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中村家の食卓

 「ただいまー」


 家までは徒歩だ。徒歩で十分程。だから朝は授業開始十五分前に起きてもなんとか間に合うのだ。俺は家に近いという理由だけでこの高校を選んだのだが、一応は地元ではそこそこ有名な進学校だったりもする。中学生の自分があんなにも受験のモチベーションが高かったのは、偏に今の高校が徒歩圏内だったということに限る。こう思い返してみると案外俺は母親似なのかもしれない。

 そんな俺の母上こと、中村香織はリビングのソファに横になりながら、


 「おかえりー、今日は遅かったね。 部活にでも入ったの?」


 なんて聞いてくる。いつもは俺のほうが母より早く帰ってくるが、今日は違った。母よ、スーツのまま横になるとシワになるからやめてくれないかと言いたくなる。実際父さんが毎度毎度そう言っているのもわかるようになってきた。


 うちの家庭事情は多少ほかのそれとは違っていたりする。普通、父親が働いて、母親が主婦だったり、共働きだったり、といった感じだろう。しかし、うちは母親がバリバリのキャリアウーマンで、父親は専業主”夫”だったりする。今日の肉まみれの弁当は母親作だが、普段は父さんが美味しく偏りのない、弁当を作ってくれる。


 そんな父、中村啓一はキッチンで夕飯の支度をしていた。メガネが似合う、優しい雰囲気の人だ、改めてこう紹介するとなんだか不思議な気持ちになるな。


 「おかえりなさい、ケイくん。 今日の夕飯は野菜炒め中心だからね」


 おお、なんとも嬉しい。今日一日中肉を食べていたらおかしくなっていたところだ。キッチンで父さんのアシスタントをやっているのが妹の雪。雪と書いてそのままユキ。この四月から小三になる。ぴょこぴょこと髪の毛を揺らして食器をテーブルに運んでいる。行ったり来たりしててなんだかせわしなく、危なげない。俺も手伝うか。


 「ユキ、その大きい皿は俺が運んでやるからユキは箸とか軽いのを運ぶんだ」


 妹はコクコクと頷いて箸を探しに行く。別に喋れないわけではなく、この前俺が貸した漫画に出てきた、とある寡黙なキャラクターに感化されているだけだ。ただ、その漫画を貸したのは一週間前くらいだったか。そろそろ元に戻るだろう。


 「ねぇパパー、ご飯まだー?」


 そう言って踏ん反り返る母上、この家庭は私が支えているのよと言わんばかりのものだ。まぁ、実際そうなんだけど、ちょっとは夕飯の準備を手伝えよ。


 「はいはい、今出来ますよ。 みんなも席についてください」


 父さんの掛け声でそれぞれの席に着く中村家一同。父さんは大皿をテーブルの真ん中に置く。茶碗にご飯は盛ってある。俺と雪がやっておいた。スープもよそってある。取り皿もある。さーて、と。


 「「いただきます」」


 今日の夕飯は中華だ。メインの八宝菜に玉子スープ。大皿に盛られた八宝菜は四人前にしては多過ぎるくらいだ。なぜなら目の前に座っている母親が成長期真っ只中の俺も霞むくらい、とんでもなく食べるからだ。この人はバリバリ食べて、バリバリ働く、そんな人種なのだ。今日の大盛り弁当も自分基準で作っていたのかもしれない。

 俺の見たところ、隣でハフハフ言いながら食べる妹も将来有望である。もちろんフードファイターとしてだ。しかしまだ小さな口で一生懸命食べているうちは大丈夫だろう。兄としてはあまり母親のようにはなってほしくない。

 父さんは食が細い方だ。ガツガツ食べながら仕事の愚痴を漏らす母上に相槌を打ちながら、上品に箸を進める。


 とにかく中村家は女が強い。そんなイメージでいいだろう。


 そういえば、あの先輩は普段何を食べているのだろう。毎日高級車で送迎付きなんだ、きっと家は大豪邸に違いない。そうしたらきっと夜な夜な晩餐会だろう。きっとフルコースで料理が出てくる。そして、味がお気に召さなければシェフを呼ぶのだ。そんな凝り固まった食事はしたくないなと思いつつ、世界一美味い八宝菜を噛み締めて、玉子スープを啜って、庶民でよかったのかなと思うのだった。



 夕食を終えて、自室に向かい、ノートPCを開く。もちろん今週末どこへ出掛けるか決めるためだ。定番の映画館か? いや、あの先輩はそんなありきたり、好きじゃないだろう。うーん、じゃあ遊園地とか、動物園とかかな……。春だしどこか大きな公園で花見っていうのも渋いかも。


 「あれー、お兄ちゃん、何調べてるの?」


 おっと、しまった。いつの間にか妹が侵入していたようだ。まぁ、学校で出た宿題だー、とか適当に言っておけばいいだろう。


 「わー! これ、動物園? 行きたい!」


 たまたま開いていた動物園のホームページを覗き込んで目を光らせる妹様。俺は知っているぞ。この目をしたら手が付けられなくなることを。


 「ユキ、これはだな、先輩と一緒に行くわけで……」


 「センパイ、がなんだってぇ?」


 PCに食いつくようにして乗り上げる妹をなだめるうちについ本当のことを漏らしてしまった。しかも振り返ると、缶ビール片手に出来上がった母上までいるじゃないか。まいったな、面倒くさい事になってきたぞ……。


 「……というわけでして、出掛ける所を調べていたわけです。はい」


 「ふーん、アンタもなかなか隅に置けないわねぇ。 パッとしない顔してながら意外とモテるのねぇ、パパ譲りかしら?」


 何故かさっきまで俺が座っていた椅子は酔っぱらいに占領され、妹と俺は俺のベッドに腰掛けている。ちなみにこれから何千回も聞いた父さんとの馴れ初め話が始まるのだが、その話はまたいつか紹介する時が来るだろう。


 「まぁ、それはいいとして。 ケイ、アンタ動物園に行きなさい。 そうしたら私とユキも尾行して行くから」


 「やったー! 動物園! ビコウビコウ!」


 「はぁ?! いや、ちょっと勘弁してくれよ……」


 とんでもない鬼畜だ、この酔っぱらい。しかもこういう時は酔って記憶をなくしたりすることなく、ちゃんと有言実行してくるのだからタチが悪い。それからこのチビ助は尾行の意味をわかって言ってないぞ。


 「そっかぁ……、ユキ、お兄ちゃんは心が狭くて聞き分けないから動物園行けないねー、残念ね」


 「えーっ! 動物園行けないの?」


 おいこら、この畜生は一度駄々をこねたら手を付けられない妹の引き金を引いたぞ……。


 それから駄々をこねだした妹をなだめ、それを面白がって見る母上を睨みつつ、妹はなんとかして一緒に連れて行くから尾行だけは勘弁してくれる、という話になった。というか、本気で尾行するつもりだったらしく、酔っぱらいは悔しそうにリビングに戻っていった。まったく、なんて親なんだ……。


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