非常事態
俺達が悲鳴が聞こえてきた方向へと向かっている最中、正面の茂みの中から一人の女生徒が姿を現した。
しかし彼女の格好は服が裂かれ乱れており、片方の胸が露になっていたりと、とてもボロボロの状態であった。
「エレイン!」
「分かった!」
名前を呼んだだけで俺が伝えたい事を理解してくれたのか、エレインは自身の上着を脱ぐと急いでその女生徒へとかける。
女生徒は助けが来たからか途端に力が抜け、その場に座り込んでしまった。
「大丈夫?!何があったの?」
「お願い……早く……み……みんなを……助け……て……」
「大丈夫です、私達が必ず助けますから何があったのかを教えてください!」
切羽詰まった様子でアリストテレス先生が女生徒から事情を聞き出そうとするが、どうやら今はそんな余裕は無さそうだ。
俺が睨みつけている方向……つまり女生徒が出てきた茂みの先に数体の魔物の気配を感じる。
数からしてゴブリンか?
どうやら女生徒を追いかけて来たようだ。
「先生はその子を頼むっスわ。エレイン、ハイゼル、ガロン、アウローラ、俺達はゴブリンの討伐をするぞ!」
俺の号令に四人が一斉に構えをとる。
「来るぞ!」
俺がそう言った時だった……茂みから数十体のゴブリンが一斉になだれ込んで来たではないか!
明らかに俺が探知した数より遥かに多い……多過ぎる!
(嘘だろ?広域探知に反応しなかった?まさか……ゴブリンマジシャンがいるんじゃねぇだろぉなぁ?)
高位の隠蔽魔法を使えば探知系スキルに反応しないなんて事はよくある話だ。
つまりそんな魔法を使えるゴブリンマジシャンが近くにいる可能性が高い。
(厄介だな……今のうちに叩いとかねぇと押し負ける)
「四人共!俺は今からゴブリンマジシャンを叩きに行く!任せるか?」
「行ってこい!ついでに俺の使役獣も貸してやらぁ!」
ハイゼルはそう言うと自身の影の中から一匹のカラスを解き放った。
魔導師は使役獣と契約していると聞いたが、どうやらハイゼルの使役獣は捜索、探知、諜報向きの使役獣のようらしい。
カラスはハイゼルの影から飛び立つと、そのまま俺を案内するように飛んでゆく。
俺もはぐれぬように縮地で地面を蹴ると、カラスの後を追ったのだった。
そして森の中を未だ襲いかかってくるゴブリン達を斬り伏せながら進んでゆくと、奥の方にて予想通り一体のゴブリンマジシャンと、そして予想外にも一体のゴブリンジェネラルの姿があった。
(ゴブリンジェネラルだと?!やっぱりゴブリンキングの存在は確かなようだな!)
俺が向かってきている事に気づいたゴブリンマジシャンが前方に魔法障壁を展開する。
前方さえ守ればいいと思っている当たり、やはり魔物に変わりはないな。
(縮地法────〝縮地・跳馬〟!)
〝縮地・跳馬〟……いわゆる縮地による三段跳び。
魔法障壁の直前で右斜め前方へと跳び、その先にある木を足場にして更に右斜め前方へと跳躍、そしてその先の木を足場にゴブリンジェネラルの背後へと飛び込み、勢いそのままにゴブリンジェネラルの首を撥ねる。
その一瞬での一連の動作にゴブリンマジシャンは呆気に取られ、そして抵抗する間もなくその首が宙を舞った。
周囲のゴブリンやホブゴブリン達は何が起きたのか分からず固まっていたが、次第に理解したのか蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
だが、ここでみすみす見逃してやれるほど俺は甘くはねぇ……。
「逃げんじゃねぇよ」
威圧……その威圧にゴブリン達は恐怖で足を止め、そして動く事も出来ずにただただ震えてばかり。
俺はそんなゴブリン達を一体も漏らさずに全て斬り伏せていった。
そして大きく息を吐いて威圧を散らせたあと、ふと誰かの視線を感じそちらへと目を向ける。
するとそこには学園の各学科の制服を着た女生徒や、生まれたままの姿で意識を失っている女子達の姿が……。
そして残念な事に、その隣には無惨にも肉塊と成り果てた男子生徒の姿もあった。
俺は亜空間から人数分の布を取り出すと、それを一人ずつ優しくかけてゆく。
そして俺はそのうちの一人……学園の生徒と思われる女子の前に片膝をついてしゃがみ込むと、事情を聞くことにした。
「何があった?」
「く、訓練をしていたら急にゴブリンの大群が襲いかかってきて……それで気づいたらここに……」
「そこの女子達は学園の生徒じゃ無さそうだが……」
「分からない。多分、私達が連れてこられる前からいたんだと思う。それで……ゴブリン達はその人達に……うっ……うぇ……」
「吐きそうなら無理に話さなくていいぜ?ともかくこれで安全だからよ」
みなまで言わなくても分かる。
この女子達は慰みものとして連れてこられたのだろう。
見たところ虚ろな表情をしている者もいるので、薬か何か盛られたらしいな。
俺はゆっくりと立ち上がると、そばで飛んでいたカラスに、五人にここに来るよう伝え向かわせる。
俺が戻って事情を説明し連れてきてもいいが、その間にまたゴブリン達が襲ってきては困るしな。
暫くしてカラスに案内されたエレイン達が到着する。
そして囚われていた女子達と殺された男子生徒達の姿を見て表情を強ばらせていた。
「貴方達は他の学科の……そして……」
アリストテレス先生が男子生徒達の遺体の前で静かに目を閉じる。
気持ちは分かる……遺体の中には俺と同じクラスのユリウス・フォン・フクスベルグ、ドリューズ・フォン・ペンドラゴン、フレデリック・フォン・オスプレイの姿もあったからだ。
今日この日この時……俺は三人のクラスメイトを失った。
「ムメイ……?」
俺の中でドス黒い感情が込み上げてくる。
「ム、ムメ……イ?」
肌がピリつくこの感覚は今まで感じたことの無いものであった。
少し視線を逸らせばそこには先程俺が屠ったゴブリン達の死骸が転がっている。
見ただけで完全に死んでいるのが分かる……もう二度と動くことは無い小さな亡骸。
分かってはいるが、俺は亡骸だとしてもコイツらの身体を切り刻んで────
「ムメイ!」
誰かに手を掴まれた。
誰だ?俺の手を掴む奴は……?
エレインだった。
彼女は俺の目を真っ直ぐ見つめながら顔を横へと振る。
「駄目だよムメイ……それだけはやっちゃ駄目」
「あ?何が?俺はコイツらを切り刻んでやるだけだが?」
「ムメイの怒りは目を見れば痛いほど分かるよ……でも、それをやったら、ムメイはムメイで無くなっちゃう」
「……」
俺は柄にかけていた手をゆっくりとおろした。
ただ何とも言えない重い重い沈黙だけがその場を流れていった。
しかしエレインだけは辛そうながらも笑顔で声をかけてくれる。
「戻ろうムメイ。亡くなった皆の事は残念だけれど……でも、助ける事が出来た人達もいる。先ずはその人達を安全な所に連れてってあげることが大事だよ」
「あぁ……あぁ、そうだな……戻ろう。今後の事はそれからだな……」
心身共に疲労を感じながら俺達は宿泊地へと戻った。
囚われていた奴らを助け出す事が出来た……今回はそれで良しとする事にしよう。
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宿泊地へと戻ると、そこには先に戻ってきていた生徒達がいた。
彼らは助け出した人達と共に戻ってきた俺達を見てざわめきたっている。
「アリストテレス先生!これはいったいどういう状況でしょうか?」
教師の一人がアリストテレス先生に駆け寄り説明を求めている。
「話はあちらの方で……その前に彼女達の治療をお願いします。そして先にお伝えしますが、今回の訓練にて死者が出ました。彼らの認識票は回収してありますので、話をしつつ確認よろしくお願いします」
「わ、分かりました……」
俺達は誰かに言われずと自然に解散していた。
そして俺はエレインと共に騎士・剣士学科の皆が集まっている場所へと向かっていると、ある事に気がついた。
「アルとマリアベルがいねぇ……」
「え……」
呆然と立ち尽くす俺の前でエレインが急いでSクラスの奴らに二人の事を聞いて回る。
しかし誰しもが顔を横へと振っていた所を見るに、二人を含めたパーティーは未だに帰ってきていないのだろう。
俺の背筋を言い難い冷たい風が吹き抜ける。
「ムメイ、二人はまだ帰ってきてないって……」
「それだけじゃないニャ、二人が戻ってくる前にも他の学科で戻ってきてない人達がいるらしいニャ。しかも、うちのクラスもまだ三人戻ってきてないしニャ〜」
リン・マオの話に俺は気づけば駆け出していた。
エレインも慌てて俺を追いかけ、リンについては目を白黒させている。
急いで森への入口へと向かおうとした俺達をアウローラが呼び止める。
「ムメイ!エレイン!」
「アウローラ?」
「貴方達、もしかしてまた森へ入るつもり?」
「なんだよ……止めるつもりか?」
「帰ってきていない人達を探しに行くんでしょ?でも闇雲に探しても無駄に時間をかけるだけよ。もうちょっとだけ待ってなさい?今ハイゼルが使役獣で探してるそうだから」
何という幸運!
確かにアウローラの言う通り闇雲に探しても時間を浪費するだけ……ならばここはハイゼルに頼る他無いだろう。
すると、そのハイゼルが大声を上げた。
「見つけた!森の中央にある洞窟の中だ!負傷者もいるようだが、全員無事だぞ!」
〝おぉ!〟という歓声が上がる。
しかし俺が今知りたいのは他にある。
「アル……アルフォンスとマリアベルもいるのか!」
「アルフォンスって……殿下?!殿下は知ってるが、流石にそのマリアベルって奴は知らねぇ。特徴を言ってくれれば見つけられるが……」
「マリアベルは金髪ドリルで斧槍を使う!」
「縦ロールって言うんだよ……ムメイ」
エレインが何やら指摘してくるが、そんな事ぁ今はどうでもいい。
俺はハイゼルの肩に掴みかかりながら再度問い詰める。
「二人は無事なのか!」
「ちょ、ちょっと待てって……いた!殿下もそのマリアベルって奴も無事だ!だが皆の様子がおかしい……何かに怯えて────っ、ぐあぁぁぁぁ!!!!」
突然、悲鳴をあげ体を抑えながらその場に倒れ込みもがき始めるハイゼル。
俺とエレインが困惑していると、駆け寄ったアウローラが説明をしてくれた。
「使役獣が攻撃を受けたりするとその主にもその感覚が襲ってくるの!ただ……この反応は普通じゃないわ!」
暫く悲鳴をあげ転げ回っていたハイゼルだったが、次第に落ち着いてきたのか息を切らしてこう言った。
「はァ……はァ……俺のカラスが食われた……物凄い力で掴まれたと思ったらあっという間だった……クソっ!牙で千切られすり潰される感触ってのはキツイな……本気で死ぬかと思ったぜ」
「ちょっと!それって相当不味いんじゃないの?!」
「不味いだろうな……俺のカラスを食った奴は今のところ腕だけしか入れなかったみてぇで、殿下達はソイツの腕の届かない所に避難しているが、穴が崩れて広がっちまったらどうしようもねぇ」
その話を聞いた瞬間、俺はその場から直ぐに駆け出した。
その直後に背後からハイゼルのカラスが飛んできたので、彼が残りの力を振り絞って派遣してくれたのだろう。
その後ろでアリストテレス先生の声が聞こえてきたが、俺は止まることなくエレインと共に森の中へと入ったのだった。