ない事だろう。
そうして午前の授業が終わり、昼休憩を迎えた頃に遂にソイツは俺に接触してきた。
「ムメイ・ミツルギ……貴様に決闘を申し込む!」
「……はぁ?」
俺に決闘を挑んできた相手こそ、入学した時から俺を睨んでいた叢雲刹那その人だった。
しかし授業は午後もあるので、決闘は放課後に持ち込むよう話をし、アリストテレス先生からも許可が下りたので俺は放課後まで刹那との決闘の時を待った。
そして放課後────学園内にある闘技場の控え室にて、俺はエレイン、マリアベル、アル、ルゥとそして何故か一緒に来たマオと刹那の事について話をしていた。
「正直言うと、俺は刹那とは初対面で何も知らねぇ。知っているとすれば桜皇国の出身だろうって事だけだな」
「申し訳ないが私も知らない」
「私もですわ」
「私も……」
あまりの情報の無さにため息をついていると、マオが恐る恐る手を挙げながらこんな事を言い始める。
「役に立つかはしらにゃいけど、選別テストの時のあの子の技は見たことあるニャ〜」
「どんなだった?」
「ん〜……一言で表せば〝流れる水〟みたいな感じだったニャ〜」
「なるほど、〝流水剣〟の使い手か」
「「「「流水剣?」」」」
俺が口にした単語に四人が疑問符を浮かべる。
「流水剣……読んで字のごとく流れる水のように綺麗な剣筋を描く技が多い剣術の事だ。古来より武術には〝静〟と〝動〟の動きがあって、流水剣は〝静〟の動きに部類され……」
「ストップ、ストップ!私達にも分かりすく説明して!」
頭から煙が出そうなエレインが待ったをかけながらそう懇願してくる。
なので俺は脳内で簡潔にまとめてから改めて説明をしようとした。
無理だった……。
剣の理を説こうとすると、どうしても専門用語が入ってきてしまう。
なので俺は実際に行って説明することにした。
「いいか?先ずは俺の〝鬼一太刀〟……これは動の剣だ。力で相手を圧倒する剣術と思ってくれりゃあいい。桜皇国では〝剛の剣〟または〝剛力剣〟と呼ばれている。対して〝静の剣〟というのが……」
俺は亜空間から木刀を取り出すと、流れるような剣閃を放つ。
「これが〝静の剣〟。動の剣が力だとすると、静の剣は技で相手を圧倒する剣術ということだ。これに速度を加えてやれば……」
俺はそう言いながら同時に三つの剣閃を放つ。
「あたかも同時に三連撃を放ったように見せる事も出来る。それぞれの斬撃や技の繋げ方を理解してねぇと出来ねぇ技だな」
「へ〜……」
今度は分かりやすかったのか四人が感心しながら俺の説明を聞いていた。
とどのつまり、刹那はこれが出来る可能性が高いということだ。
「ムメイとしてはやりずらい相手か?」
「完全に動の剣に極振りしてたらな。でもジジイからは静の剣も極められるよう鍛えられてるんで大差はねぇよ」
「流石と言うか何と言うか……しかしムメイの強さたる所以となったそのご老人の事は気になるな。失礼ながらその名前を教えては貰えないだろうか?」
「ん?あぁ、別にいいって。確か〝御剣刀舟斎〟って言ったかな?」
「御剣刀舟斎だと?!」
ジジイの名前を口にした途端、アルが目を見開いて復唱していた。
その様子に俺はもちろん、エレインやマリアベルでさえも疑問符を浮かべる。
「殿下、その御仁はそんなにも有名な方なのですか?」
「マリアベル嬢……御剣刀舟斎といえば桜皇国において〝剣鬼〟と呼ばれている御仁だ。確か桜皇国で起きた〝魔物氾濫〟をたった一人で制圧してしまったとか、暴れる龍をビンタで鎮めたとか……」
アルの話に皆は感心していたが、俺だけは何とも言えない顔になっていた。
というのもそれに関する話をジジイから直接聞いており、アルの話はジジイ本人の話と比べるとだいぶ尾ヒレがつきまくっていたからである。
魔物氾濫に関しては依頼帰りたまたま目の前に魔物達を率いていた魔物と遭遇し倒したことで魔物達が散り散りに逃げていっただけで全ての魔物を相手取った訳ではない。
また暴れる龍について云えば桜皇国は龍族が人の姿で治めている国で、まだ幼くはしゃぎまくっていた龍族の姫君をジジイがビンタ一発かませて説教したというだけである。
何をどうしたらそんなにも尾ヒレがつきまくるのか不思議でならない。
しかし、あえて自ら進んで夢をぶち壊すようなことはしない……。
ジジイには悪ぃとは思ったが、俺はその真相を誰にも気づかれることなく呑み込んだのだった。
その時に時間を知らせる鐘が鳴り響き、一瞬で俺達の間に張り詰めた空気が流れる。
「まぁ君が負けるとは思わないが……頑張れよ?」
「おう!」
「くれぐれも手を抜くなどという事はしないでくださいましね?相手への失礼になりかねませんから」
「悪ぃが、俺は昔からこと勝負だの試合だので手加減してやった事がねぇからよ」
「いい勝負期待してるニャ〜」
「おう期待しとけや」
「ルゥも応援してるよー、ご主人ー」
「ありがとうよ」
「それじゃあ行こっか?ムメイ」
「あぁ」
こうして俺はエレインを伴って闘技会場へと赴いた。
闘技場での試合や決闘には介添人と呼ばれる者を同席させる事が出来るため、今回はエレインがその役を買って出たのである。
そして会場へと入ると、既に来ていたのか刹那が静かに目を瞑りながら俺が来るのを待っていた。
「よォ、待たせたか?」
「ふん……誰が貴様など待つか。私は先に来て心を整えていただけだ」
「へぇ……そいつァご苦労なこって。そのまま負ける覚悟も決めておいた方がいいんじゃねぇのか?」
「それはこちらの台詞だ」
なるほどな……挑発には乗らないようだ。
俺は亜空間から鬼正を取り出すと、三回ほど回してから左脇に挟むように持った。
それを見ていた刹那が不意にこんな事を言い出す。
「賭けをしないか?」
「賭け?」
急に賭けを申し出てくる刹那に、俺は訝しげな表情となる。
「あぁそうだ。私が負けたら金輪際、貴様に関わらないと約束しよう」
「まだ乗るって言ってねぇんだが……まぁいいや。それで、俺が負けたらどうするんだ?」
「その刀を渡してもらおうか?」
その言葉に俺は数秒間無言となる。
なるほど、なるほど?
いやぁ、俺とした事が思わず威圧を放ってしまった。
〝負けたら鬼正を寄越せ〟と言われた俺は無意識に威圧を放ってしまい、その事で後ろにいたエレインの方が少し震える。
しかし刹那は何の反応も示さず、無表情で俺を見据えていた。
「いいぜ?テメェが勝ったらコイツをやるよ。まぁ……俺に勝てたらの話だがな」
互いに挑発し合う俺と刹那────その時、アリストテレス先生が現れ、俺達を交互に見てから静かに口を開く。
「今回の決闘の立会人及び審判を務めるアリストテレスです。決闘内容は無制限の一騎打ち……どちらかが戦闘不能、または私の判断にて決着を決めます。無制限とは言いましたが、私が危険だと判断した場合は容赦なく止めますので。双方異論はありますか?」
「ねぇな」
「ありません」
「よろしい。それでは各自開始位置へと立ちなさい」
アリストテレス先生にそう言われ俺が開始位置に行こうと背を向けた時だった。
背後から刹那がこんな事を言い放つ。
「貴様の無様な姿……あのマヌケな四人と獣畜生一匹に見せつけてやろう」
「…………あ゛?」
開始位置へと立った俺は自身の額に青筋が浮かぶのを感じながら開始の合図を待つ。
そして────
「それでは……始め!」
「月華叢雲流け────」
アリストテレス先生の開始の合図と同時に飛び出した俺は、何やら技名を言おうとしている刹那の頭に、鞘に納めたままの鬼正で叩きつけた。
完全に意表を突かれたのだろう刹那は防御すら出来ずに、その頭を闘技場の石畳へとめり込ませたのだった。
「う……ぐ……ぁ……」
地面に伏し、脳震盪を起こしたのか朦朧とした目で呻く刹那。
そんな刹那に対し、俺は彼女の顔の前に鬼正の鞘先を突き刺し、怒りに満ちた表情でこう言った。
「呑気に寝っ転がってねぇでさっさと起きろよこの野郎。俺とテメェの格の違いってやつをその脳内に、心に刻み込んでやるからよぉ」
屈辱に顔を歪ませ見上げる刹那と、怒りに満ちた目で見下ろす俺。
彼女には悪いが俺を怒らせた以上、この決闘は凄絶なものになるだろうな。
この時の闘技場はえも知れぬ静寂が流れていたのだった。
作者「ルゥのファンクラブは〝Yesロリ、Noタッチ〟を理念に健全なファン活動を行っております」
ムメイ「解体してしまえ、ンな団体!」