生徒救出戦
遅くなり、待たせてしまって申し訳ない……
ハイゼルのカラスに案内され森の中を突き進む俺とエレイン。
俺は鍛えていた事もあり、まだ体力には余裕があるものの、エレインに関しては段々とその速度が落ちていた。
「エレイン、少し休憩入れるか?」
俺がブレーキをかけて止まり振り返ってそう訊ねたが、当のエレインは手を振ってそれを断る。
「殿下達が危ないって時に休んでなんかいられないよ……急ごう」
「……分かった。だが無理だと判断したら問答無用で休憩を入れるからな」
「……うん」
それからどれくらい走っただろう────流石の俺にも疲労が見え始め、エレインに至っては疲労困憊だった。
だがそのお陰でアル達が避難していると思われる洞窟の前まで来ることが出来た。
何故アル達がいると確信したか……それはハイゼルのカラス達がその上空で旋回しているのはもちろん、洞窟の前には巨大な獣が、その手を洞窟の中へと突っ込んでいたからだった。
「なに……あれ……」
巨大な獣を見てエレインが戦慄する。
彼女は知らないようだが、俺は一度だけあの巨獣を見た事があった。
その巨獣の名は────
「ギガンウルブス……遥か北の雪山にしか生息してねぇはずの魔獣がなんでこんな所に……」
「ギガン……ウルブス……!」
ギガンウルブス────冒険者や討伐師でなくともその名が知られるほど有名な魔獣で、その危険度は冒険者及び討伐師組合が共通で定める中で最も高い〝S級指定〟だ。
討伐には約3ヶ月もかかるとされており、例え腕のたつ冒険者や討伐師数十人で挑んだとしても全滅する可能性すらある程の超危険な存在である。
その大きな体躯からは想像も出来ない程の機敏で素早い動きで獲物を追い詰め、瞬く間にその鋭利な牙で仕留める事で組合でも恐れられている。
今でも忘れない────かつて北の雪山にて生態系を壊滅にまで追い込んでいたギガンウルブスを討伐しに行った約30名ものの討伐師達が全員、体の一部しか戻ってこなかった事件の事を……。
ゴクリと固唾を飲み込む俺とエレインの前で、更に予想外の光景が飛び込んでくる。
ギガンウルブスが突っ込んでいた腕を引き抜いたかと思うと、なんと奴の身体の影からゴブリンキングとオークロード、そしてその二体に付き従うオークとゴブリン達が一斉に洞窟の中へとなだれ込んで行ったではないか!
それを見送ったギガンウルブスは悠然と踵を返すと、そのままどこかへと姿を消す。
「まさか……ゴブリンキングとオークロードがギガンウルブスに従っているとはな……」
どちらも他の種族に付き従うような存在ではない。
互いに顔を合わせれば縄張り争いをする程なのに……これは正に異常事態と言っても過言では無いだろうな。
「エレイン……とりあえずギガンウルブスはどこかに行った。今の内に中に入るぞ。だが中にはゴブリンキングとオークロード、そしてそいつらに従う魔物達がいる。戦闘は避けられねぇ……覚悟はしておけ」
「うん、分かった」
「よしっ、行くぞ!」
俺とエレインは同時に洞窟目掛けて飛び出した。
だが────
「「────っ!?」」
もう少しで洞窟というところでどこからともなく現れたギガンウルブスが行く手を阻み、まるで俺たちを嘲笑うかのような笑みを浮かべていた。
(野郎……生意気にも俺達を欺きやがった!)
ギガンウルブスは俺とエレインを交互に見比べたかと思うと、急に俺に向かって突撃してきた。
大きく開かれた口には鋭い牙が見え、俺は間一髪で鬼正を使って防御する。
「ムメイ────!」
「いいからお前は先に行け!コイツが俺に気が向いている間に!」
「わ、分かった!」
エレインが洞窟内へと入っていったのを見届けたタイミングで俺は素早くギガンウルブスの顎を蹴り上げる。
蹴りを受けたギガンウルブスが口を開き、その隙を逃さず更に奴の頬を蹴り飛ばした。
「ガァァァァ!!!!」
立て続けに蹴りを受けたギガンウルブスは激怒したのか手当り次第、その鋭利な爪を振り回し始める。
そんな奴を見て俺は冷静に鬼正を構えると、足に力を込めて一気に蹴り出した。
一瞬でギガンウルブスの懐へと潜り込むと、それに気づいた奴は高々と右前足を振り上げる。
「グガァァァ!」
「遅せぇよ。御剣一刀流居合、〝太刀風〟」
「グギャッ?!」
渾身の居合切りだったのだが、その斬撃はギガンウルブスの左前足を軽く傷つけただけであった。
思ったよりも固いようだ。
「なら、手数でどうだ?御剣一刀流奥義、〝十種神刀〟」
俺は抜刀状態の鬼正を垂直に斬りあげると、そのまま次々と技を放ってゆく……。
「〝壱軸〟、〝弐律〟、〝参宿儺〟、〝肆神〟〝伍行〟二〝陸芒〟ノ〝柒星〟、〝捌朔〟、〝玖曜〟ヲ経テ悪断チ切ルハ〝十種神刀〟」
一撃、二激と素早い剣速で斬りつける御剣一刀流の連撃技────
合計55連撃による大技を受けたギガンウルブスだが、やはりと言うか何と言うか……奴の身体には致命傷に至る傷はついていない。
それどころか鬼正を握る手に嫌な感触が走る。
(チッ……さっさと決めねぇと俺の手が持たなさそうだ)
先に中へと入ったエレインの後を追う為にも1秒でも早くコイツとの勝負をつけなければならない。
そう考えた俺は鞘から手を離すと、そのまま鬼正を両手に持ち上段へと構えた。
(中にいるだろうゴブリンキングとオークロードを相手する為の余力は極力残してぇが仕方ねぇ……コイツで勝負をつける!)
俺は一旦深呼吸をした後、しっかりとギガンウルブスを見据えてから勢いよく振り下ろした。
「御剣一刀流極技!天地割断・鬼一太刀!!」
「────っ、グギャアァァオ!!」
選別テストの時よりも更に本気を出して繰り出した鬼一太刀は、飛び込んできたギガンウルブスの身体に大きな傷をつけた。
それを受けた奴は叫び声を上げたあと、その場にバタリと倒れ動かなくなった。
それを見ていた俺は完全に仕留めたのか確認しようとしたが、エレイン達を優先し洞窟内へと入った。
その背後で地に伏しているギガンウルブスの身体が僅かに動いたことに気づくことなく……。
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ギガンウルブスの足止めへと回ったムメイを後に、一人洞窟内へと突入した私は、暗い洞窟内を無我夢中で駆け抜けていた。
幸いにも〝灯火〟の魔法を覚えていので灯りには困らなかったが、それでも足元の不安定さは避けて通れない問題であった。
(ムメイ────)
どうしても気になって後ろを振り返りそうになるけれど、あの彼の事だ……きっと後から駆けつけてくれるに決まっている。
私はそう思い走る速さを上げた。
暫く突き進んでいるとゴブリンやオークの群れと、それを従えているオークロードとゴブリンキングの姿を視界にとらえた。
魔物達はその先にある壁を破壊しようとしているらしく、どうやらその先に殿下達がいるようだった。
私は走りながら聖月の薔薇を構えると、ギリギリまで距離を詰めてから技を放った。
「〝穿つ荊改・7連〟!!」
ムメイとの訓練で改良した〝穿つ荊〟の七連撃による攻撃は的確にゴブリン達を射止め、回転の力によって粉々に打ち砕いた。
しかし未だにものにしていない感覚を覚える。
その証拠にオークロードやゴブリンキングに今の攻撃は届いていなかった。
(けれど殿下達がいる空間の前には来れた!)
取り巻きのゴブリンやオーク達はまだ残っている……私はこれ以上通すまいとゆっくりと剣を構えた。
その時、急に何かの力に引っ張られたかと思うと、気づけば私は壁の中へといた。
周りでは殿下を始めとした生徒達が心配そうに私を見ている。
そんな生徒達の中からマリアが姿を現し私に駆け寄ってきた。
「大丈夫なのエレイン!なんで一人で来たんですの!?」
「マリア近い近い!それに私だけじゃないから!」
詰め寄ってくるマリアに困惑しながら、私はそう宥めた。
するとマリアはまだ何か言いたげだったけれど、深呼吸して落ち着かせてから、いつもの調子で口を開いた。
「はぁ……取り乱して申し訳なかったですわ。それよりも〝一人ではない〟という事は、他にも誰か来てるんですの?」
「ムメイも一緒に来てるんだ」
「ムメイが!?それで……ムメイはどちらにいらっしゃるんですの?」
「多分、洞窟の外でギガンウルブスと交戦中」
「ギガンウルブスですって?!」
ギガンウルブスの名前を聞いたマリアが驚愕の声を上げる。
それも仕方ない事だろう……何せギガンウルブスはそれ程までに危険とされている魔獣なのだ。
ギガンウルブスと対抗出来る存在といえば〝神獣〟とされ、地方ではその存在を崇められている〝エンペラーフェンリル〟がいるが、エンペラーフェンリルが生息しているのは中央聖域アスガルド大森林だ。
神聖エルサレム法国国内に位置するその大森林はアルカトラム帝国からかなり離れた距離にあるので、連れてくるとなれば1ヶ月以上はかかる。
それまで耐えれる事は出来ない。
仮にも学園側が軍に救援要請を出してギガンウルブスに挑んだとして、追い払うだけでも甚大な被害を生むだろう。
そんなギガンウルブスを今はムメイがたった一人で相手しているという事に、私はかなり焦燥を覚えていた。
「だから一秒でも早くここを出てムメイを助けないと!」
「そうですわね……それに、ここもそう長くは持ちそうにないですもの」
マリアの言葉に先程の壁へと目を向けると、徐々にだがヒビが入り始めている。
今は魔導師学科の生徒達が絶えず〝修復〟や〝強化〟の魔法をかけ続けているが、彼らの魔力が底を尽きるのも時間の問題だろう。
「マリア、殿下、急いでまだ動ける人を集めてください」
「エレイン、それは今この先にいるオークロードやゴブリンキング……そしてそれに付き従う魔物共を相手にするという事か?」
「それしかここから出る手段がありません」
「分かった。お前達、今の話を聞いていたな?動ける者は急いでエレインの元へと集まれ!動けぬ者は一箇所に集まり、魔導師学科の生徒は何人かでその者達を守れ!まだ魔力が残ってる者、勇気がある者は魔物共の対処をお願いしたい!」
殿下の言葉はこの場に響き渡り、直ぐに何人かの生徒達が指示通り私の周りへと集まってきた。
そして同時に構えをとったタイミングで壁が壊され、数匹の魔物達が雪崩込んできた。
しかし魔物達は私達が既に臨戦態勢を整えている事に驚き、私達はその隙を逃さず奴らを迎え撃った。
「負傷した者!疲労により動けぬ者は直ぐに下がれ!無茶はするな!交代制で魔物の対処に当たるんだ!」
殿下は絶えず生徒達に指示を出し、その横で私とマリアは魔物達を屠っていった。
「〝氷月の青薔薇〟!」
「〝天雷〟!!」
私が氷結魔法を用いた技で魔物達を凍りつかせ、マリアが雷撃でトドメを刺す。
他の生徒達も数人で魔物達と交戦し、その数を減らしていった。
すると遂にオークロードとゴブリンキングが動き出し、魔物を相手している生徒達へと襲いかかった。
「皆、一旦引け!個別ではなく力を合わせてオークロードとゴブリンキングを相手するんだ!」
殿下がそう号令を発するけれど、現実にオークロードとゴブリンキングの2体を見た生徒達は完全に恐怖で萎縮してしまい、誰も動こうとする人はいなかった。
かく言う私も心の奥底で恐怖を感じ、まるで地に足を縫い付けられたかのように動くことが出来ない。
隣に立つマリアも同様に、ただただその2体を見ているだけだった。
そんな私達にオークロードが地鳴りのような足音を響かせ近づいてくる。
そしてその手にある大鉈を高々と振り上げ、私達目掛けて振り下ろしてきた。
(あっ、これ死んだかも……)
震える身体とは裏腹に脳内ではそんな呑気なことを考えていた。
迫ってくるオークロードの凶刃────しかしその刃は私達の元まで到達する事は無かった。
何故なら────
「御剣一刀流奥義……〝輪断〟」
まるでバターのように簡単に断ち切られるオークロードの丸太のような腕……。
それを斬り払ったその人物は私達の前に降り立つと、抜いていたカタナの切っ先をオークロードへと向けてこう言い放っていた。
「テメェ……生意気に俺の大切なダチに手ぇ出そうとしてんじゃねぇよ豚野郎」
ムメイはそう言うと、その鋭い眼光でオークロードを睨みつけていた。