第4話:癒しの時
ベンチまで来た疾風は、水葵を座らせるとその横に自分も座る。
「水葵は、ここら辺に住んでるのか?」
「いいえ、ここに来たのは初めてです。というより、東京に来ること自体が初めてなんです」
「へー、そうなんだ。まぁ、俺も東京に住み始めたのは最近だけど」
決して治安が良いとは言えないこの地で、盲目の子を一人にするのはどうなんだと疾風は思う。
「連れと待ち合わせって言ってたけど、知り合いでもいるのか?」
「知り合いとまではいきませんけど、遠い親戚がここにいるんです。こちらで暮らさないかと言われているのでとりあえず下見に。あまり気乗りはしてなかったんですけど、他の親戚から自分で確かめてはどうかと言われて」
「…………あのさ、もしかして親とかいないのか?」
水葵の話を聞いてもしやと思った疾風だったが、その言葉に水葵は首を振って否定した。
「ごめんなさい、話し方がまずかったですね。大丈夫、家族は顕在です。ただ、私は目が見えないせいであまり家から出るということがなかったものですから、こちらで暮らしてみてはどうかと言われただけです」
「そうなんだ」
ふんわりとした柔らかい水葵の笑みを見て、疾風はほっとした。
「なので普段、私の世話をしてくれている者と一緒に下見に来たのですが、さすがに疲れてしまって」
「ああ、それ分かる。俺もずっと山奥の村に住んでたからさ、どうも馴染めないんだよ。確かに色々便利なんだけど、コンクリートだらけでさ。やっぱり、木とかがないと落ち着けないっていうの?」
「やっぱり、そう思います? 私も何だか息苦しくて。私みたいに目が見えなくてもある程度一人歩きがしやすいという利点はあるんですけど、やっぱり、山や川が恋しいんですよね」
「そうだよな!」
思いがけず知り合った水葵だったが、同じように山奥で暮らしていて都会には馴染めないという共通点に親近感を増した疾風だった。
二人はそれからも互いの村での暮らしなどを楽しく語り合い、気づくと随分と陽が落ちていた。
それでも時間を忘れるほどこんなに楽しく過ごせたのはいつぶりだろうか。東京に来てからは、時間が立つのはとにかく早くて。心の余裕も無くなっていたことに疾風は改めて気づく。
そして、水葵と過ごしたこの短時間の間に手の震えがぴたりと止まっていることに気が付くのはもっと後のことだった。