第5話『拙者こそが最強だ。ワシは死にたい』
激突です。涙してください。
『謎の侍、商店街を救う』
新聞の一面にその記事がドンッと載っている。テレビをつけても、そのニュースで話題は持ちきり。まさしく、ギルじいが銀行強盗から100人近くの人々を救った際のニュースと同じぐらい、いや、それ以上の盛り上がりを見せていた。
ギルじいの耳にもそのニュースが入ってくる。
「謎の侍がカマキリ怪人を倒し、美人キャスター河合桃を救った。ってなってますよぉ!長命さぁん!」
「ああ。らしいのぉ」
「どうするんですかぁ!?完全にヒーロー枠取られてますよぉ!?どうするんですかぁ!??」
「いや、どうするもなにも…。ワシ別にヒーローじゃないしのぉ」
「ええ!??今更なにを言ってるんですかぁ!?長命さんは、正真正銘のスーパーヒーローですよ!!!」
「勝手なことを言うな。…というか、そんなことよりお前は何を当たり前のようにワシの家に上がり込んどるんじゃバカモン!!」
ギルじい宅のリビングで当たり前のようにくつろぐ小林に、ギルじいが怒鳴る。
しかし、小林は御構い無しに話を続ける。
「それに噂ですけど、このお侍さん、河合さんと帰っていったって!許せませぇん!!」
「なんじゃ。ただの嫉妬かい…」
「ムキィーー!!」
「…ムキィーじゃなくて、早よ帰れ」
小林はギルじいの言葉など耳に入らず、ただひたすらにハンカチを噛み続けた。
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数時間後。
ギルじいは外に散歩に出かけていた。
隣には小林がいる。
「お前、どこまで着いて来るんじゃ?」
「特に決まってないですよぉ〜!運動するのは良いことなので、着いてきてるだけでぇ〜す!」
「はぁ…。まぁええわい…」
毎度のごとく呆れ顔を浮かべていると、向かい側から、笠を被った見慣れない人物が歩いてくるのが見えた。ギルじいは妙な雰囲気を感じ取り、その場で足を止めた。
「ん?長命さん急にどうしましたぁ?」
小林もつられて立ち止まる。
「小林、ここから立ち去れ」
「えっ?なんでですか急に!?え!?」
ギルじいの一言に小林は戸惑う。
すると、向かい側から歩いてきた人物も足を止めた。
「…ワシに殺気を向けるとは、お前さんもしかして商店街での侍か?」
ギルじいの問いかけに、その人物は被っていた笠を外し、顔をゆっくりと上げた。
「ご名答。ようお気づきになられましたねぇ。さすがは“めちゃくちゃ強い100歳”。最強と謳われるだけのことはあるようで」
「殺気を放ちすぎじゃ。嫌でも気づくわぃ」
その人物は、商店街にてカマキリ型の怪物“キリキリバ”を倒した、侍の大文字久秀だった。
「ええ!?侍!?あ、あの!ニュースの!」
小林が慌てふためく。
それに構わず、大文字はスッと刀を抜いた。
「おうおう。…刀を抜くにはまだ早すぎるんじゃないか?まず話し合いを…」
「そんなこと、するつもりなどさらさら無い。貴様の噂を耳にして以来、拙者は貴様を殺すことだけを考えて生きてきた」
「ワシを殺すことだけが、この街にやってきた理由か?」
「…ああ。貴様を殺すことだけが、今の拙者の存在意義。貴様をここで殺し、拙者がこの世界での最強と謳われる。拙者より強い者など、この世にあってはならない!」
「随分と自分勝手なことを言うなぁ…」
大文字が刀を両手持ちで構えた。
「いくぞ」
ヒュッ。
大文字の姿が一瞬消え、
ガキィィィィィン!!!
目に見えた時には既にギルじいの目の前まで接近しており、刀を振り下ろすもギルじいはそれを人差し指の爪で防いでいた。
「っ!?」
一瞬の出来事で、後ろにいた小林には何が起きたのか分からず言葉が出ない。
ギルじいの平然とした表情を、大文字は鋭く睨みつける。
「拙者の刀を爪で抑え込むだと…」
「悪いのぉ。ワシの爪めちゃくちゃ硬いんじゃ」
「っ何だそれ…!」
大文字は一旦後ろに引き、回転を加えて左側から斬りつける。
ッキィィィィン!!!
「っな!!?」
しかし、またも爪で弾かれた。
物凄い衝撃波が飛び、側にいた小林が数メートル後方に弾き飛ばされる。
「これも防ぐか…」
「もう気は済んだかのぉ?」
大文字は眉を尖らせ、歯を食いしばる。
「…貴様を殺すまで、気など済むものか!」
「まだ終わらんのかぃ…」
「これならどうだ」
ヒュンッ。
高速移動で姿が消えたと共に、右側から一刀。次に後方右、後方左、正面上、左側下、右側上、左側正面、右側下。四方八方から目にも留まらぬ速さで攻撃が繰り出される。
ガガガガガガキキキィィィィン!!!キキィィン!!!ガガガガキィィィン!!!ガキィィィン!!!
物凄い速さにも関わらず、対するギルじいは一歩も動かずに全ての攻撃を防ぐ。
くそ…なぜだ!
大文字は心の中で焦りを見せ始めた。
と、その時。
パシィッ!
ギルじいが人差し指と中指の二本で刀身を捕らえた。
「なにっ!」
「一瞬、乱れた。その乱れが命取りじゃ」
ギルじいは空かさず時計回りに横回転をし、右足での回し蹴りを大文字の頭部に繰り出した。
大文字は抵抗できず、そのまま横の外壁に突っ込み、崩れた壁に押しつぶされる。
ガラガラガラ…とコンクリートに潰された大文字は起き上がってこなかった。
小林がギルじいの元に駆け寄ってくる。
「長命さん。…死んだんですか?」
「死んではおらん。気を失ってるだけじゃ」
「ほぅ…」
「ほれ、帰るぞ」
ギルじいはそそくさと家の方角に歩き始め、大文字を置いて帰っていった。
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数時間後。
目を覚ました大文字は、外壁を壊したとしてその家の住民にめちゃくちゃ怒られた。
正座までさせられて。
長命スギル…。貴様だけは絶対に許さない…。拙者が、必ず…。
大文字は心からそう思った。
「おぉい!!聞いてんのかぁ貴様ァ!!!」
「…んぁっ!は、はぁい!!」
大文字久秀、20歳。彼は成人になって初めての泣きべそをかいた。