楽園のつつじ
つつじの季節には、学食の隅がよく似合う。だからと言って、つつじを見るためだけに食堂に来るのは私くらいのものだろう。少し焦点をずらすと、ガラスに映る顔が情けない。
「ここ、良いですか」
「ご自由に」
厄介なのは、学食に一人席がないこと。友達のいない哀れなお一人様は、必ず私の居場所に割り込むのだ。私は気にもかけず、つつじを見守り続ける。
ふと、彼は座っていなかった。ガラスの反射は、正直要らない。
「つつじ、綺麗ですね」
私は初めてつつじから目を離した。彼との出会いは、そんなつまらないものだった。
彼は度々、私とつつじの前に現れた。学び直しとして会社を辞めた未婚の三十代、世間の目がどうあれ、つつじの良さが分かるだけで私には十分だった。
「君はどうしてこの大学に?」
彼は毎回、他愛のないことを聞いてくる。私はつつじを見ている。花が増えきって、一番鮮やかな季節だ。
「あなたこそ、どうして?」
そうかい、と言って男は水を一口飲む。
「僕はね、賢くなりたいんだ。生憎若い人には勝てないものでね」
ふうん、と返して水を飲み干した。
そんな彼からアルバイトに誘われた。学内にカフェができるらしい。巻き込まないでほしいとも言いそうになったが、大学生の身として自由な金は欲しかった。
応募から実働までは早かった。開店当初こそ多忙だったものの、つつじが減り始める頃には客足も減り、仕事も板についた。上流気取りのお姉様方は、今日もコーヒー片手に居座っていた。
彼と私、ミカとユウキ、シフトの似通った四人で出かけることもあった。
「賢さっていうのはさ、学力じゃないんだ。どう立ち回ってどう生きるか、つまり上手に生きる人間こそが賢いと思うんだよね」
彼はそういう意味では賢かった。一回り離れた私たちと壁なく話し合うのはそう簡単ではないだろう。価値観が十年離れているのだ。
そしてある日のボウリングは大白熱、彼の趣味だと言う。同時にミカの趣味でもあった。ハイスコアの二人が殴り合う隣で、ユウキはスマホをいじり始める。
「ミカさん、上手いじゃないか」
「アンタも中々やるじゃん」
二人の握手が羨ましかった。つつじはしぼみ始めていた。
事件が起きたのはそれから少し。つつじはもう、枯れ果てていた。
レジの金が盗まれたと言う。発見されたのは彼のカバンの中だった。冤罪だ。彼は皮肉にも賢かった。何も言わずに学長に呼び出され、後日退学したという。
「オッサンが調子乗るからだって」
「ミカ握手とかされてたじゃん、カワイソーだったわマジ」
「マジありえない。おっさんが大学来るなってね、キモすぎ」
「存在がセクハラだよね、アンタもそう思わない?」
二人の高笑いは、閉店後のカフェを吹き抜けた。
「ほんと……ありえないよね」
つつじはもう咲かないだろう。私はまた賢くなってしまった。