前編
十年くらい前、とある場所、とある作品で流行ったネタです。
あの頃をご存じの方にわかっていただけたら嬉しいです。あと短編の練習です。
きらきらと輝くそれに、昔見た母の宝石箱を思い出した。
宝石箱と言っても、冠婚葬祭につけるネックレスと父が婚約の時に送った指輪が入っているだけだったが。
その宝石箱を母はとても大事にしていたのを、いま思い出した。
あの頃は良かったな、なんて思いながら。
星空がとても近い。
手を伸ばせば、輝く星達に届くんじゃないかと思うほどだ。
星達の中心には、優しい色をした月が浮かんでいる。
子供の時のように手を伸ばした。
伸ばそうとした。
でも、腕は動いてくれない。
腕だけではない、体に走る激痛で指一本動かすことができない。
「くそイテェ」
そう毒を吐いてみる。
すると、下手をしたのか咳き込んでしまった。
いま、彼の体は集団リンチによってぼろぼろになっていた。
足は折れている、腕も折れている、腹部には剣による裂傷で深く抉られひょっとしたら内臓がでているかもしれない。
そう思えるくらいとにかく痛くて、でも次第に意識が遠退いていく。
あぁ、死ぬのだなと彼は思った。
どうしてこうなったのだろう?
その疑問に答えるように、走馬灯が彼に夢を見せ始めた。
ハジマリは、そう、あの少女が彼の雇われているパーティへ加わったところからだ。
彼ーーアルトが所属していたのは、どこにでもいる冒険者パーティの一つだった。
と言っても、生まれつき荒事が苦手だった彼は戦うための人材ではなく、パーティメンバーの食事や洗濯、道具の管理をするサポート役として雇われたのだ。
そのパーティメンバーとはそれなりに上手くやっていたと思う。
絆や仲間意識もあったと思う。
それがアルトの一方的な思い込みだったのだとこの走馬灯を見ながら思う。
職が見つからず、かといって家でゴロゴロして親の脛をかじるわけにもいかない十五才の少年はたまたま募集をしていた冒険者パーティのサポートメンバーに応募した。
何も特技はなかったけれど、母の手伝いで料理だけはうまかったし、家事だって得意だった。
それを活かせるかと考えたのだ。
そして、雇われて一年。
他のメンバー達とも特にトラブルもなく過ごしていたある日、パーティリーダーが新人メンバーをつれてきた。
それは戦闘要員として新しく入ってきた少女であった。
美少女であった。
少女の名前はユーリといって、あっという間にパーティに馴染んでしまった。
しかし、ユーリが仲間になってから少しずつ。
本当に少しずつ、アルトと他の仲間達の間になにやら壁が出来始めていったのだ。
しかし、それはそこまで気にするほどのことでもなかった。
解雇するとか、そんな話は出ていなかったし表向きは普通に接してくれていた。
あれが起こるまでは。
アルトにしてみれば事件であるそれが起こったのは、なんてことない普通の日だった。
依頼を受け、少し遠出になるということだったので食料もいつもより多くした。
一日目はいつも通りだった。
二日目、ユーリに二人っきりで話がしたいと呼び出された。
その話と言うのが、このパーティから出ていけというものだった。
曰く、アルトのことばかり他のパーティメンバーは褒めてばかり、このままではお前のせいで一番になれない、姫扱いされない、大人しく出ていけば少しばかりではあるが謝礼を出すというものだった。
もちろん、アルトは何かの冗談だと思い断った。
そんなことは出来ないし、そもそも雇い主はユーリではなくパーティリーダーなのだから、と。
そしたら今度はヒステリックにユーリは喚き始めた。
その内容は、私が頼んでやってるんだから従うのが当たり前なのだ、従わないなら目にもの見せてやる後悔させてやるというものだった。
そして、三日目。
いつも通りに朝食の準備をしていると、パーティリーダーに殴られ渾身のスープが入った鍋もひっくり返された。
「なにするんですか!」
いきなりすぎる暴挙に、アルトは抗議の声を挙げるが鳩尾を容赦なく殴られ蹴られた。
骨が折れて内臓を傷つけたが、それよりもわけがわからなくて痛みに呻いているとパーティリーダーが怒気をこめて言ってきた。
「お前、ユーリを襲ったらしいな?」
「けほっ、なんの、こと」
「とぼけんじゃねーよ!」
殺しにかかってきているのか、重い蹴りがはいる。
「昨日、ユーリが俺の所に泣きながら来たんだ、お前に襲われたって」
「しらな」
そこで今度は、頭を思いっきり蹴られてしまう。
意識が一瞬飛んで、次の瞬間にはバッサリと袈裟斬りにされてしまった。
それが合図だったかのように、ユーリを除くパーティメンバー達が姿を現して暴行という制裁を加えていく。
一時間だったのか十分だったのか、やがて暴行はおさまった。
意外と自分はしぶとい生き物なんだなと麻痺した頭で考えた。
そのアルトを他所に、パーティメンバーは出立の準備を進めていく。
薄れいく意識の中、パーティメンバー達に慰められているユーリが見えた。
ユーリも一瞬こちらを見て、嘲笑した。
その口がアルトにだけわかるように動いた。
『ざまぁ見ろ』、と。
そして、そのまま放置されれば確実に死亡するだろうとわかっていながらパーティメンバーはアルトを置き去りにした。
おそらく、ユーリ以上に苦しめという意味合いでわざと止めをささなかったのだ。
走馬灯が終わる。
楽しい思い出もあったはずなのに、そんなことしか思い出せない。
なんだか笑えてきた。
特に不幸な人生ではなかった。
不満もなかった。
当然、女性を襲うなんてしていない。
真面目に生きてきた。
真面目にパーティメンバーに尽くしてきた。
それなのに、こんな形で裏切られ死ぬことになるなんて思っていなかった。
人生は何が起こるか本当にわからないのだなと実感する。
もっといきたかった、こいをして、けっこんして、かわいいおよめさんをもらって。
両親にももっと恩返しをしたかった。
それなのに、ここで人生が終わる。
裏切られて殴られて、蹴られて、犯罪者扱いされて死んでしまう。
悔しくて情けなくて悲しくて、痛みとは違う涙で視界が歪んだ。
それなのに、星空は綺麗なままだった。
こんなクソ最低なことがあったのに、星空は本当に綺麗で。
それだけが救いだった。
最期に見るのが、綺麗な景色でよかった。
「死体かと思えば、まだ息があるじゃないか」
遠退く意識の中、そんな女性の声を聴いた気がした。