第6話:水葵の正体は?
「どうしたの、その子! 薫さん、早くこっちに!」
玄関に入ると、その音を聞きつけ迎えに出てきた雪は疾風達を見て驚き、悲鳴をあげる。あまりの声量に顔をしかめつつも言われた通りに薫は、水葵を中へと運びこむ。
「私の部屋に運んでください。疾風は、お湯と濡れタオルを準備して!」
きびきびと自分に指示を出す雪に疾風は圧倒されつつも、すぐに指示されたものを用意し、雪の元へ持って行く。すると一緒に部屋に入ろうとした疾風を雪は追い出し扉を閉める。
「ゆっ、雪?」
「怪我の具合を見るために服を脱がすから二人とも声をかけるまでリビングにいて」
「分かった………。母さん、そっくりだな。ああいうとこ」
普段はおっとりしているが、いざとなると父に代わり一族を切り盛りする母と今の雪の姿が重なって見える。
「頼むからそれ以上は似るなよ。お前の旦那になる奴が災難だ…………」
疾風はぼやきながらもその場は雪に任せることにした。
リビングに戻るとこの騒ぎを聞きつけたのか薫の他に晶達が疾風を待っていた。
「一体、どうしたんですか? 部屋にいても力が伝わってきましたよ」
「どうしたもこうしたも、俺にもよく分からないというか…………」
疾風の歯切れの悪さに晶は厳しい顔つきを崩さないまま、無言でその先をうながす。
「運んで来たのは水葵。公園で知り合ってさ。彼女、連れと待ち合わせとか言ってたんだけど一人にしとくわけにもいかないし、しゃべってたんだよ」
「疾風。君は、少しもこりてないみたいですね。この間だって」
晶の少しせめるような口調に疾風は、手を振る。
「悪かった。でも、あの子と凛の場合は違うって。水葵は、目が見えないんだよ。だから一人であの公園にいさせるのは危ないだろ?」
「君が優しいのは分かりますが、何でこうも自分からやっかい事に首を突っ込むんですか。…………で?」
「ああ。水葵も田舎から出たばかりだって言うから、互いの田舎についてとか話してたんだ。それでさすがに連れが来るのが遅いなって話になって、その連れで流衣さんの携帯の番号を聞いて俺が電話してたんだ。そしたら、妹の携帯を教えるからその妹に迎えに来るように言ってくれって言われて。そしたら急に電話が切れた」
「急に………それで?」
「切れる時に微かに爆発音らしきものが聞こえた。もう一度電話したけど繋がらなくて、それで水葵の元に戻ろうとしたら風精が殺気を伝えてきて」
「それで俺が呼ばれたんだ」
薫の言葉に晶は、眉間に深く皺を寄せる。
「疾風、僕達の力を一般人に向けては……」
「緊急事態だ。それに疾風は、手加減するように伝えている。最終的に奴らを吹っ飛ばしたのは俺だ。だが、どうやらあのお嬢さんを襲ったのは一般人ではないようだ」
薫の言葉に晶は目を細める。
「どういうことですか?」
「奴らは、風の障壁を突き破ったんだよ。水の刃でな」
「!?」
思いがけない言葉に晶は、絶句してしまう。
しかし、すぐに我に返るなり疾風に問う。
「ということは、水葵さんは水鏡の者ですか?」
「いや、それはないと思う。水葵からは一切そういう気配はしなかった。さすがに一族の者同士だったら最初に分かるさ」
疾風の言葉に最もだと頷きかけた晶だが、ある可能性に思いあたる。
「いえ、もしかしたら彼女は無能力者なのかもしれません。けれど、そうすると襲われる理由が何なのか見当がつきませんね」
「彼女が目覚めたら聞けばよいことだ」
それまで壁に背を預け、黙って立っていた涯の言葉に皆一様に頷く。
水葵が一族の者、それも無能力者かもしれないという可能性。確かに一族に襲われた件からすると有り得る話だ。
でも、水葵には無能力者特有の影が感じられなかった。彼等は、一族に生まれたのに力を持たないという事でひどく劣等感を持っていてそれが彼等本来の性格に影を落とす。しかし、水葵からそういったものは一切感じられず、むしろその逆だ。
「大丈夫かな、水葵」
いくら手加減したとはいえ、自分が張った障壁が彼女を逆に傷つけるはめになってしまったのだ。それも、この力が集まりにくい土地柄のせいか里にいる時に張る加減した障壁よりかなりの強さがある。それがあの小柄な水葵にダイレクトに返ってしまったのだ、骨の一本や二本折れていてもおかしくない。
(情けないな、俺。水葵一人も守れない)
疾風は、握った右の拳に目を落としそっと息をついた。
そんな自己嫌悪に陥る疾風を見て薫は溜息をつく。
(内面の成長が追い付いていないな。疾風も晶も)
跡取りとして他の子供より厳しく育てられたとはいえ、彼等はまだ幼い。その成長をゆっくりと見守り導ければいいが、そう言っていられないのが現状だ。
(闇珠の次は、水鏡か。何かが動いている、それをちゃんと理解しているのかあの頭領は)
一度だけ顔を合わせた若い光輝の当主を思い出し、薫は小さく唸る。
「落ち着け。我等が動じていては、主達を守れんぞ」
いつの間にか自分のすぐ横に移動してきていた涯の言葉に薫は苦笑する。
「…………分かっているさ。しかし、一度会う必要があるのかもしれないな」
「そうだな、奴なら我等が知らないことも知っているだろう」
薫と涯は互いに顔を見合わせると主達に悟られぬように小さく頷いた。
すると、そこに治療を行っていた雪が顔を見せた。
「治療終わったわよ」
「どうなんだ? 水葵の怪我は…………」
雪は落ち込む疾風を安心させるように微笑む。
「少し額を切ったのと数か所のかすり傷程度。それに軽い打ち身よ。二、三日休んでいればすぐ回復するわ」
「よかった―――――――」
「彼女とは、話せますか?」
「ええ、ちょうど意識が戻ったから呼びに来たの」
「では、軽く事情を聞いておきましょう。連絡先なども聞いてお家の方にも連絡しないといけませんしね」